16限目 ~俺達が抱えた問題は小さくはない~

「そこまで! 皆さん休憩にしましょう」

「うーい」

「うむ!」

「おう……」

「はい」


市橋ルナの声で俺達は休憩に入った。


「疲れた……」

「おつかれ、兄様」


ツクハがタオルを差し出す。やばい、妹の女子マネ感凄い。この姿が公に晒されれば明日からありとあらゆる組織から女子マネとしてのスカウトが殺到するレベルだ。

訓練室に俺達以外いなくて良かった。目の前で本当にスカウトでもされようものならどうなるか俺にも分からんからな。


「楽しかったぞ臣下よ! 実戦以外でここまで強く打ち込めるのは気持ちがいいな!」

「いいサンドバッグっぷりでしたよ~先輩」


こいつら……俺が傷つかないからって容赦なく攻撃しやがって……

もう宿題見てやらないからな。


「2時間戦闘訓練を行って削れたシールドは約32000。本番なら32回負けてますね」

「ぐっ、仕方ないだろ。丈夫な事以外、俺は普通の人間なんだから」


異能力者は自分の持つ能力とは別に、身体能力が強化されている。そこに制服の戦闘補助機能が加われば、学生の身でも立派な戦力になるという訳だ。

しかし、俺にはその身体強化の類は無い。多分、俺の丈夫さは異能力とは別の何かなのだと俺とツクハの能力を研究している奴は言っていた。

ええと誰だったか、名前は忘れた。次会ったら名札を確認しておこう。


詰まるところ、今回俺は制服の戦闘補助機能のみが与えられている、のだが。


「でも、思った程はボコボコじゃなかったっすよね。結構抵抗出来てましたし」

「うむ。でも奇怪よな、異能力者でないのに、体術は我々と同等と見える」

「知れば知るほどに疑問が湧いてきますね。千草教官はどう思いますか?」


市橋ルナに聞かれ、訓練室の壁にもたれかかって煙草を吸っていた千草教官がこちらを向く。

というかここ禁煙じゃないんだ。学校内なのに。


「そうだな、原因は研究室に持ち帰らねばなんとも言えんが……最悪ではあるまい。本番までに鍛えれば要介護者にはならんだろうな」


煙草を携帯灰皿に捨てながら、千草教官は言う。


「シールドは攻撃を急所から外したり、受身を取ることでダメージを軽減できるからな。金剛ツカサは素人ながらも、自然にそういう動きが出来ている。ほぼ初見で武田望陽相手に32死なら上出来だろう。下手な新入生なら100回は死んでいるさ」


昔から喧嘩には慣れてるからな。ツクハ絡みで。

とはいえなんだろう、普段の訓練でも授業開始から補習終了まで罵倒してくる千草教官に褒められるとちょっと嬉しい。

あの人お世辞言えるタイプじゃないし、言葉通りに受け取って置こう。やったぜ。


「だが、それで通用するのは予選までだな。決勝となれば、真っ先に落とされるに違いない」

「つまり、私達がその点をカバーする必要があるという事ですか?」

「そうだ。金剛ツクハは規格外の能力を持っているが、武闘派でない以上前線には出せない」

「ツクハを前線に出すなら俺も行くからな」

「まあ、ツクツクのお兄さんがこれっすからね~。兄妹まとめて後ろに置いとくに限るでしょ」


千草教官を交えて、休憩と称した作戦会議は進む。大まかな役割分担としては、


積極的に戦闘し、敵の数を減らす前線の武田望陽。

敵のフラッグを落とし、多対一の戦闘で勝てる実力を持つ遊撃の市橋ルナ。

フラッグを守りつつ前線の支援もする防衛の柊暁。

フラッグの付近から遠距離攻撃を行う金剛ツクハ。

そして、フラッグの俺と言う形になった。


「基本隊形は望陽を先頭に、少し離れて暁、暁の近くに俺とツクハが居て、市橋ルナは自由行動という形でいいか?」

「よく出来ているな。しっかりと私の授業を聞いている証左だ。だんだん隊長が板に着いてきたじゃないか」

「ふふ、流石我が臣下。参謀としての役割を既に全うしていたとはな……」

「はいはい」


最近望陽の扱いを覚えてきた。アレは基本暁がご機嫌とるから無視して、うざくなったら適当に構ってやればいい。


「ツクハさんは、まだ自分がどんな力を使えるか、全部は分からないんですよね」


市橋ルナの問いにツクハはこくりと頷く。

ツクハの異能力は「サモン・オブ・アルカナ」。名前の通り、タロットカードの大アルカナをモチーフとした異能力で、カードを対応した現象を起こす事が出来る能力だ。

今ツクハが使えるのは2種類。「戦車の逆位置」と「魔術師の正位置」だ。


タロット占いでは逆位置になるとそのカードが持つ意味が反転するが、ツクハの場合はそうではなく、例えば戦車のカードなら、その戦車のもつ砲撃の概念を抽出して発現させるらしい。


