第5話 愛原幸太
「では、定例会議を始めます」
生徒会長である僕は生徒会の会議を仕切らなくてはならない。会議を仕切るというとなかなかに難しそうに聞こえるが、今年から生徒会入りした椿野以外は慣れたメンバーだ。今更緊張も何もない。
「配った資料に目を通してください」
機械的に会議を進行しながら、改めて生徒会室内を観察する。
会計にして、僕の幼なじみのゆるふわ系痴女、菊川七海。
副会長で、後輩のめんどくさいクール眼鏡、桜田凛。
書記であり、後輩のネガティブ金髪ガール、アンネリーゼ・ローズ。
そして、先日、庶務として我が生徒会に迎え入れられた妄想奇行少女、椿野聖。
以上、この四人が、僕、愛原幸太の生徒会メンバーである。
(改めて確認するとまともな奴いないな……)
常識人は僕ただ一人である。こうなるとこの世界の常識を疑いたくなる。少なくともこの場では、多数決の原理で負けている。この『現実』では、『異常』な方が『正常』なのではないか。
(そんなわけないだろうが)
僕は自問自答する。
『現実』は非情だ。
たとえ、生徒会のメンバーがどれだけ個性的な面々であったとしも、これが『現実』である以上、『現実』を越えた出来事など、起こるはずもない。
僕たち生徒会がマンガのようにこの学園の権力を握るなんてことが、起こるはずもない。そう信じていたのだ。
そう、このときまでは。
「来週の清掃行事は先生が作ってくださったプリントに書いてある通りに進行しますので、よく読んでおいてください」
僕は淡々と連絡事項を伝えたあとに言った。
「以上で、本日の会議を終わります」
僕がそう告げた瞬間――
「ぴゅええええええ!」
突如席から立ち上がり奇声をあげたのは椿野だった。
「は?!」
「ふえ?」
「はい?」
「Oh?」
椿野以外のメンバーはきょとんとした顔で彼女を見る。
椿野は目をひんむいており、そこに最早知性は感じられない。ぐるぐると回る瞳は目につくもの全てをなぎ払わんとする狂気に満ちている。その姿はまさに『
「ぴゅいいいいいんっ!」
奇声に加えてついに激しい屈伸運動をまでを行い始める。彼女の長いツインテールがブンブンと揺れる。ライブハウスで興奮したオーディエンスであってもここまでではないだろう。
「ぽぽぽぽぽぽーん!」
なおも奇声をあげ続ける椿野に僕は声をかける。
「落ち着け! 椿野!」
だが、彼女の奇行はまったく治まる気配がない。
その姿を見て、七海は言う。
「まさかこれは……発情期?!」
「何にさかってんだ!」
続けて凛が言う。
「うーむ。彼女の行動は何を意味しているのでしょうか。現状では材料が少なすぎて判断下すのは尚早でしょう。むしろ、私としてはこの状況を如何におさめるかというところに、生徒会長たる先輩の手腕が問われるという点に注目していくということが――」
「おまえまで、めんどくさいモードに入るな!」
そして、アンネが言った。
「ヒジリが狂ってしまったのは、先輩であるミーが情けないからネ……彼女を止められないミーは、もう、ハラキリでお詫びするしかないネ……」
「ごめん、自力で立ち直って」
大混乱である。
「おい、椿野! 何に動揺している?」
確か、先日の話だと、彼女は動揺するとこうなるという話だったはずだ。
「ゆゅゆゅゆゅゆっ!」
「その音どうやって出してるの?」
「ヤュバルゴ!」
「なにそれ!」
もはや人間が発声できる言語ですらなくなっている。
不意のことだった。
自分でも何故そんな思考に至ったのかは判然としない。だが、この瞬間はそう言うのがふさわしいだろうと、何故か思ったのだ。
僕は声に力を込めて呟く。
「『会長命令』だ」
僕は狂った様に喚き続ける椿野の目を見て、言った。
「静まれ」
その瞬間だった。
