第39話 魔術と樹となりそこねドラゴン

 夜だった。闇から声がした。

「助けてくれ。助けてくれ。」と。

 ぼくは、声の主を探して歩いた。

「どこ。どこなの? どこから呼んでいるの?」

 すると、声は答えた。

「おまえの心の奥からだよ」

 ぼくは、少し怖くなってたずねた。

「ぼくの心の奥に棲みついて、何をする気なの?」

「わたしは魔術だ。おまえに魔術の契約を結んでほしい」

 気が付くと、樹が襲ってきた。樹がすごい勢いで成長して、枝がぼくの方に向かってくる。そして、樹にぼくは弾かれて、宙に浮いた。ふわりと浮かんで、地面に叩きつけられる。痛い。

「何をするんだ!」

 ぼくは叫んだが、樹は鎮まる気配もなく襲ってくる。

「あれは樹だよ。おまえとわたしの契約を邪魔するために、ああして嫌がらせをするのさ」

 ぼくは樹に向かって叫んだ。

「樹よ。ぼくが魔術を手に入れるのがなぜ怖いんだ」

 樹は聞きはしなかった。また、樹の枝に叩きつけられて、吹っ飛んで地面を転がった。ぼくは、樹から逃げ出した。走って逃げた。樹は襲ってくる。

「よお。しっかりしろよ」

 変なのっぺりとした大きな生き物がぼくをつかまえて、樹から逃げるように空を飛んだ。

 それは一匹のなりそこねドラゴンだった。

「なりそこねドラゴン、ぼくを樹から助けてくれてありがとう」

「なあに、気にするな。こっちにはこっちの事情があるんだし」

「事情って?」

「いやあ、おれも魔術の命令でおまえを助けているだけだってことだよ。おまえが魔術と契約するのを待っているんだ」

「魔術の契約をしたら、どうなるの?」

「さあね。そりゃ、世界を滅ぼす魔術の力が手に入るってことさ」

「樹は、どうして、ぼくが魔術の契約を結ぶのを邪魔するんだ?」

「あの樹は、生命の樹だ。魔術の力を恐れているんだ」

「ぼくが魔術を手に入れて、世界を滅ぼすかもしれないから?」

「まあ、そういうことだな」

「魔術って森にあるんだろ?」

「森にあるともいえるし、森にないともいえるな」

 なりそこねドラゴンが答えた。

「それじゃあ、どうやって魔術を手に入れたらいいのかわからないじゃないか」

「まあ、おまえが魔術が森にあるっていうなら、魔術は森にあるさ」

 ぼくは森に行った。森の中を進んで、魔術を探した。

 そしたら、大きな湖があって、ぼくはそのほとりで魔術を見つけた。

「魔術、見つけたよ」

「わたしと契約してくれるのかい」

「ああ、そうだよ」

「そうか。それなら、おまえはわたしのものだ」

 ぼくの心の中をすごい感激と動揺がわめきだした。ぼくは、どきどきと興奮している。恐怖とときめきがそこにはあった。

 そうか。わかった。魔術の契約をするっていうことは、魔術と恋愛関係になるってことなんだな。ぼくは魔術を理解したつもりになった。

「なりそこねドラゴン、ぼくは魔術を見つけたよ」

「そうかい。すると、しばらく、会えなくなるかもしれないな」

「どうしてだい」

「おれも魔術の一部だからさ」

 ぼくは魔術と恋に落ち、再び、樹がやってきた。

 樹は、ひとことこういった。

「少年よ。おまえが恋に落ちた相手は、その気になれば世界を滅ぼしかねないものだということを知っておけ。おまえが恋に落ちた相手が、恐怖と暴力と差別を生むことを知っておけ。わたしは魔術を理解できなかった古い樹だ」

 そして、少年は目が覚めた。

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