それは宝石のような
賑わう街並み。沢山の出店が並び、沢山の人が行き交う街の中心部に、俺はいた。
盗賊なんて生業していても、こういうのは好きだし、見て回るだけでも結構楽しい。
「そこのお兄さん! ちょっと見ていかないかい?」
呼び止められたのは、宝石と看板がかかった出店の前だった。
「珍しいな。こんな街で宝石?」
宝石は並んでいない。いるのは、メニュー表と思われる紙と、女が一人座っているだけ。
銀髪を床に流し、正座し俯いた包帯だらけの女が。
「宝石が見当たらないみてーだが…」
「おや、お兄さん知らない? 我が宝石商は、娘が創り出す宝石を売っているんだよ!」
あぁ…そういえば、聞いたことがあったかもしれない。
この世には稀に、人間とかけ離れた能力を持つものがいると。
ある者は体を武器に変え、自然現象を操る者もいる。
「…そこの娘さんが宝石を作る?」
「そうそう! お兄さんが買ってくれるなら、お安くしちゃうよ!」
ふぅん…まぁ、一番安そうなの買っとくか。
「じゃあ、このクリスタルで頼む」
「はいよ!」
親父は徐ろに娘の髪を一束切った。
ほら、と自分の髪を持たされた娘は、顔を歪めながらそれを握りしめる。
銀色の髪は、瞬く間にクリスタルに変わった。
びっくりして固まっていると、娘は涙を膝に落とす。
「はいよ、お兄さん!」
「あ、ああ…どうも…」
娘と目があった時、彼女の瞳が助けを求めるように揺れた。
☆ ☆ ☆
私は、ずっとこの人の“宝石”でいなきゃいけないのかな。
一昨日は指先から血を抜かれた。
昨日は人差し指の爪を深爪になるくらい切られた。
そして今日は、髪を持って行かれた。
髪だけは、お母さんと同じ色だったから守ってきたのに。
「…私、父さんには逆らえないんだよなぁ…」
自嘲気味に笑って三角座りした膝に額を押し付ける。
誰か、だれか。
だれか、たすけて。
「…よぉ、娘さん」
さっき聞いた、男の人の声。
私の髪から出来たクリスタルを買って行った人。
「…はい?」
男は、私の顔をしげしげと見て頷いた。
「よし。お前を盗もう」
「…何、言って」
「あれ? 娘さん知らない? ここいらを騒がせる盗賊の話」
人差し指を口元に当て、ウィンクをする。
「今回な。ここでなんか仕事しようと思ったんだが、目ぼしいものがなかったんでさ。宝石でも盗もうかと」
「…、どういう」
「娘さん」
遮るように男が言う。しゃがんで、私に目線を合わせる。
「その体を宝石に変える娘さん。俺たちと来ませんか? まあ…拒否権はないんだけど。一応、意思は聞いておこうかなと」
どうする? と、差し出された手を見つめた。
もし、もしも。この人に着いて行って、父さんの目が届かなくなったとして。
この人が、私の力を悪用しないとは限らない。
お金の為に、父さんと同じになるかもしれない。
「…」
私は、こんな力いらなかった。
そうすれば、父さんもおかしくならなかったのに。
「娘さん?」
「…約束、してください。約束してくれれば、私は黙って貴方に着いて行きます」
「ほぉ…。盗賊と約束、ね…。いいね。面白い。言ってごらん?」
「私の力で、金儲けをしようなど考えないで下さい。私の身を…これ以上、削らないで」
男は、一瞬ぽかんとしてから失笑した。
な、何かおかしいこと言った?
「何言ってんだ? 俺たちは盗賊。欲しいものは宝石だろうが盗むだけだし、宝を傷付ける訳ないだろ?」
そのまま私を抱き上げ、踵を返す。
「まっ、待て! 貴様、娘をどうする気だ!?」
「あれー? 見つかっちゃったよ」
男は顔だけ後ろに向ける。
この声、父さんだ。
「娘を返せ!」
「悪いけど、もう無理だね。この子は、俺のものだ」
不敵に口許が吊り上がる。
「“偉丈夫”」
男の声と共に、地が震える。
私たちの足元の土が、ぼこんと大きく盛り上がった。
「ま、まさか貴様も…?!」
「潰せ、偉丈夫」
盛り上がった土は、ひとの形を取り、父さんに拳を振り下ろす。
「あー! 頭が能力使ってる!? 珍しい!?」
「あれ、女の子連れてる。どしたんすか頭。頭イカれましたか、頭だけに」
「寒い! 寒いよ! やばい寒い!!」
騒がしい男二人がが馬車に乗ってこちらにやってくる。
私を抱えた盗賊は、私を見てにこりと笑った。
「さて、行きましょうか娘さん」
折上短編集 折上莢 @o_ri_ga_mi_
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