第5話
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もし、次で富川の悩みを解決できたら、僕はあの世界を去ろう。なんとなくだが、そう思った。あの夢の世界は、一歩踏み出せばいいだけなのに、後ろばかり振り返ってぐずぐずしている僕の背中を押してくれた。完全に病気が治ったわけではないし、トラウマから完璧に抜けだせたわけではないが、僕は、充分すぎるほどたくさんのものを、あの町からもらったのだ。そして、次の夢が覚めたら、僕は高校にまた、行こうと思う。なにも、その行動が、絶対正しいというわけではないのはわかっている。だけど、そうすべきだと思ったのだ。己の直感というものを、信じてみようと思った。そう考えてから、僕は苦笑いする。今までの僕なら、そんなことは絶対にしなかったはずだからだ。しっかり、その行動が正しいか吟味してから、アクションを起こしていた僕は、あの夢が始まってから、信じられないくらい積極的になった。それが今後、悪い風に転がってしまうこともあるだろう。だけど、それでいいのだ。間違いを犯しても、人はそれを吸収して、さらに大きくなるのだ。手足はものを食べたり、掴んだりするもの。だけど、時には人を傷つけてしまう。それでいいのだ。口は言葉や気持ちを伝えるもの。だけど、時には攻撃的なことを言ってしまう。それでいいのだ。それも引っくるめて、全ての自分を認めよう。祝福しよう。そして、愛そう。それが自然にできた時、僕は自分自身を「よくできました。」と褒めることができるのだ。
僕はぼんやりと目を覚ます。昨日現実であったことを思い出しながら、しっかり体が休まっていることを確認する。今日は、さっぱりやめていた読書を、再開する予定だった。しかし、僕が今読みたい本は、部屋の本棚にはない。本屋に買いに行かなければ。そう思いながら、軽く埃をかぶった本たちを、ベッドに座って眺める。どれも、一つ一つおぼろげながら、要所の情景が思い浮かぶ。あれは、中学生に入った時の入学祝いで貰ったもの。あれは、誕生日プレゼントに親がくれた図書券で買った本。あのハードカバーは・・・。と考えていると、目覚まし時計がジリリリリリリ、とけたたましい音を立て始めた。今は丁度七時だ。目覚ましをかけた覚えはなかったが、おそらく母が、しっかり起きられるようにかけてくれたものだろう。ありがたいが、あまりいらない気遣いである。
目覚ましを止めると、スヌーズが鳴り出さないように電源を切り、ベッドの隅に置き直す。そして立ち上がると、リビングへ向かって歩き出す。自分の部屋からリビングへの道は一直線だが、廊下はよく冷える。少し早歩きになりつつ、リビングのドアを開ける。そこには、いつもと同じ風景があった。父がコーヒーを飲みながら新聞を読み、母はキッチンで包丁やフライパンを忙しそうに動かす。そして、二人は顔を上げると、僕に「おはよう。」と言った。僕も挨拶を返すと、テーブルの自分の席に座る。すると、父が
「昨日、中学校から連絡があったよ。」と言った。昨日あれだけの騒ぎを起こしてしまったのだ、父さんと母さんは電話越しに、校長先生あたりに怒られてしまったのだろうか。突然現れて、大同窓会を引っ掻き回して帰っていったのだから、それくらいされてもおかしくはない。と考えながら、テーブルに置いてあった牛乳を飲もうと、置いてあったグラスに手をかけた瞬間、家のインターホンが鳴り響いた。母は、台所作業で忙しそうだし、父は仕事に行く前にゆっくりしたいだろう。「僕が出るよ。」と椅子を立ち上がると玄関へ向かった。こんな朝早くに、誰が来訪したのだろう。郵便などは朝には来ないし、まさか、警察ではないだろうな。なんて冗談を心の中に浮かべてみる。
