第71話 もし世界から愛をとりあげたら

 テレビ局に悪魔ラヴエンドが現れていった。

「ははははははっ、たった今からこの世界から愛を取り上げる。これはおまえたちの幸せのための実験だ。世界を舞台にした愛の実験だ。世界から愛をとりあげたらどうなるかを見てみたいのだ。ははははははっ」

 赤い衣装を着た悪魔ラヴエンドはそういって縦に回転すると、テレビカメラの前から消えてしまった。

 愛を奪われるとはどういうことか。男は愛を奪われ、妻を突き放して子供も家族も捨てて旅に出た。妻は子供に対して怒り、体罰を与えて虐待した。人々から愛が消えてしまった。通り魔殺人が増え、銃乱射事件が増え、いじめ自殺が増えた。

 ああ、世界から愛が消えてしまったのか。

 少年はガキ大将との喧嘩で傷つきながら、廃都東京を歩いた。少年の心にも愛はなかった。人を見たら傷つけることしか考えてなかった。憎い。何もかもが憎い。なぜ、ぼくたちは生まれた。世界を滅ぼすためだ。愛の支配者は神などではなく、悪魔ラヴエンドだった。愛を失った世界では、人々は傷つけ合い、殺し合った。

 戦争を始めようという話があった。自分たちが幸せになるための戦争ではなく、他国を傷つけるためだけの戦争だった。ただ金品強奪破壊殺戮あるのみだった。

 やがて、本当に戦争が始まり、それは世界中の人々が殺し合いを望んだから第三次世界大戦へと発展した。

 少年は愛を知らず、愛を感じず、愛に触れることもできず、ただ孤独に生きた。

 女の子に会っても愛を感じず、殴っていじめた。愛のない世界。

 凄惨な世界。荒廃した世界。一緒にいても幸せになれない世界。

 そして、ある時、悪魔ラヴエンドが現れ、少女たちに耳打ちした。

「この世界から奪った愛は結晶となりどこかに置いてある」

 世界大戦のつづく中、少年は旅をしていた。愛の結晶を探さなければならない。みんながどれだけ傷つけあっているか、ぼくがどれだけ人を傷つけているか。それがすべて愛が奪われたためだとしたら、その愛を結晶化したものはいったいどんなすごい愛に満ちているんだろう。世界中を殺し尽くすほどに奪いつくされた愛の量。

 少年は悪魔ラヴエンドに会った。

「どうだ。これで神にでも勝てるだろうか。世界は愛を失い、失われた愛を蓄積して結晶化し、その中から新たな世界が生まれる。愛の喪失と愛の誕生の物語だ。どうだ。わしは何も悪いことなどしていないだろう。かつて神が行ったこととは、世界中から愛を奪うことだったのではないか。その愛をアダムとヱヴァに与えた。どう思う? そういえば、貴様はいまだに愛とは何かを知らないのだったなあ」

 ははははははっと悪魔ラヴエンドが笑った。少年と少女は、悪魔ラヴエンドの前で愕然としていた。この先に、世界中から奪い尽くした愛の結晶がある。世界が滅びるまで殺し合いをつづけた醜い心が本来もっていた愛の心がある。その結晶が、少年と少女のたった二人に与えられるのかもしれないのだ。

 どれほどの愛が。慈しみが。

 愛の結晶はなんと美しいものなのだろう。ピンクの大きな宝石だった。人の背より高い宝石だった。地面の下にはどれだけの深さが埋まっているのかわからない。愛の結晶があったのだ。世界を滅ぼしたほどに奪い尽くした愛の結晶が。

 悪魔ラヴエンドは少年と少女に愛の結晶を与えた。

「忘れるな。世界の愛は無限ではない。いつか再び愛を奪い、結晶化させるためにわしは姿を現すだろう。それまで滅ぶなよ、人類よ。あははははははっ」

 そして、愛の結晶に触れながら、少年と少女は抱き合った。涙が流れていた。

「世界が滅ぶ。もう一度、やりなおそう。歴史を築くにはとても乏しい愛の量だけど、きっとみんなは幸せになれるよ」

 愛の結晶が砕け、世界中に愛が広まった。滅びかけた世界に向かって。

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