第51話 猫はがんばらない
ぼくは猫を飼っている。石油ストーブで部屋を暖めながら、寒空の中、この文章を書いている。ぼくはやってきた伝道師に問うた。
「宇宙の究極目的が我々の現存在であるわけがない」
伝道師は答えた。
「ほう。ショーペンハウエルだな。しかし、わからないぞ。宇宙の究極目的は、おまえの飼っている猫をストーブで暖めることなのかもしれないからな」
「そんなものが宇宙の究極目的であるはずがない」
「いいや、おまえの猫をストーブで暖めることが宇宙の究極目的なのだ。我々はそのために存在を許されたのだ」
「しかし、ぼくは別にこの猫がストーブで暖まることが宇宙の究極目的だからといって、ストーブを使う時間を長くしたり、猫の便宜をはかってやるつもりはないぞ」
「それでかまわないだろう。宇宙はおまえがその究極目的に気づく前からこのようにあったのだから、このままいつも通りにしていたっておまえに責任があるわけではない。おまえは宇宙のただのほんの一欠けらにすぎないのだからな」
ぼくは大きな声をあげた。
「だが、これが宇宙の全力か」
「そんなもんだ。これが宇宙の全力なんだよ」
「だが、この猫が死んだら、宇宙はどうなるんだ」
「さあ、惰性で存続するんじゃないのか」
「ならば、宇宙の究極目的がこの猫ではなく、遥か昔の古代の猫を暖めることだったとしてもおかしくはない。その猫は死んだのに、我々はすぎさった宇宙の究極目的について考えをめぐらし、使命にかられ、生きる努力をしているというのか」
「生きるなんてそんなものだろう」
それは、そうなのかもしれない。
伝道師はいった。
「ここにナイフがある。もし、わたしがこのナイフでこの猫を殺したらどうなると思う?」
「猫を殺すって。宇宙の究極目的なんか関係なしにかわいそうじゃないか」
「そんなことはない。宇宙はこの我に屈するのだ。宇宙はこの我のものだ」
「そうはさせるか」
「何? やはり、宇宙の全体意識がおまえに猫を守らせるのか。宇宙の全体意思がこの我の邪魔をするというのか」
「そうじゃなくて、猫がかわいそうだろ」
がしゃん。伝道師はストーブをぶっ壊した。
「ならば、猫を殺すのではなくストーブを壊せばいいのだ」
「後で弁償しろよ」
「宇宙は我に屈したのだ。宇宙は我のものだ」
「だから、弁償しろよ」
「くっ、仕方ない。とっておけ。ストーブ代だ」
「よし。ちゃんとあるな。じゃ、ストーブを買ってくる」
「何! やはり、宇宙の全体意思がこの猫をストーブで暖めさせるというのか」
「ストーブ買ってきたぞ」
「やはり、このナイフで猫を殺すしかないか」
伝道師がナイフを振るうと、猫はすらりとかわし、伝道師を爪で引っかいた。
「ぐああ。猫にやられた。このナイフをもってしても殺せないとは、やはり宇宙の究極目的なのではないのか?」
伝道師が猫に負けてしょうもないので、ふと、窓の外を見た。すると、宇宙人の宇宙大艦隊が空を飛んでこの猫目がけて飛んできているところだった。
「何の用だ、宇宙人」
「愚かな人間よ、下がっているがいい。我々は銀河連合だ。その猫を殺し、この宇宙の究極目的を書きかえてくれる。宇宙は我々に屈するのだ。宇宙は我々のものだ」
そして、宇宙艦隊が襲ってきた。
「やめろよ。だから、猫がかわいそうだろ」
ぼくは叫んだ。しかし、猫の眼がかっと開いた。
「にゃあお」
猫は超常極まる力で宇宙艦隊をやっつけてしまった。
ぼくは驚いた。
「なんだ、猫が宇宙人に勝ってしまったぞ」
伝道師はいった。
「ううむ。やはり、この猫がストーブで暖まることは宇宙の究極目的なのではないか。そうだとすると、先ほど、わたしがストーブを破壊できたのは奇跡に近いできごとかもしれない」
ぼくはいった。
「だから、宇宙艦隊をやっつけたからって、別にこの猫がストーブで暖まることが宇宙の究極目的かどうかはわからないだろう」
「灯油が切れる」
「宇宙の究極目的が達成されるのだ。宇宙の究極目的が終わるのだ」
「このあとどうする、きみは」
「もう思い残すことはない」
「死ぬつもりか」
「だが、生きていて何になる。宇宙の存在理由はなくなったのだ」
「それが猫のためになるというのか。何のために猫がストーブで暖まっていたと思う。世界人類を、神羅万象を幸せに導くためではないのか」
「おお、神よ」
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