「はい。」と一言言ってドアをガチャリと開けると、目の前には、自動車が一台、停まっていた。そして中から、五十過ぎくらいのおじさんが出てきた。見覚えがある。確か、あの中学校の校長先生だ。
そして、校長先生は、僕の方に走ってくると、涙を流しながら、なんと僕に土下座した。あまりにも突然の出来事で、度肝を抜かれてしまう。
「すまなかった。私の力不足のせいで、君にあんな思いをさせてしまって。」校長先生は僕の家の玄関を、大粒の涙で濡らすと、さらに言葉を続けた。
「あのあと、君の怒鳴り声を聞いてすぐ、私は彼らに話を聞いた。すると、二年前君に行われたいじめの全容が、はっきり明らかになった。彼らは罪人だ。いや、私もかもしれない。」校長先生は、地面に頭をこすりつけながら、そう言った。だが、彼に謝ってもらったところで、僕が困ってしまうだけだ。
「頭をあげてください。あなたは何も悪くない。」生徒達は、生徒達だけを見る狭い視野、先生は、生徒全体を見る、広い視野。そして校長先生は、生徒も先生も見なければならない。その中で行われた陰湿ないじめに気づくのは、とても難しいことだろう。
「いや、謝らせてくれ。私は君の苦しみに気づくことができなかった。先生は、生徒という人間と関わる仕事だ。その生徒一人一人に目を配って、嬉しさや、苦しさを共感して、正しい方向に導くことが、私たちの仕事なのに・・・。本当にすまない!」話している途中で、彼はまた泣き出してしまった。僕は、校長先生の前に正座すると
「僕は、もしいじめが無かったら、ああやって、自分の気持ちを吐き出すことすら出来ないまま、大人になっていたと思います。」と言った。きっと、人間関係の糸を絡ませないように、細心の注意を払いながら、おどおどと生きていくことになっていたはずだ。かといって、いじめが正しかった、というわけではない。いじめは確かに、対象を傷つけ、心にまで大きくダメージを負わせる、許されない行為なのだ。
「私は、怒鳴り声が聞こえた時、すぐに君だとわかったよ。そして、驚いた反面、少し嬉しかった。何故だろうな。君は、あの時に比べて遥かに大きくなった。そして、変わっていたと感じたからかもしれない。」校長先生は、やっと頭を上げると、目に涙をためつつ、小さく笑った。僕も、その笑顔に笑い返すと、立ち上がった。
そのあと、何事か。と駆けつけた両親に、校長先生はもう一度、深く腰を曲げて謝罪した。母は、「先生に謝っていただいても、仕方ないです。」と、それでも嬉し泣きしながら言い、父は、「あの時は、頭ごなしに怒り狂って、すいませんでした。」と、謝り返した。そのあと、校長先生は、また車に乗り込むと、冬の道を走らせて、やがて見えなくなった。
「驚いたな。こんな朝から来るなんて。」と父は、車が去っていった方向を見ながら、呟く。
「でも嬉しいわ。わざわざこんな離れたところまで来てくれたんだもの。」母はまだ涙ぐみながら、そう言う。母さんは、本当に涙もろい。僕が中学でいじめを受けた時も、自分が高校に受かった時も、昨日僕が無事に帰ってきた時も、毎回泣いていた。そして、明日も泣かせてしまうだろう。僕が、人生の再スタートを切る、記念すべき日になるはずだからだ。
北風が、びゅんびゅん吹き始めた。僕達は、これ以上パジャマで外にいるのはさすがに寒いと、家の中に引き上げる。そして、父はすっかり冷めていたコーヒーをまたかき混ぜ始め、母は皿を洗いだした。僕は自分の部屋に戻ると、パジャマから普段着に着替え、財布の中身を確認する。昨日、交通費で結構な額を使ってしまったにもかかわらず、まだ半分以上、資金は残っていた。今日は、本屋に行って、「夢の海」を買う予定だ。そのあとは、久しぶりの読書だから最後まで読めるかはわからないが、寝る時間になるまで、できるだけ話を読み進めておこうと考えていた。
