第36話 酒呑童子改め書き
むかしむかし、大江山に酒呑童子という鬼が住んでいた。酒呑童子は鬼の頭領で、多くの手下の鬼を率いて都を襲い、強奪殺戮の限りを尽くした。酒呑童子の武器は分厚い鬼包丁。この巨大な包丁で、幾人もの人が切り刻まれ、殺されていった。酒呑童子の住処は贅沢な強奪品であふれ、絢爛豪華な宮殿となっていた。
ある日、酒呑童子は、赤姫あかひめという女を京からさらってきた。赤姫は驚いて、大江山の宮殿を眺めた。
「まあ、まるで京より栄えている町のようではないかえ」
酒呑童子は、赤姫を縛ったまま、奥の間に連れて行くと、上機嫌に威張ってみせた。
「どうだ、わしの町は。京より栄えているであろう。いずれ、あの京を奪い尽くして、御門みかどの首をはねてくれるわ」
酒呑童子は自信満々に豪気に笑った。
「まあ、恐れ多いことを。なぜにそんなに悪道を行くのです」
赤姫は目がくらんで、蒼白になってたずねた。
「知れたことよ。お上が腐れば、下も腐る。こんな下賤な世の中で、真面目に生きるのが馬鹿らしいってものよ」
がっはっはっはっ、と酒呑童子は豪快に笑う。赤姫はあまりの非道さに血の気もうせたようだ。
「このようなこと、許されるわけがありません。いつか、武人がここを探り出し、あなたに天罰を浴びせることでしょう」
「ふうむ、ふうむ、このわしが都のひょうろくだまどもに負けると思うか」
「やってみなければわかりませぬ。ですが、いつかきっと」
「がっはっはっはっ、生きるも地獄、死ぬも地獄。同じ地獄なら、好き放題暴れる方が楽しかろう」
酒呑童子はあくまでも強気だ。負ける気がしないのだろう。
赤姫は、ぼんやりと聞いたことのある風聞を思い出そうとした。
「確か、天に二天ありと。天は太古のむかし、神代の時代に二つに別れたと聞きます。あなたはもしかして」
酒呑童子は、驚いて目を点にして答えた。
「知っているのか。そうよ、これは誰にもいうなよ。わしとお前だけの秘密だ。わしは天が腐ったのなら、天を奪っても良いと神に約束されているのだ。わしのすることは何も悪いことではないわ。血と涙と酒でできているのがわしの正体よ。天を落とせと、神にいわれたのだ。あの御門、腐っておるわ。わしの鬼の軍が負けぬのがその証拠よ」
「わたしは、王朝の交代を管理する役所の使いです。ここにさらわれてきたのも何かの縁。あなたが御門に代わってこの国を統治するというのなら、そのように天に奏上いたしましょう」
赤姫の告白に、酒呑童子はいきりまいた。
「くだらぬ、くだらぬ、くだらぬ。何が王朝の交代を管理する役所だ。京の役所に、わしら鬼の軍が従うわけにはいかぬ。あの御門の腸を引き裂いて、臓物を食ってくれる。天幕の奥に隠れておるだけのひょうろくだまだろう。わしら鬼の軍は、天にも神にも従わぬのだと知らしめてくれるわ」
「天に王朝の交代が認められれば、この日の本の国はあなたのものになるのですよ、酒呑童子。あなたなら、天が王朝の交代を認めるかもしれません。おとなしく、天の采配を待ってはいかがでしょうか。王朝の交代が認められれば、中国の『封神演義』のように、この国の賢人がこぞってあなたの味方になるでしょう」
「ならん、ならん、ならん。何が賢人だ。わしは書物なんぞを読み、上司に縛られた役人のようにしゃっちょこばったやつらは大嫌いじゃ。わしが望むのは、天下の大乱。荒々しい戦国の世よ。いずれ、天下大乱の願が成就して、この国で殺し合いが栄えるであろう。最後の一人になるまで殺し合いつづけて、そして、世界が滅ぶのが我が大願よ。天にはこの大願を奏上しておけ。王朝の交代などくだらぬものはわしにはいらんのだ。京を滅ぼし、この国を滅ぼし、そして、最後の一人となるまで殺し合いつづけてくれようぞ」
酒呑童子の威勢のいい啖呵を聞いて、赤姫はまるで赤子のような見識と大きく嘆き落胆した。なぜ、国中の勇士を味方につけることを嫌うのであろう。所詮は、他人の油断を襲う夜盗強盗でしかないからではないか。
やがて、京の都に酒呑童子の噂が広まり、どうやら、最近、悪辣な狼藉を働いているのは大江山の鬼の頭領、酒呑童子であることがわかってきた。そして、少数精鋭の武人が鬼退治に大江山へやってきた。
酒呑童子と京の役人が戦い、酒呑童子は討ち倒された。
京の役人、源頼光は、赤姫に気が付いて、詰問した。
「何ゆえに、このような悪党の根城に住んでいたのか」
赤姫は答えていった。
「王朝の交代する兆を感じて、見守っておりました」
「バカな。ただの強盗団だぞ、この鬼どもわ」
「いえ、この鬼の頭領、酒呑童子。本当の名を、主天童子と書きまする。神代の時代より、御門の一門とは別に存在した異なる神話をもつ天子の一族の末裔でございます」
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