第32話 告白に失敗したこと

 ぼくは、中学生二年の時、榊原楡という子に恋の告白をしたことがある。放課後、教室に呼び出して、

「好きです。付き合ってください」

 といった。榊原楡は、

「ごめん。すぐに返事できないよお」

 と答えただけで、それ以上は何もいわずに、教室を出て行ってしまった。

 それから、ぼくは榊原楡とはひとことも話をしていない。

 そのまま、ぼくは高校に進学し、偶然、榊原楡も同じ高校だったのだけど、高校三年生になるまで、まったく何の接点もなかった。榊原楡はぼくを当然のように無視し、ぼくもそれをあまんじて受け入れていた。

 それで、高校三年の時に、後藤真希と親しくなって、話とか趣味とかめちゃくちゃ合って、すごく仲良くなって、好きな人いるのって話になって、

「ええ、いないよ」

 とか話していたら、

「あたしもいないのよねえ」

 とかいうから、後藤真希と付き合えたらいいなあと思って、後藤真希は榊原楡ほどではなかったけど、かわいいといえばかわいいし、小さくて無害だし、ああ、一緒にいれたらいいなあと思って、人生で二度目の告白をしようとぼくは決意したのだった。

 それで、後藤真希に、

「好きです。付き合ってください」

 といったら、

「えっ、友紀村くんって、付き合っている人いるんじゃなかったの?」

 と答えられて、ぼくの頭は沸騰しそうになったのだ。

 なんだ、どういうことだ。これは遠まわしな拒絶か、と思い当ったが、

「ええ、付き合っている人なんていないよ。何いっているんだよ」

 とぼくがごねて、

「嘘。だまそうってたってそうはいかないよ。あたし、知っているんだから。友紀村くんの彼女」

 と後藤真希がいうから、誰のことだろうと思って、頭の中がうわんうわんなって、どういうことだ。ぼくに彼女をつくらせない陰謀かとか思って、

「だから、誰だよ、その彼女って」

 と問い詰めたら、後藤真希が嫌々名前を出した。

「榊原さん」

 ぼくはわけがわからなくなって、どうしてぼくと榊原が付き合っていることになっているんだ。これは遠まわしに断られているにちがいないと思い込み始めていた。

 それで、偶然、教室に入ってきた榊原楡に、ぼくは頼んだ。

「あの、榊原、後藤真希がぼくと榊原が付き合っているとかいうから、ちがうってこといってくれ」

 すると、榊原楡は、

「後藤真希というのはどなたかしら」

 というから、

「同じ学級の子だよ」

 とぼくは説明した。汗がだらだらと流れているぼくの頭は爆発しそうで、なんとか後藤真希と付き合えたらいいなあと思っているぼくは、榊原楡にぜひ真相をはっきりと伝えて明らかにして欲しかった。だが、業を煮やした後藤真希がつかみかかるように、榊原楡に詰め寄った。

「榊原さん、あなたは友紀村くんと付き合っているんですか?」

 教室は人はまばらだったけど、まだ残っている人もいたから、ぼくたちはすごく目立っただろうけど、榊原楡の返事ほどぼくの頭を爆発させたものは今までに他に存在しなかった。

 榊原楡は、鞄を手に、置きつきはらった口調ではっきりと断言した。

「ええ、そうよ。わたしと友紀村くんは付き合っているわ」

 ぼくは爆発した。

 意味がわからない。五年間、ひとことも話していないのに、付き合っているとか意味がわからない。一度もデートもしたことがないのに、付き合っているとか意味がわからない。あの中学生の時の告白から、もう五年がたっているんだよ。

「やっぱり、友紀村くんは榊原さんと付き合っていたんじゃない。それで、あたしに告白とか。二股あ? 二股かけるつもりだったの、友紀村くん?」

 ぼくの頭は爆発をくり返し、連爆しつづけるこの状況にまったくついていけずに、ぼくにつかみかかってくる後藤真希の小さな体を押し返しながら、飄然と立ちつづける榊原楡の美しくすました顔を眺めつづけたのだった。

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