1限目~俺は妹に逆らわない~

兄様あにさまぁ~」


微かに響く声。決して大きい訳ではないが、その声は俺の脳を瞬間的に反応させた。

兄様のさ辺りでやや食い気味に振り返った俺の目に飛び込んで来たのは、俺、金剛ツカサの妹であり、この穢れた地上に舞い降りた天使、金剛ツクハだ。


言うまでもなく世界一可愛い。眠そうな据わりきった大きな目は碧の輝きを放ち、白い肌は傾いた陽光を反射し、その美しさを一層増す。さらにそのクリーム色のショートカットの髪はくせっ毛が気になるという妹の要望を受けて俺が提案した。よく似合っている。運動が決して得意ではないのに必死に俺の元へ駆け寄ってくる。


やばい、うちの妹超可愛い。


もう少しあの可愛らしい走りを見ていたいのだが、重力の影響下で疲労している天使を放っておくのは重罪なので、次の瞬間クラウチングスタートを決め、妹の元へ駆けつける。


本当に、国は妹を重力から開放するための研究にお金をかけるべきである。


「お疲れさまツクハ~!さあ、兄ちゃんと帰るぞ!」

「兄様、クラウチングは、恥ずかしい……」

「わかった、兄ちゃんもうやめる!」


この瞬間俺は一生クラウチングスタートをしないことを神に誓った。絶対やらねぇ。なんなら体育祭の徒競走も直立からスタートしてやる。誰がなんと言おうと妹のお願いだ。妹に頼まれたら自然の摂理も物理的法則も覆せる気がする。いや、覆してやる。


「兄様、それ、何?」

「そうだ、これ見せとかなきゃな」


ツクハが注目したのは俺が小脇に挟んでいた封筒。二つあるそれのうちの一つをツクハに渡し、手元に残った一つを開く。


「これ、なぁに?」

「進路指導の先生に渡された」


封筒を開くと、まずパンフレットが出てきた。


「私立イルシス学園?変な、名前………」

「随分と綺麗なところだな。どの辺にあるんだ?」

「ここ、家から近い、よ?」

「マジかよ」


パンフレットを見てみると、確かに、俺の家の近く、歩いて数分の距離にあった。


(第一段階は、クリアか)


俺がこの封筒を受け取るにあたって勝手に用意した条件。その一つが妹が通学するにあたって疲れないこと。まあ、妹が希望するのであれば、荷物を持つし、背負っていくし、タクシーを呼ぶ所存だが。


「一応、進学、就職両面で問題なしか」

「設備も、最新、だね………」


一通り読んでいき、俺は一つの結論に至った。


「なあ、ツクハ」

「‥‥‥‥」

「ここ、完璧過ぎやしねぇか?」

「ツクも、同じこと、思ってた………」


進学、就職両面で全く問題なし、某有名大学へも合格者を出してる上、設備も全て最新で現代社会のニーズに沿った授業が行われており、さらには家から徒歩数分ときた。


まるで、俺達の為に用意されたかのような学園。一言で言うなら怪しい。


「どう思う?」

「良いところ、でも、怪しい‥‥‥」

「だな」

「兄様は、この学校に、ツク、入れたくないの?」

「そうだな。こんな怪しすぎる学園にウチの妹を任せられる気がしない」

「わたしは、行きたい、な………」

「そうか、じゃあ決まりだな」

「え?反対、じゃ、ないの?」

「だって、ツクハは何も考えなしに行きたいって言った訳じゃないだろ?それに、妹がやりたいって言ったらどこまでもサポートするのが兄の務めだ」

「兄様‥‥‥」


ぽふぽふとツクハの頭を撫でる。ツクハは子猫のように目を細めてされるがままなでられている。

100点満点可愛い。


「兄様‥‥‥」

「どうした?」

「抱き締める、のは、恥ずかしい………」

「はっ!?すまん!」


気づいたら流れで抱き締めていた。ツクハの小さい身体が俺の制服に埋まっていて超絶可愛い。周りを気にして顔を赤らめてるツクハも世界一可愛いし、俺の制服をきゅっと握っているのも宇宙レベルで可愛い。


「兄様、もう、周り……」

「暗くなってきたな。帰るか」


手を差し伸べると、ツクハふにゃっと笑って手を繋ぎ返してくれた。


破☆壊☆力☆抜☆群♪


吹き飛びそうになった理性と身体をどうにか抑え込み、手を繋いで帰る。


帰り道は途中、本格的に暗くなった為、例の学園を見に行くことはできなかったが、俺の心には期待が芽生え始めていた。


数ヶ月後、それが完膚無きまでに叩き潰されるとも知らずに。

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