「戦車の逆位置である天壊主砲アマツナラシと、魔術師の正位置である魔術的支援衛星メイガス・スター。どちらも強力ですが、いつでも使えるという訳では無いですね」


ツクハの能力にも弱点がある。余りにも強力故に、規模が大きすぎて近距離で使うと、味方にまで被害が及ぶのだ。

それに、現状は、周辺の空間異能因子を根こそぎ消費する物しかなく、一度異能力を使えばしばらくの間ツクハ含め誰も異能力を使えなくなる。

無論、発動方法が特殊な市橋ルナや、発動に必要な異能因子が極めて少ないと予想されている月狼のような例外はあるが。


ツクハ曰く、1度発動したカードはその後いつでも使えるようになるという事。12ある大アルカナの正位置と逆位置。つまりツクハは後22つの力を持っているということになる。


冷静に考えるとうちの妹やばいな。

ついでに、俺達の能力を研究してるやつの名前思い出した、三笠カズヤだ。

……違ったっけ?


「まあ、ツクハの能力に関しては誰も予想出来ないんだし、今ある2つを使う前提でいいだろ」

「頼りない隊長を私達が上手く介護して上げればまあそこそこいい所まで行くでしょ」

「その通り。何より、我が臣下には学園最強と呼び声高いルナが居るのだ。へっぽこ隊長など丁度いいハンデだな」

「言いたい放題かよ」

「あうっ、叩くなぁ!」

「てへ♡」


バカ2人に手刀を落としておく。

あと暁なんだてへって。

ちくしょう、ちょっと可愛いじゃねえか。


「そう言えば、訓練始めてすぐの時にいちゃもんつけてきたクソ失礼な先輩って誰なんですか? 確か、花井って言ってましたけど」

「……先輩ってツクツク以外には基本辛辣ですよね」

「そうか?」

花井顕はない けんの事か。奴は第3遊撃部隊の隊長だよ。ちなみに第3遊撃部隊は昨年のフラッグジャムで優勝したチームだ」

「優勝、チーム?」


驚きで目を見開くツクハ可愛い。

まあそれは置いといて、第3遊撃部隊が昨年の優勝チーム? 他のメンバーがどんなものか分からないが、花井単体を見るに優勝チームを率いる器じゃないように見えるが。


「花井顕については市橋ルナがよく知っているだろう? 随分と因縁のある相手らしいな」


千草教官がからかうような視線を市橋ルナに向ける。

関係ないけど俺が市橋ルナをフルネームで呼ぶのは千草教官に影響されているところが大きかったりする。本当に関係なくてごめん。


視線を向けられた市橋ルナは少しむくれた表情をした後、はぁ、と一つため息をついて話し始めた。


「暁と望陽はもう知ってると思うけれど、私は去年のフラッグジャム、第3遊撃部隊に助っ人として参加してたんです」

「そうなのか?」

「びっくり」


正直かなり驚いたが、さっきの花井と市橋ルナのやり取りを見たところ、去年のフラッグジャムで何かしら因縁が出来てしまったのだろうか。


「私が第3遊撃部隊のチームに入った時から花井先輩は私に対してよく突っかかって来てました。第3遊撃部隊で私が貰った役割は本来、花井先輩の役割でしたから」

「市橋ルナが貰った役割ってのは今回みたいに遊撃なのか?」


1人で学園最強を冠するなら、下手に連携させるより自由に動けるようにした方がいいと思ったから俺は今回市橋ルナを遊撃に据えたし、能力的に見ても彼女以上に遊撃に向いている異能力者は中々いないと思うのだが。


