第12話 聖典の書きかけ

 始まりもなく、終わりもない。

 あまたの宇宙、儚く移ろいゆく。あまたの宇宙の中に、迷い人さすらえり。ここに迷い人を記すなり。

 人はみな、罪深く生まれ落ちる。生きるのに罪を犯さず生きるものはおらず、万民みな罪人なり。あるところに、狂人ありて、「我、みなの罪を背負い十字架にかけられよう」といった。狂人、警吏に捕まり、十字架を背負い、市中をさらし歩かされ、丘の上で十字架に縛りつけられ、槍に串刺しにされて、死んだ。ここに、万民の罪、死後は許されるようになった。何人も、死後、罪を責められることなく、万民が死後は天国へ行くなり。この狂人の名をイエスという。イエスは、弟子のパウロに天国の鍵を渡したと伝えられる。

 ある古の伝承を伝える。偉大なる指導者、大いなる冬に備えて人の種と食べ物の種を洞窟に運び、無事、大いなる冬を越えた。その功績を空より高きところにある宇宙の星々の賢者が褒め称え、その指導者に不死を与えた。偉大なる指導者は名を閻魔といったが、閻魔は天国とは異なる世界へ旅立ち、異界の主となった。この異界を地獄と呼ぶ。

 全知全能の存在あり。その名を神と呼ぶ。神は始めにもなく、終わりにもない。無限の慈愛をもっているが、この世界に対してどっきりをしかけており、簡単には万民を幸せにはしない。ある時、この神に逆らいし者あり。太陽と月の重なる時、日食の時に、記録にある星々の三分の一の支持を得て、神に逆らいたり。神に逆らいし反乱軍の司令官は、十二枚の光輝く翼をもった天使で、名をルキフェルといった。ルキフェルの軍は、一度は神を倒したかのように見えたが、それはどっきりであった。世界の支配者となったつもりでいたルキフェルたちに対して、たった四人の天使が立ち向かった。その四人は、神の左に座りし天使ガブリエルと、その仲間ラファエル、ウリエル、ミカエルである。記録にある星々の三分の一の支持を得るルキフェルは軍隊で陣を引き防いだが、四人の天使は陣を突破した。ルキフェルは、ミカエルに討ち取られた。この功績によって、ミカエルは神によって大天使の称号を与えられ、天使の長となった。負けたルキフェルたちは、みな、神によって地獄に幽閉された。この敗北した軍、ルキフェルたちを堕天使と呼ぶ。堕天使は、今でも地獄に幽閉されたままである。

 あるところに、三人の賢者がいた。一人目の賢者を釈迦如来といった。釈迦如来は、宇宙はたくさんあって、宇宙は誕生と消滅をくり返しており、永遠なんてないといった。森羅万象すべていつか壊れるといった。これを諸行無常という。

 二人目の賢者を大日如来といった。大日如来は、我々が認識している主観は、決して宇宙を形作る物自体を認識することができないと説いた。この物自体を金剛界曼荼羅と呼び、我々の認識する世界を胎蔵界曼荼羅と呼んだ。我々の意識は孤独な小宇宙であるが、小宇宙と小宇宙は、ことばや記号によって意味を伝え合うことができると説いた。

 三人目の賢者は、地蔵菩薩といった。生きることは苦であり、誰もが迷い人であり、正解を知らず、あやまちをくり返すものだと説いた。地蔵菩薩は、恋愛の正解は誰も知らない、正義の正解は誰も知らない、真理の正解は誰も知らない、という三つの謎が存在することを説いた。正解は知らずとも、少しづつ正解に近づくように努力するべきことが大切であるといわれ、この正解に近づく努力の痕跡を脱構築と呼ぶ。

 この三賢者の三つの教えを理解することを悟りと呼んだ。釈迦如来は悟りを菩提樹の下で開いたと伝えられている。また、釈迦如来はみずから教える諸行無常のとおり、永遠には生きることができず、沙羅双樹のもとで死んだ。悟りを開いた者の死を入滅と呼ぶ。

 人の心には、先天的に、利他を快とする気持ちと、利己を快とする気持ちがある。人は群れをつくる動物であるため、利他を快とする気持ちが進化した。また、自然淘汰に生き残るため、利己を快とする気持ちが進化した。両者が存在するのは明白なことであり、それを否定してはならない。生きるにはあるがままにあるべきであり、利他と利己がせめぎ合うのが世の習わしである。しかし、あえて、利他のみに生きた者の生き様は、聖人伝として伝えるべきである。わたしはまだ聖人を一人も知らない。

 我々の宇宙もいつか壊れるのであり、我々の宇宙を壊す者の名をシヴァと呼ぶ。我々を救うためにシヴァと戦う者の名を弥勒という。弥勒がどうやってシヴァに勝つのかはわからない。諸行無常である限り、いつかシヴァが現れるはずであり、シヴァから我々を救う手段は弥勒の謎と呼ぶ。シヴァとの戦いを聖戦ジハードと呼ぶ。ジハードは弥勒の謎である。

 人の死んだ葬儀の時には、イエスと、閻魔と、ルキフェルと、ミカエルと、釈迦如来と、大日如来と、地蔵菩薩と、シヴァと、弥勒に祈りを捧げなさい。

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