第5話 魔王さまが体調がおかしいようです

 ぼくは光が丘中学校二年の杉田恭平である。何を隠そう、ぼくにはとんでもない秘密がある。実は、ぼくは魔王さまの手下なのだ。

 悪である。ぼくはとんでもない悪なのである。ぼくは、魔王さまと共に世界征服を企む一味の一人なのである。

「魔王さま」

 ぼくは魔王さまに毎日の謁見を欠かさず、忠誠を表す挨拶を忘れない。

「なんじゃ、恭平」

 答えたのは、同じ中学校の倉下聖華だった。彼女の正体は実は魔王なのだ。魔王にふさわしい妖艶な魅力を醸し出し、かつ、若干ロリ体質である魔王さまは、なぜか知らないが、ぼくと同じ学校の同じクラスに中学生として通学しておられる。

 なぜ、魔王さまともあろうお方が中学校などに通っておられるのですか。と、ぼくが聞いた時、魔王さまは、

「ふふふふ、愚かな人間どもを騙くらかして、地上に潜伏するなど、わらわには造作もないことじゃ。すべては世界征服のための布石である」

 とおっしゃっておられた。

 というわけで、ぼくと魔王さまは日に日に世界征服の計画を実行するべく世の中に暗躍しているのだ。

 しかし、あり得ないことが起こった。

 魔王さまが、風邪を引き、学校を欠席されたのだ。

 そんなバカな。魔王さまともあろうお方が風邪など引くわけがない。

 ぼくは、数々の疑問を感じて、魔王さまの家を放課後、訪ねてみた。魔王さまの地上の仮の御両親がお迎えしてくれ、風邪で寝ている魔王さまの元へ案内してくれた。魔王さまのお部屋をお訪ねするのは初めてのことだった。

「失礼します、魔王さま」

 ぼくはドアを開けるなり、頭を下げた。

「おお、恭平か。よく来てくれた。この通り、風邪を引いてなあ。げほっげほっ」

 魔王さまは軽く咳をした。

 ぼくは、ずっと頭を悩ましていた疑問をすぐさまぶつけてみた。

「あのう、世界を征服する魔力をもつ魔王さまともあろうお方が風邪など引くのでしょうか」

 倉下聖華は、つばをごくりと飲み込んで、答えた。

「あ、いや、もちろん、わらわは風邪などを引くことは考えられん。これは、これはきっと勇者どもの遠隔魔法をくらったのじゃ」

「おお、憎き勇者たちの遠隔魔法のせいですか。なるほど」

 ぼくはうなずいて答えた。

「魔王さま、勇者たちが攻めてきたとなるともはや、一刻の猶予もありません。魔王さまの魔法で、さっそく反撃しましょう」

 ぼくは意気盛んに魔王さまを急かした。世界を征服するのだ。勇者などに負けてたまるか。

「魔王さま、そういえば、ぼくはまだ魔王さまが魔法を使うところを見たことがありませんでしたね」

 魔王さまはびっくりしたように、ごほっごほっと咳をした。

「ま、待て、恭介。な、何をいいだすのじゃ。わらわが魔法など、使えるわけないではないか。いや、魔法は使える。だが、ちょっと事情があるのじゃ」

「事情とおっしゃいますと」

「それがな、この魔王、八百年前に森の七賢者に魔法を封印されてしまったままなのじゃ」

 ぼくは驚いた。

「なんと。魔王さま、そのような事情がございましたか」

「そうじゃ、恭介。世の中、なかなかままならんものじゃ」

「これは失礼しました、魔王さま。では、風邪、いえ、勇者たちの遠隔魔法にはどう対応しましょうか」

 ぼくは真剣に魔王さまのお体を危惧申し上げたのだが、魔王さまは、

「うむ、このような遠隔魔法、二、三日眠っておれば、治るじゃろう」

 などとおっしゃられた。

 はて、勇者の遠隔魔法が二、三日眠って治るものだろうか。少し、疑問に思った。

 思えば、ぼくが魔王さまをただの倉下聖華ではなく、魔王さまであると認識したのは、初めての出会いの時からであった。

「魔王さまと出会った時、風が騒ぎ、木の葉がざわついていたものです」

「そうじゃな。都合のよいことに、偶然、風が騒ぎ、木の葉がざわついていた」

「え? 偶然?」

 ぼくは驚いた。

「ああ、いやいや、もちろん、わらわの魔力によるものじゃ」

「そうですよねえ」

「そうじゃよ、あはははは」

 倉下聖華はけらけらと笑った。

 ぼくは、思い切って、切り出してみた。

「あの、実は、以前から懸念していた疑問を今日はうかがいに来たのですが」

「なんじゃ、懸念とは」

 ぼくはつばを飲み込んだ。魔王さまはきょとんとしている。

「あの、実は、魔王さまは、魔王などではなく、ただの日本の平凡な女子中学生なのではないでしょうか」

 思い切って、聞いてしまった。あまりにも恐れ多いことだ。

 倉下聖華は、笑って答えた。

「そんなわけあるわけないじゃろう」

「そうですよねえ」

 ぼくたち二人はけらけらと笑って、その日を終えた。魔王さまが風邪、いや、勇者の遠隔魔法から回復したら、また、毎日、世界征服の計画を練り、実行するのだ。

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