だが、市橋ルナから帰ってきたのは否定だった。


「私が貰った役割は遊撃補佐。遊撃の担当ができる限り自由に動けるよう、妨害や交戦を行う役割で、第3遊撃部隊にしかない役割です」

「第3遊撃部隊にしかない?」

「昨年の第3遊撃部隊のチームに市橋ルナが助っ人に入ったのは、第3遊撃部隊で前線の担当をするはずだった生徒が直前の作戦で怪我をしたからだ。そこで第3遊撃部隊の隊長は前線担当を見つけるのではなく、戦闘方針そのものを変えたんだ」

「花井が?」


偏見だが、とてもそう言う英断が出来るようには見えなかったぞ。


「いいえ、当時の第3遊撃部隊隊長は花井先輩ではありません。その時の隊長は佐々木廉之助ささきれんのすけ。前・学園最強の生徒です」

「佐々木廉之助……って確か教師陣にいなかったか?」

「よく覚えているな。自分を担当している研究員の名前は忘れる癖に」

「アレはあの人の名前が無個性すぎるのが悪いですよ」

「三笠研究員が聞いたら泣くぞ。ともかく、金剛ツカサの言う通り、佐々木廉之助は今年から学園教師陣に加わった新人だ」


俺の聞いた話だと、この学園の教員の殆どはこの学園の卒業生で、教師になりたい者は数年軍で経験を積む必要があるらしいが、そうなると佐々木廉之助という男はかなりの特例なのか?


「佐々木先輩は全てに置いて他の学生を上回っていました。総合的な実力なら軍の中ですら勝てる人を探すのが難しいくらいに」

「そんなに凄い人なのか」

「未来視かと勘違いするほどの直感、経験に裏打ちされた判断力、人を纏め上げるカリスマ、そして一対一なら必ず勝利すると言われる強さ。私なんて、あの先輩の前では霞んでしまう程の存在感でした。そして、私が目標とする人の1人です」

「す、すご……」


非の打ち所のない完璧超人か。苦労してそうだな。

だが、それ程の人物が何故市橋ルナを助っ人にしたんだ? そんなに強いのなら、前線担当が抜けた穴に前線の役割が出来ない市橋ルナを誘う必要は無かったように思えるが。


「話を戻しますが、佐々木先輩は単に適当な前線担当を見つけても、連携に問題が生じて優勝は出来ないと私に話しました」

「佐々木廉之助は学園生として最後の年にフラッグジャムの優勝をなんとしても遂げたかったらしい。佐々木廉之助は個人戦こそ無敵だが、個人技では戦争に勝てんからな」

「現に、佐々木先輩が高等部1年で第3遊撃部隊の隊長になってから2回のフラッグジャムで、優勝を逃しています」

「それはまた、どうしてだ?」


市橋ルナは一呼吸置いてから、第3遊撃部隊以上の障害となりうる存在の名を口にした。


「学園最強の部隊、第1遊撃部隊。第1遊撃部隊はフラッグジャムの優勝常連チームで、佐々木先輩の率いる第3遊撃部隊チームを決勝で2度返り討ちにしています」


学園最強の次は学園最強の部隊か。最強だらけだなこの学園。


「過去、第3遊撃部隊は第1遊撃部隊と戦った際、佐々木先輩の攻勢を妨害して撤退際を叩くという手法で勝利してきました」

「ワンマンチームに勝利する方法としては常套だな。突出した一人を複数人で包囲し叩く。佐々木の場合は包囲で止まらないから妨害という形に留めたんだろう」


千草教官が話に割って入る。


「佐々木廉之助が二年の時、フラッグジャムが終わってから話をしたんだよ。このままでは勝てない、やり方を変えなければとね。アイツはよく頑張っていた、だから前衛を担当していた奴が怪我をしたと知ったときは同情したよ。だがアイツはタダでは起きなかった」

「佐々木先輩に誘われた時、私の役割を聞いて驚きました。相手の妨害を少しでも引き付けて、そうすれば優勝は約束するなんて、どれだけの自信と実力があればあのような言葉を発せるんでしょう」

「……んで、それと市橋先輩と花井先輩の因縁と何の関係があるんですか?」


暁が手を挙げて質問する。千草教官が話に入っているせいか、授業のような雰囲気で話が進んでいるような気がするな。


「それは、僕の口から説明した方がいいんじゃないかな」

「えっ」


訓練室に入ってきたのは今しがた実技の授業を終えてきたのか、水色のジャージに身を包んだ若い教師だった。

俺も見覚えがある。さわやかな印象を放つ茶髪と線のように細い目。

元・第3遊撃部隊隊長、佐々木廉之助その人が俺達の前に現れた。


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