しかし、本屋が開店するのは、午前十時くらいからだった。時計を見ると、まだ朝の八時。さて、どうやって時間を潰そうかと考えていると、学校の教科書が、ちょうど目に飛び込んできた。僕の部屋には、暇をつぶすものが、本くらいしかない。学校に行けなくなった頃は、何もする気が起きなかったから、時間は、ベッドに寝転んでいるだけで過ぎ去ってしまっていた。しかし、今は本屋に行くまでのこの時間を、暇、と思った。教科書を読んでも、大して時間は過ぎないだろうが、決して無駄なことではないはずだ。僕はそう思うと、勉強机の上の棚に並べられた、高校の教科書を開いて読み始めた。一番目立つ字で書いてあった生物を手に取ったが、授業で先生に解説を受けないと、理解できそうにない内容ばかりだった。だが、図を見たり、端の方に小さく載っている豆知識のようなところを見ると、意外と知らなかった雑学が書いてあって、面白い。そのあと、現代国語に掲載されている物語や説明文を読んだり、数学の、さっぱりわからない数式を眺めて過ごした。頭の良い人は、普段からこうして机に向かっているのだろうか。勉強は、僕はあまり好きではなかった。ひたすら問題を解いて公式を覚えたり、それを応用したり、作者の気持ちを考えたりするのは、苦手だったのだ。そもそも、こんな知識を、日常生活や社会に出て使うところがあるのかと、学生なら、一度は考えたことがあるであろう屁理屈を、頭の中でこねたりしたものだ。しかし、今の僕の頭は、乾いたスポンジのように、文字や記号を吸収した。最近全くと言って良いほど、「勉強」というものをしていなかった。そして、僕は、少しのきっかけで、物事は大きく変わることを知った。無駄な努力など、この世界には存在しないのだ。人が努力すれば、必ず種は撒かれる。そして、その種に、水をあげ続ければ、それは成長を始める。もし世話をしなくて、枯れてしまっても、種は土の肥料となり、次の種を大きく育てる。僕は、大切なことを知ることができた。だけど、まだ終わりじゃない。最後の大仕事を、あの世界でしなくてはならない。上手くいくかはわからないけど、でも、きっとなんとかなる。僕ならできる。根拠のない自信だったが、鳥居間、不動産屋、校長先生が発した「君は変わった。」という言葉を、僕は信じてみようと思うのだ。
教科書を読み終えた僕は、首を回して時計を見る。すると、九時四十八分を指していた。僕の部屋の時計は、小学校に入学した時、お父さんが、時間をしっかり覚えられるように、と買ってくれたものだった。学校の黒板の上にあるようなシンプルな電波時計だったし、デジタル時計のように、様々な機能がついた便利なものではなかったが、僕は、これが発する、チク、タク、チク、タク、という音が好きだった。と、思い出に浸っていると、針は、五十分を指していた。そろそろ準備をして、出かけよう。僕は自分のバッグの中に、携帯、財布を放り込んで、マフラーを首に巻いた。母さんに行ってきますを言うと、本屋へ行くと伝えて、外に出る。父さんは、もう出勤しているのだろう。僕は、首に巻かれているマフラーに顔をうずめると、歩き始めた。目指すのは、駅前にある割と大きな本屋だ。引っ越してきてから一応チェックはしていたが、行ってみたことはなかった。「夢の海」は置いてあるだろうか、他に気になった本も買ってみてもいいかもしれない。駅へ続く道を進んでいく。
次の信号を渡れば、本屋に着く。赤の光を点灯させた二つの眼の信号機は、三つの眼の信号機と連携を取りながら、今朝も一生懸命働いている。夜遅くから、朝早くまでしか休まないで、ひたすら人や車を整理し続ける仕事をする彼らが、いつか人類に労働環境の改善を目指して、反逆を始める。という想像をしながら、青になるのを待つ。やがて、信号機は、自身を青く光らせる。僕は少し早歩きで渡っていく、長い間やめていた読書を再開するのだ、気持ちが昂ぶってくる。
