仲違い
泉に食事を運ぶようになって、ちょうど一週間になる。
「美味しい?」
隣に座るヨウに、エメラは尋ねた。ヨウはいつも通りの速さで料理を平らげていたが、今日はやけに無口だ。
「……ああ」
ヨウは一瞬手を止めただけで、すぐに食事に戻った。考えごとでもしているのか、その表情はくもって見える。
「ありがとう。美味かった」
食事が済むと、ヨウは神妙な顔で言った。
「でも、こうして食事を持ってきてもらうのは今日で最後だ」
「どういうこと? またどこかに行っちゃうの?」
エメラの問いに、ヨウは「いいや」と首を振る。
「そういうわけじゃないが……おまえはもうここに来ないほうがいい」
「どうしてよ」
エメラは不満を隠せなかった。食べるだけ食べておいて、今さらそんなことを言うなんて。
「おまえには恋人がいると聞いた。わかるだろう――俺は別れの原因になりたくないんだ」
ヨウは真面目な顔で言い放つ。エメラは一瞬戸惑ったものの、やがてその言葉の意味に思い当たる。――恋人というか、婚約者なのだが。
「ウィルのことね。でも彼は怒ったりしないわ。だって、あたしはなにも悪いことなんてしてないもの」
エメラはただ、お腹を空かせた旅人に食べ物を届けているだけだ。
「それでも、やっぱり来ないほうがいい」
ヨウはゆっくりと首を横に振った。
「『ウィル』からすれば、俺は怪しい男としか思えないだろう。食事を届けるだけといっても、いい気分はしないはずだ」
「だから、ウィルはそんな人じゃ――」
エメラは言い返そうとして、途中で口をつぐむ。澄んだ青の双眸は寂しげに揺れていた。そんな顔をされる理由は見つからなかったが、これ以上言葉をぶつけるのも馬鹿らしくなった。
「もういいわ、帰る」
手早く食器を片づけると、エメラは席を立った。振り向きもせず、早足で石段を降りる。問題の草むらもためらうことなく突っ切っていった。蛇が出たってかまわない。今ならたぶん、思いきり踏みつけてやれる。
だが、そんな威勢のよさも長くは続かなかった。山道を半分戻ったころには、ささくれ立った気分もだいぶ落ち着いてきていた。
頭の中に、ヨウの言葉がよみがえる。
――『ウィル』からすれば、俺は怪しい男としか思えないだろう。食事を届けるだけといっても、いい気分はしないはずだ。
「嫉妬する、ってことかしら」
エメラは首をかしげた。ウィリスに限って、そんなことはありえない。優しい彼が不機嫌そうにしているところなんて、一度も見たことがないのだから。
とはいえ、このところは泉通いに忙しくて、ウィリスとはほとんど顔を合わせていないのも事実だ。せめて、話だけでもしておいたほうがいいのかもしれない。ウィリスのことだ、正直に話せばきっとわかってくれるだろう。
冷静に考えてみれば、突き放すようなヨウの台詞も、純粋に親切心から出たものだったのかもしれない。ヨウはウィリスを知らないから、あんな言い方になったのだ。
明日行ったら、ちゃんと謝ろう。途中で帰ってしまったおわびに、また林檎でも持っていこうか。来るなと言われたばかりなのに、すでにエメラは明日の献立を考えはじめていた。
「だって、行かなきゃまたお供え食べようとするんだから」
小さな独り言は、青々とした林に吸い込まれていった。
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