椿野の奇行はぴたりと止まった。彼女の顔には人としての理性の色が現れていた。
「はい、会長」
そう言って、彼女はにこりと笑った。
あの日と同じ笑顔で。
「で、おまえはいったい何に動揺していた?」
僕は落ち着きを取り戻した椿野に尋ねる。
ちなみに、椿野が「動揺すると奇行に走る癖がある」と一言言うと、皆、「あー」と言って、あっさり納得した。そんな簡単に納得できることではないと思うのだが。変人同士通じ合うところがあるのだろうか。
「そうですよ! 会長、さっきの会議はいったいなんだったんですか!」
「さっきの会議?」
そんなに責められるようなことを言っただろうか。
「生徒会の会議が清掃行事のプリントを見ておいてくれ、なんて一言で終わるなんてあり得ないじゃないですか!」
「なんでだよ」
「生徒会っていったら、常に学園の統治における最高決定機関! いわば、内閣! その会議があんなあっさり終わっていいわけないでしょう! 国民は納得しませんよ!」
「誰が国民だ」
めんどくさいジャーナリストのようです。
「はっ! まさか、『清掃行事』というのは隠語……! まさか、『校内粛清』を行うという通達だったんですか!」
「まず、おまえの脳味噌の中身を清掃したい」
中身が混沌としているのは間違いないです。
「こないだも言ったけどな」
僕は椿野のにはっきりと告げてやる。
「生徒会には権力なんてない」
そうだ。生徒会が権力なんて持っているはずないんだ。
何故かって?
その答えはあまりに簡単だ。
僕はその明快な答えを椿野に突き付ける。
「これは『現実』だからだ」
会長だからといって一般生徒から一目置かれるなんてことはないし、教師が僕たちに逆らえないなんてことはない。僕たちが権力を握るなんてことはありえないのだ。
なぜなら、この『現実』はどこまでも『現実的』だからだ。
「たとえ、僕たちがどんなに願ったって、生徒会が権力を持つなんてありえないんだよ」
「会長は願ったんですか?」
「え?」
いつの間にか椿野は真剣な顔で僕を見ている。
「会長は権力を握って、このつまらない『現実』を変えたいって、願ったんですか?」
「別に……」
「でも、今、たとえ願ったって、って言いましたよね? それは一度は、願ってみたことがあるということでは?」
「そんなもん……言葉の綾だ」
僕は椿野の真っ直ぐな瞳が見ていられなくなり、思わず目をそらす。
「じゃあ、願ってみましょう」
まただ。
椿野の笑顔だ。
彼女の笑顔は何故か僕を惹き付ける。別に彼女がとびきりの美少女というわけではない。ただ、彼女の笑顔は僕を魅力する。
彼女の笑顔はこの『現実』を、このつまらない『現実』をぶち壊そうとする願いに満ちているから。
遠い昔、かつての僕が願った『非現実』に、僕を誘おうとしているから。
「ぶち壊しましょう、この『現実』を。手に入れましょう、楽しい『非現実』を」
そして、彼女は今日一番の笑顔で言った。
「さあ、会長。ご命令を」
そして、この瞬間から、僕の『非現実』が幕を開けた。
あらかじめ警告しておくと、これから先にはあまりに荒唐無稽な展開が待ち受けている。そんな馬鹿な話があるか、そう言われてもおかしくないナンセンスな物語が、この道の先には満ち満ちている。
でも、一つだけ保障しよう。僕たちについてくれば、確実に違う景色を見せてやる。
この下らない『現実』とは違う。狂気と喜悦に満ちた『非現実』を。
それに少しでも興味をひかれたら付いてきてくれ。
僕たちの『非現実的』な物語に。
もう一度だけ確認しておく。
これは僕たち生徒会が権力を得るまでの物語。
そして、僕たちは『現実』を塗り替える。
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