第65話 発明家の男

 俊行はむかしある時、世界人類が幸せであるようにと思ったのだった。そして、それについて自分が何をするべきか考えて、とりあえず、できるかぎり勉強をすることにしたのだった。俊行は「真面目かよ」といってまわりに嫌がられ、からかわれた。「はあ、意識たけえなあ」とかいわれていた。でも、全然、みんなは仲良くしてくれなかった。

「おれはおまえみたいに大学でランダウの『力学』とか読んでいる男は嫌いなんだ。あっちいてちょうだい」

「ああ」

 男に小突かれて、俊行は本を持ったまま遠ざかった。

「おまえ、人生で一度も嘘をついたことないのか。人生で一度も犯罪を犯したことないのか。自動車に乗る時、本当は眼鏡をかけないといけないんだろ。でもかけてないんだろ。おまえのいうことなんて聞かねえ」

「ああ」

 俊行は生返事を返した。

 おばさんが火蓮の隣に歩いてきた。そして、どすの利いた声で話しかける。

「火蓮という女の子だね。あの男の子のことをどう思う。俊行って子」

「いつもいじめられているよ。かわいそうだねえ」

「そうか」

 おばさんはため息をつく。

「わたしは歴史を変えるために来た。チャンスは一度しかない。その一度をおまえに使う。わたしは未来から来た。あの男の子は、毎日がんばって働く。ただそれだけを伝える。どう頑張るかは教えてあげない。おまえに伝えたいことは、あの男の子は年老いて死ぬ時まで、女の人の肌に触ったことすらなかった。これを聞いたおまえは歴史を変えられる」

「ええ、それって、あたしに命令しているんですか」

「時間切れだ。わたしは未来へ帰る。歴史が変わるかはおまえ次第だ。おまえがそうしなくても誰も恨みやしないよ」

 そして、おばさんは消えた。

 火蓮は、俊行に話しかけた。

「あの、あたしと付き合ってくれませんか」

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