第6話 世界最強の戦士に会ったかい?

 ごく平凡な春の中学校。

 ぼくらの間では、世界最強の戦士を見たという噂が広まっていた。世界最強の戦士……その名を聞くだけでも小便をもらしてしまいそうな恐ろしい存在が、どうやら、ぼくの通学する中学校に出現したというのである。

「そ、その戦士は、人を襲ったりするのかい?」

 ぼくは恐る恐る友人に聞いてみた。友人は、ぼくの悲痛な疑問にそれはそれは大きくうなずいて答えたのだった。

「ああ。襲ってくるぜよ。この前も、がんつけただけの三年生に剣で斬りかかって、大騒ぎになってたよ。ありゃ、狂犬だなあ」

 な、なんという恐ろしい存在だ。世界最強の戦士が剣で斬りかかってくるなんて。狂犬なんてことばで表現できるものじゃない。生きた恐怖、歩く死神、存在そのものが反則じゃないか。関わってはダメだと、ぼくの本能が叫ぶ。

「危険だ。殺される。この辺り一帯が血の海になるぞ」

 ぼくは真剣な気持ちで友人に、同級生の危機を訴えた。

「まあ、確かに、危険だなあ。殺されるかもな。この辺り一帯が血の海になるかもな。ははははっ」

 友人はそういうと、軽く笑った。信じられない。この学校の危機に対して、そんな呑気な気分でいて大丈夫なものか。

「そうか。そうだったのか。やはり、真の学校の危機に立ち向かうには、真の勇者しかいないんだ。まさお、きみたちではこの事件は荷が重すぎるんだよ」

「え? そりゃ、おまえが解決してくれるっていうんなら、願ったり叶ったりだけどさあ」

「わかった。まかせてくれ」

「おい、まかせてくれって、おい」

 ぼくは世界を救うためにただ一人、戦場に立ち向かったのだった。誰も力を貸すものはいない。

「おい、力を貸すものならいるってばよ」

 いや、そんな声は聞こえない。ぼくは誰にも助けてもらうこともできずに、ただ一人、戦場におもむくのだった。

「あれ、みきひさくん」

「やあ、あずさちゃん。ぼくがもし戦場から帰ってこなくても、悲しまないでくれ。ぼくは、月の涙に消えたと思ってくれ」

「つ、月の涙って」

 ぼくは、たった一人の理解者である姫君に別れを告げ、戦場へ向かう。

「世界最強の戦士はどこだ」

「あ、はい、こちらです」

 世界最強の戦士は、三年生の棟の廊下にいた。チビデブな男が剣を振りまわしている。

 ぼくは友人にたずねた。

「おい、どういうことだ。あれが、世界最強の戦士とは? 説明しろ、まさお」

「だから、あれが学校を騒がしている世界最強の戦士だよ」

「ほう。すると、見かけによらず、強いのだろうな」

「本人がいうには、百戦百勝らしい」

 ぼくはチビデブに向かっていった。

「おい、学校を危険に陥れる悪者よ。天から堕ちた正義の勇者が顔を見に来たぞ」

「ふふふふっ、勇者とやら、この世界最強の戦士に恐れをなして足が震えているのではないだろうな」

「そんなことはない。貴様に少しでも良心が残っているなら、この勇者に手を貸せ」

「断るぶう」

「なんだと、チビデブ」

 そこに、まさおが割って入った。

「待てよ。おまえも充分、チビデブだよ」

 まさおがぼくに現実的でない非難を浴びせる。

「まさか、この勇者と勝負して勝てると思っているわけでもあるまい、世界最強の戦士とやら」

「ならば、勝負だぶう」

 ぼくと戦士の二本の玩具の剣がぶつかった。がきん。実力は互角だ。

「はあはあ、やるな、世界最強の戦士とやら」

「はあはあ、おまえこそだお、勇者とやら」

「それだけの力があれば充分。ぜひ、この勇者の仲間になってくれ」

「もちろん、そのつもりだぶう」

 こうして、ぼくと戦士は仲間になった。学校の平和はこうして、ぼくの隠れた努力により保たれたのである。

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