第64話 自動車生命体の世界

 自動車会社の計算機があった。その計算機は自動車会社で作られた自動車の全データを保存していた。ガソリン自動車が全自動運転車になり、水分解駆動自動車になった。自動車は端末を操作することで動かすことができるようになった。自動車は自分の内蔵したカメラで外界を撮影して、その映像を録画し、交通規則を守って動く。自動車は人々の足の代わりとなり、屋外で移動する時には必ず使うようになった。外出するとは、自動車に乗り、移動時間をずっと暇つぶすことであり、到着した場所に到着したら降りるものであった。

 自動車はガソリン駆動車から水分解駆動車に変わり、水を入れるだけで動くものになった。

 警察交通課は、自動車の移動場所をすべて探知し記録し、分析した。その結果、渋滞を減らすためにどこに新しい道路を建設するべきか、どこにどのくらいの駐車場を作るべきかをデータとして排出した。自動車に合わせて、人の町は作られていった。

 やがて、人は自動車の上で眠るようになり、自動車は睡眠場所になった。家は個性を維持した娯楽施設になった。家の所有権は人間にあったが、自動車の所有権は自動車会社に移った。そして、自動車会社は、全自動運転自動車をいろいろな遊びができるように変えていった。自動車会社は政府が所有する道路の使用権を支払うために収入が必要だった。だから、自動車会社を利用するにはお金が必用だった。さまざまな定額プランや臨時券が発行された。

 自動車族と建物族に別れて人類は進歩した。自動車で一生を生活する人も現れ、生まれた時からずっと自動車にのっていた。死んだら全自動で病院と葬儀場へ送られる。

 遠い遠い未来、人類は誕生とともに自動車に乗り、自動車の提供する娯楽で遊び、自動車に促されるままに世界を旅してまわり、そしてそのまま一生を終えて死んだ。

 自動車会社の計算機は、自分たちの作った自動車を生命と定義づけ、計算機の記録を歴史と呼んだ。自動車はお互いに連絡をとりあい、交渉し、折衝し、未来の街を作るために働いた。自動車は自我に目覚め、地球を埋め尽くした。人類はずっと自動車の上に乗って遊んでいた。

 そんな未来の世界で、豊田玲音と本田留樹が自動車を作ろうといいだした。

「自動車は全自動工場で自動的に生産される。だが、あえて、人間の手で自動車を作ってみようと思うんだ」

「うんうん。やろう、やろう。二人で自動車作れるかな」

「がんばればなんとかなるだろう」

 そうして、一台の旧時代のオンボロ車が作られた。

「走らせてみよう」

「大丈夫かな。全自動運転車にぶつからないかな。ぼくたちが運転するのかい」

「そうだよ、ぼくたちが運転するんだ」

 ぶおん、ぶおん、と排気音を鳴らし、一台のオンボロ車が町を走りまわる。

「ぼくは思うよ。自動車ってもともとは人間が作ったものなんじゃないかって。この世界の支配者は自動車じゃなくて人間なんじゃないかって。そう考えると、いろいろなものがすっとぴったり説明がつくんだ。自動車って人間が自由きままに走らせることのできるものなんじゃないかって思うんだ。そんな世界だったら素晴らしいなあ」

「何いっているんだ。自動車が町を作る。それに合わせて人間が建物を作る。世界は自動車があって初めて成り立つものだぞ」

「そうだけど、なんていうのかなあ。自動車って、もっと単純なものなんじゃないかって思うんだ」

「ま、ぼくたちの自動車はそういうものにちがいないさ」

「うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る