第70話 完全な密室
山田耕太郎が殺されたのは、ある大きな洋館でのことだった。警察は庭の隅で発見された山田耕太郎の死体を見つけて、まちがいなく死んでいることを確認したが、犯人は見つからなかった。これは普通の密室事件ではなく、普通と逆の密室事件である。山田耕太郎が殺された家の中には、決してドアを開けることのできない完全な密室があったからだ。コンクリートで囲まれたその一室は、警察も立ち入ることができず、いっそ、コンクリートを破壊して洋館を壊して捜索しなければならないのではないかという意見もあったが、たかが一人死んだだけの殺人事件で建物を破壊するのはやりすぎとの意見が捜査陣の大勢を占めていた。
「密室があるわけですね」
「そうです」
「でも、死体は密室の外で見つかった。こういう場合は、密室殺人事件とはいわないんじゃないですか」
「ですが、密室があるんですよ。だから、可能性として考えざるを得ないんですよ、どうしても」
「何を」
「だから、密室の中に犯人がいるかどうか」
議論は喧々諤々となり、コンクリートの壁を破壊するかしないかで大騒ぎになった。
「ですが、生きていられるものなんですか。水も空気も通じてない密室に何日も。どうせ、中に犯人がいても死んでいますよ。だから、捜査する必要なんてないですよ」
「核シェルターを例にとると、半生を生きのびるだけの備蓄を密室に蓄えておくことは可能だ。三十年もつさ」
「だからって、我々の社会から隔絶した状態にいる犯人をコンクリートの壁をぶっ壊して逮捕する必要なんてあるんですかね」
「それはけじめをつけないといけない。犯人は密室の中に一人でいるとは限らない。とびきりの美少女と一緒かもしれない。密室の中で幸福な人生を送ることも、殺人犯なのに幸福な人生を送ることもありえるわけだ。わたしは断固としてコンクリートの壁の破壊、密室の解体を主張する」
そこで新しい捜査員は口を開けた。
「我々はこう考えている。山田耕太郎は双子だったのではないかと。発見された死体は山田耕太郎の双子のものであり、本物の山田耕太郎はいまだ密室の中で生きているのではないかと」
「バカな。くだらない。バカらしい。そんなことあるわけないでしょ」
「可能性は否定できない」
そして、山田邸には特殊な任務につく情報員がやってくるようになった。
「情報員さんが何の用です。ただの民間人が殺されただけの殺人事件ですよ」
「完全な密室があるんだろう。だったら、世界を操る影の支配者があの密室の中にいないとも限らない。完全な密室が存在するということは、そこに誰かがいるのではないかという陰謀論をお偉いさんは可能性のひとつとして考えてしまうものなんだよ。その山田耕太郎という人物は経歴を調べると謎が多い。確かにまるで双子が交替しながら生きていたのではないかと思わせるふしがある。そして、密室の中で生きている山田耕太郎がこの世界を操るシナリオを書いたのではないかと我々は考えている」
「つまり、あれですか。政府の情報部も、やはり、あのコンクリートの壁を破壊して密室の中を見せろと要求しているわけですね」
「まあ、そういうわけだ」
「しかし、犯人は見つかっていないといっても、ただの民間人が一人死んだだけの殺人事件ですからね。その建物に誰もいないだけの密室がある」
「きみたち警察の考えそうなことはわかっている。誰か一人を容疑者にしたてあげて、架空の罪を作りだし、犯人にしたてあげて事件を終わらせたふりをするつもりだろう。しかしね、山田耕太郎の代わりにあの密室の中に誰かが入っているとなると、確認せざるをえないのが我々の習性なのさ」
そんなことで時間をつぶしているうちに、もっとおかしな男がやってくるようになった。その男はいう。
「この辺りでUFOの目撃はありませんか」
「さあ。聞かないね。どうしてだい。なんでまたUFOなんて」
「いやね、完全な密室があるって聞いたからさ。それはひょっとしたら、宇宙人との会合に使われてもおかしくない場所だというわけですよ。こう見えても、世界中で探しているんですよ。そして、誰にも知られずに宇宙人に会う場所としてはあの完全な密室がいちばん都合がいい。きっと宇宙人にはコンクリートの壁を透過できる技術があるんですよ」
「いやね。宇宙人についてはうちらは管轄外なんでね」
そして、UFO研究家が近所に住みつくようになった。
「わかりますよ。次は、あの密室の中には神がいるとか奇跡があるとかいう連中がやってくるんでしょ。もうね、こんなくだらない連中が集まるんだったら、いっそ、壊してやりましょうよ、あのコンクリートの壁。いくら堅いっていっても、その専門家に任せれば破壊できないわけじゃないんでしょ。何も戦車より堅いってわけじゃないんだから」
「いやあ、そんなことする必要はないでしょう。未解決事件ということで終わりでいいでね。この事件は未解決事件。それでいいですよ。密室を開けなくても別に困りませんよ」
「いやあ、だから。犯人が生きているんじゃないかとか、山田耕太郎が双子なんじゃないかとか、山田耕太郎の双子が世界の歴史のシナリオを書いて閉じこもってるんじゃないかとか、UFOが飛んできて宇宙人との会見に使われるんじゃないかとか、神や奇跡が中にあるんじゃないかとかですね。ずっといわれますよ」
「別に困りませんよ。ずっといわせておけば」
「知りませんよ。千年後の歴史にあの完全な密室が奇跡の痕跡として歴史に書かれても」
「だから、そうなってもかまいませんよ。ただ民間人が一人死んだだけです。これで終わり。密室殺人事件は」
「はあ。密室殺人事件じゃないんですがね。密室の隣殺人事件なんですが」
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