第72話 高知能検閲官

 それは通勤の途中であった。電車に乗るために駅まで橋を歩いて渡っていた時だ。あるごく普通の男が話かけてきた。

「悪いが、あんた、精神病だよ」

 ぼくは驚き、その男に対して警戒心をもった。何か触れるべきではない厄介者の雰囲気がした。

 ぼくは無視して歩いて横を通りすぎようとする。

「おっと待ちなよ。きみは今、発作で突然、暴れ出し、これから精神病院へ運ばれる。その後は強制的に隔離されるだろう」

 ぼくはただのおかしな男だと思い、横を通りすぎようとするのだが、男はぼくの前に立ちふさがった。

「だから、待ちなって。あんた、精神病だよ」

「どいてくれ。先を急いでいるんだ」

 別に何も急いではいなかったのだが、男に対して威圧的に出るためにそういった。ぼくがおかしいと思ったのは救急車のサイレンが聞こえたからだった。

「ほら、あんたが暴れたから救急車が来た。・あんたは精神病だ。隔離されて一生、出てこれない」

「何をしたいんだ」

「だから、あんたを捕まえようっていうのさ」

「なぜだ」

「あんた、知能が高すぎるんだよ。学歴不相応な高い知能をもった者は精神病として隔離されなければならない」

「どういうことだ」

 救急車がぼくたちの隣で止まった。

「知能が低すぎる者は障害者だが、知能が高すぎるものも障害者なのだ。わかるだろ。ただ、付き合いの悪い反抗できないがり勉たちになぜおれたちが支配されなければならない。知能が高いものは精神病だ。知能が高いものは病気として隔離して管理する。それが政府の方針なんだよ」

「バカな。頭がよくて何が悪い」

「悪いさ。ちょっと勉強ができたくらいでいい暮らしをしようなんて許せるわけがないだろ」」

「きみは頭がおかしいんだ」

「いや、頭がおかしいのはあんたの方だ。精神科医の教科書に『自然や書物を愛好する者』は統合失調症の気質があると書いてある。当てはまるだろう。あんたは頭がおかしいんだ」

「何が目的だ」

「天才は管理されなければならない」

「ふざけるな」

「悪いが、これが世の中ってもんなんだよ。頭が悪すぎても、頭が良すぎてもそれは病気なんだ。普通の人によって社会は運営される。頭の良すぎる変人どもはみんな隔離病棟へ閉じ込めるんだ」

 ぼくは逃げ出した。これがぼくと政府と精神病院との戦いの始まりだ。

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