本屋の中は、どうやら店員を除いて二、三人程度しかいないようだった。開店したばかりなのだから、当然と言えば当然か、と思い、まずは入ってすぐの所にある新書を眺める。読んだことのある作家が出した本も、ちらほらあった。と、その中に「夢の海」を書いた作家である「熊野 豪太郎」を見つける。この人が書く話は、筆名と不釣り合いなファンタジーが多く、僕が行った夢の世界のような、リアリティのある空想の話ばかりだった。僕は新書たちから目をそらすと、文庫本コーナーで夢の海を探す。
十五分ほど探して、一冊だけ、「夢の海」が、あまり目立たない所に置いてあるのを見つけた僕は、少し興奮しながら、本を引き抜く。小学生の頃に買ってもらった本だ。もしここになかったら、古本屋で探そうと思っていただけに、かなり嬉しかった。表紙に書いてある絵も、昔と変わっておらず、本は、新しい紙の匂いがした。僕は「夢の海」を持ったまま、レジへ向かう。
「いらっしゃいませ・・・。あっ。」レジの女性店員は、僕が持っている本を見て、小さく声を漏らした。
「どうかしましたか?」僕はレジに本を置くと、店員に尋ねる。
「いえ、この本、すごくいい話なんですけど、あまり有名ではなくて・・・。それを買っていくお客様は珍しいなと思いまして、い、いえ!忘れてください。」バイトの人間だろうか、彼女はあせあせと僕の質問に答える。
「そうだったんですか、あまりレビューとかは見ずに買う人間なので。それと、僕にとって思い出のある一冊なんです。」僕は、バッグに入っている財布を出しながら、店員に話す。彼女もまた、本が好きなのだろう。
「そうなんですか。す、すいません。話しかけてしまって。七百五十六円です。」
「いえ。本について話す人間が僕にはいないので、嬉しかったです。」僕は財布から八百円を出すと、店員に渡す。
「いえ、こちらこそ。また、お越しください。」と、店員は笑った。営業スマイルなのか、自然にもれた笑顔だったのかはよくわからなかったが、僕も会釈をして、本屋を出る。今すぐ本を開いてこの場で読みふけりたい気分だったが、それをぐっとこらえて、僕は足早に家に帰った。
家に着くと、洗面所で手を洗い、自分の部屋で買ってきた本を開いて読み始めた。夜までに読もうとは思わずに、じっくり、一文字一文字を大切にしようと思っていたが、目は、すごいスピードで上下運動を繰り返した。
「夢の海」は、「窓から、汚い海が顔を出した。」という一文から始まる。ある町に引っ越してきた少年が、ごみで汚れきった海を見て、ここを綺麗にしよう。と決心をする。そしてその次の日から、ごみを拾い始める。はじめは、彼の行動を馬鹿にして見ていた町の住人たちも、徐々にではあるが綺麗になり始めた海を見て、少年のごみの片付けの手伝いをした。やがて綺麗になった海を見て、彼らは喜び、涙を流す。そして少年は、いつまでもいつまでも、すっかり暗くなった海を眺め続けた。というあらすじの話だ。読めば読むほど、あの老人に聞いた話とそっくりだと思った。
小学生の時のように、この本で、わからない漢字や言葉は、もうない。順調に読み進めていくが、ある一行に、僕の目は釘付けになってしまった。
『この海には、人がつながりを持つための糸が、大量に沈んでいる。』というものだった。不意に芝の「釣りは、現実の海に糸を垂らすこと。」という言葉と、僕が恐れ続けた、「人間関係の糸」という考え方が思い浮かぶ。芝はわからないが、僕のこの考え方は、この本から来ていたのだろうか。そして、芝の言っていることが、あと少しでわかりそうな気がした。
自分でも驚くほどのスピードで、休みも入れずに読み続ける。あと数ページ、というところで母の「ご飯よ。」という声に、はっと我に帰る。時計を見ると、すでに十九時を回っていた。もうこんな時間なのか、僕は本についていた栞を、読んでいたページに挟み込むと、「はい。」と返事をして、リビングに行った。
