第58話 不死の勇者の冒険

  1


 監獄を出ると、陽光が眩しかった。気が付くと、近づいてくるものがいる。

 道を進むと、ボロ服を着た剣士に出会った。

「ははははは、運が悪かったな、旅の者よ。このボロ服の剣士がいる限り、この道を安々と通すわけには行かない」

 ぼくは牢番の剣で斬りかかった。

 がきん。剣と剣がぶつかる。

「なぜ、旅の者を襲うんだ、ボロ服の剣士」

 剣を振るいながら、ぼくは喋った。

「それが我が宿命なのだよ」

 ボロ服の剣士は答えた。

 がきん、がきんと剣を降り合う。相手の隙を見て、ぐっと力強く横に剣を薙いだ。

 ばっさり。

 ぼくの剣はボロ服の剣士の首を真っ二つに切り落とした。

 勝った。そうぼくは確信した。

 ボロ服の剣士の体が首をなくし、ゆらゆらと揺れて倒れるのを見た。

 行こう。魔王がいるという魔城まで。

 と思って歩き出すと、背後で音がした。振り向くと、ボロ服の剣士が首をなくしたまま、起き上がっている。

「ぎゃあああ、なんじゃ、おまえはあ」

 ぼくは叫んだが、ボロ服の剣士は平然としていた。

「おれは実は不死の命を持っているのさ」

 ボロ服の剣士はいった。

「気持ち悪りい。死ね、死ね」

 と再び、首なしの剣士と斬り合ったが、首なしでも剣士は強く、なかなか倒せない。

 気が付くと、今度はぼくの首が斬り落ちされてしまった。

 ぼくは死んでしまったのか。

 ぼくの体がゆらゆらと揺らめいて倒れるのがわかる。

 だが、ぼくの意識は消えなかった。

 ぼくは首なしの体を操って、ボロ服の剣士に斬りかかった。

「ははははは、どうやら、ぼくも不死みたいだぞ、ボロ服の剣士よ」

 首だけで笑いながら、体を操って、がきん、がきん、と剣を振りまわした。

「はははは、ようやく気付いたか。この世界の生き物はみんな不死なのだ」

 ボロ服の剣士はいった。

「おまえはどこから来たんだ、ボロ服の剣士」

「牢獄よ。そこに閉じ込められていた。牢獄が朽ちるまでずっと閉じ込められていた。牢獄が朽ちたので、出てきたところだ」

「同じだな、ボロ服の剣士よ。ぼくも牢獄にずっと閉じ込められていたのだ。なぜ、閉じ込められていたのだろう」

「さあな。おまえはかつて負けた戦士だったのではないか。牢が朽ちるまで閉じ込められるなど、他に理由が浮かばないわ」

「ははははは、一緒に魔王を倒さないか、ボロ服の剣士よ」

「ははははは、面白い。いいだろう」

 そして、ぼくらは斬り合うのをやめた。


  2


 そして、旅をつづけると、さまざまな怪物が襲いかかってきた。

 例えば、スライムだ。

 ぼくがスライムを真っ二つにすると、スライムは叫んだ。

「よくぞ、このスライムを倒した、呪われし勇者よ。しかし、このスライム、この世界に闇がある限り、この世界に悪に頼ろうとする心がある限り、必ず蘇り、再び、この世界を暗闇に包み込むであろう」

 やけに仰々しい最後のことばだった。


 そのことば通り、スライムは何度も復活してぼくらに襲いかかってきた。

 スライムもやはり不死のようだった。

「魔王の名前をいえ、スライム」

 ぼくが問うと、スライムは答えた。

「魔王さまの名前は、確か、『ゆるべ』だったか、何かそんな感じの名前だぞ」

 スライムがいう。

「ゆるべだって? それはぼくたちのことじゃないのか。ゆうしゃのまちがいだろう?」

「知らないよ。魔王さまが実は勇者で、勇者が実は魔王なのかもしれないし」

「ぼくが魔王だというのかスライムよ」

「さあねえ。でも、その可能性はあるでしょ。あなたも一度くらいはこの世界に君臨していたかもしれないねえ。なんていったって、このスライムも一度は世界に君臨した魔王なのだから。不死だからいろいろあるのよ。もうだいぶ昔で忘れちゃったけどねえ」

「へえ、おまえが世界に君臨していた日があったとはねえ」

 ぼくは驚きながらも、いつもどおり、スライムを真っ二つにした。


  3


 不死でも旅は困難だった。百回は死んだ。不死だから、死なないけど。

「魔王を倒すと、どうなるんだろうな」

 ぼくはボロ服の剣士に話かけた。

「さあな、呪われし勇者よ」

「なんだ、その呪われし勇者ってのは」

「おまえのことだよ。おまえは何か呪われている気がするんだ」

 この世界は草原と森と谷でできていて、ぼくらは獣を飼って栄養とした。

「魔王も不死なのかな」

「さあな。不死なら、倒しても意味ない気がするが」

「そうなんだよ。この世界の生き物はみんな不死じゃないか、ぼくたちも含めて。ということは魔王も不死で、何度、倒しても無駄なんじゃないかな」

「それは倒してみなければわからない」

「誰も魔王の名前を憶えていないのも気になる」

「魔王に聞けばわかるだろう」

「そうだね」

 そのまま、ぼくらは魔城まで旅をした。


 魔城の中に魔王はいた。ドクロで飾った衣装を着ていた。

「この魔王に何の用だ、呪われし勇者よ。天使にでもたぶらかされたか」

「まあ、天使にもいろんな人に頼まれたよ、魔王を退治してくれって」

「この魔王が負けると思うのか。いいだろう、かかって来い」

 ぼくらは何度も死んで、何度も蘇り、剣を拾い、魔王に挑んだ。呪われし勇者とみんながぼくのことを呼んだ。

「なんで、この世界は不死なんだろう。わかるか、魔王」

「この魔王を倒すための天使の謀略であろう」

 魔王が答えた。

 何度も死んで、何度も蘇り、何度も魔王に挑んだ。


 そして、ついに魔王の心臓に剣を突き刺した。

 魔王を倒した。殺した。

 魔王の命が不死なのかどうかがわかる。

 魔王が死んだ瞬間、世界が灼熱に包まれた。

「熱い。なんだ、これは」

「これは地獄の業火だ」

 生き返った魔王がいった。

「なんだと。そういえば」

「思い出したか。ここは死後の世界。おまえたちは地獄に落ちた死者。無間に地獄の業火に焼かれることは決まっているのだ」

「魔王、おまえの名は?」

「我が名は『ゆるし』。地獄を征服し、平和な世界に変えてみたが、それも今日までらしい」

 そして、ぼくらは再び、不死の世界で罰に打ちのめされ続けた。

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