第37話 ぼくが冴えない男性だったので女性が喜んだ話

 ぼくが家でネットの閲覧をしていると、電話がかかってきた。

「あの、友紀村慎二さんですか?」

 ぼくは誰からの電話だろうか考えながら、返事をした。電話の声は女性の声だった。

「ええ、ぼくが友紀村慎二です」

「あっ、友紀村くん、久しぶり。わたし、高校の時、同じクラスだった斉藤有紀。突然で悪いんだけど、明日の日曜日に会って話をすることできる?」

 突然だなあ。何の用だろうとぼくは思った。まったく、用事に見当がつかない。ちょっと警戒心が起こった。

「時間をとれないことはないけど、別の用事があっていけないかもしれないよ」

 斉藤有紀の声は、どこか焦っているような感じだった。電話の向こうの緊張感がこっちに伝わってくる。

「別にたいした用事じゃないんだけど、顔を見て話がしたいの。ダメかなあ?」

「ダメじゃないけど。何の用?」

「それは、ちょっと電話じゃいえないことなの」

「ふうん。なんだか、よくわからないなあ」

 そして、ぼくは煮え切らない斉藤の受け答えにいらいらしながらも、一応、会ってみようかと思ったのだ。女性に誘われるのは悪い気はしないし、まさか詐欺でもないだろう。

 それで、日曜日に待ち合わせの駅前に行ってみると、斉藤有紀は先に来て待っていた。

「よう。なんだよ、用事って」

「あは、友紀村くん、久しぶり」

 斉藤有紀は、ぼくがしばらく見たこともないようなうらやましいくらいの笑顔をして答えた。本当に嬉しそうで、笑っていた。

「あれから、六年かあ。だいぶ変わったなあ、斉藤」

 ぼくがそういうと、斉藤有紀は少し悲しげな表情を見せた。

「変わってないよ。うん。わたし、変わってない」

 そして、ひと呼吸おいてこっちを見ていった。

「友紀村くんも変わってないよね」

 ぼくは、いや、さっぱりだよ、とか答えて明確な解答をごまかしたのだが。それから、とうとうとお互いの近況についての話をした。いったい何の用事があるのか、まったくわからなかったけど、まあ、こうして話をするのも悪い気分はしないなあと思っていた。

 で、一時間ぐらい話をしていて、

「ああ、おれ、そろそろ時間かなあ」

 とぼくが切り上げようとしたら、斉藤有紀がいった。

「実は用事ってのはね、わたし、今度、結婚することにしたの」

 ぼくは驚いていった。

「へえ、そりゃ、めでたいじゃん。相手は誰」

「うん。職場で出会った人なんだけど、それで、いざ結婚するとなったら、これでわたしの人生、決まっちゃうのかと思うと怖くなって。本当にこの人でいいのか自信がもてなくて、それで、むかし好きだった人に会ってみたくなったの」

 ぼくは黙って聞いた。会いに来たむかし好きだった人がひょっとして自分なのかもしれないと思って、ここは誠実な対応をしなければならないのだと感じられたからだ。

「うん。会ってみて、わかった。やっぱり、わたし、結婚する。わたしの彼はいい人。これでもし幸せになれなくても、後悔はない。って、わたし、何しているんだろうね。こんなところ、彼氏に見せられないよ。わたしって自分勝手でわがままで、まともに家事もできないダメ女だ」

「そんなことないよ。結婚おめでとう」

「ありがとう。友紀村くんが相変わらず、冴えないぐうたらな男でよかった」

「なんとでもいってくれ」

「あは。だって、もし、結婚した後で、浮気したくなったりしたくなったら、やばいじゃん。だから、そういうことなくてよかった。これでふんぎりがついた。わたしは彼氏と結婚する」

「それがいいよ。いっとくけど、結婚したら、浮気なんて絶対にしてはダメだよ。奔放な恋愛なんて、あまりいいものではないよ。若い頃は遊んだなんていうのも、若いから許される冒険なんであって、結婚したら、夫婦は一生添い遂げるものだよ。ぼくはそう思うな。先輩たちの話を聞いているとね。家庭の愛は人を幸せにするよ、まちがいなく。なんとなくだけど」

 そして、斉藤有紀ともう少し談笑して別れた。以後、二度と会うことはなかった。

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