リビングには、すでに会社から帰ってきていたのであろうパジャマ姿の父が、椅子に座って僕に「ただいま。お前、本屋に行ってから、ずっと部屋にこもりきりだったそうじゃないか。久しぶりに、読書熱か?」と、僕に声をかけた。
「おかえり。いや、昔読んだ本が急に読みたくなったんだ。」僕はそう言いながら、テーブルの父の隣の席に座る。
「家にはなかったの?もしかして、あなたが初めて読んだ本かしら。」母は、複数お皿を器用にキッチンからテーブルへ持ってきながら言った。
「うん。前のは、川崎達に破かれてしまったからね。」今夜は肉じゃがのようだ。長時間同じ姿勢で、それも寒い部屋で本を読んでいたせいか、体がカチコチになってしまっていた。その状態で、肉じゃがは嬉しかった。僕は、箸を取ると、いただきます。を言い、暖かいご飯を口に入れた。
そのあとは、家族で様々な話をして団欒の時を過ごした。父の会社の愚痴、母が今日テレビで見たこと、僕の小さい頃の話、話題は次々と変化していったが、みんなの笑顔だけは変わらないままだった。
僕は家族に恵まれていて、本当に良かった。その分、人間関係は失敗続きだったが、それは、これからいくらでも取り戻せる、はずだ。そして、僕も母も父も、料理を全て食べ終わり、ごちそうさまでした。を言う直前に、僕は切り出した。
「明日、高校に行こうと思うよ。」
母も父も、目を見張った。そして二人は顔を緩ませ、同時に頷いた。
「そうか。だが、出来なくても落ち込むなよ。お前の病気には、そういう落差が悪いと聞いたからな。でも、父さんは行けると信じてるぞ。」と父は僕の背中をポンと叩いて言った。母さんも何か言うかと思ったが、押し黙ったままだった。どうしたのかと向かいのテーブルを見ると、母は、また泣いていた。高校に行くと宣言しただけだ。まだ行けたわけではない。だが、母さんは、それだけで嬉しかったのだろう。嬉しくても泣く、悲しくても泣く。母は、本当に涙もろい。
「はは。本当に母さんは泣き虫だなあ。」父も同じことを思ったのか、そう言う。
「だって、嬉しかったんだもの。」母は、エプロンで涙を拭きながら、震えた声でそう言った。
「とりあえずさ、ワイシャツをアイロンしておいてよ。チャレンジしてみようと思うんだ。」じゃあ、明日に備えて寝る準備をするよ。と親に言うと、風呂場に行き、体を洗って、湯船に浸かる。もう少しで、夢の世界へ行くことになる。しかしそれも、おそらく最後になるだろう。不動産屋が、候補はあと二、三個ある。と言っていたが、もし、僕に初めに見せる候補が、別の世界の物件だったら、僕はどうなっていたのだろう。今の自分と全く同じ、ということはないはずだ。でも、僕はあの町に行けて良かった。と心から感じた。マイナスの事ばかり考えていた僕は、少しでも、顔を前を向ける事ができた。「自分自身」ではないかと思えて仕方なかったコンプレックスは、僕の前から消え去った。だが、また何かしら、試練が降りかかるかもしれない。だけど、昔の僕なら膝を折っていたであろう問題にぶつかっても、絶対に乗り越えられる。まずは明日。学校に登校することが最初の困難になるだろう。だけど、今の僕なら、きっと大丈夫だ。
そうこう考えているうちに、体はすっかり暖まっていた。いけない、このまま浸かっているとのぼせてしまいそうだ。僕は湯船から出ると、体を拭き、パジャマを着て、歯を磨く。てきぱきと寝る準備を済ませて、部屋に戻る。机の上に置いてある「夢の海」が気になった。あと数ページだから、読んでから寝ようか。と思った。結末はぼんやりとしか覚えていないし。と、本に手をかけようとする。だが、表紙の絵を見て、思い直す。なんとなくだが、読まないでおこうと思ったのだ。それがなぜだかは、よくわからない。きっと、老人が僕を海の少年と重ねたように、僕も、自分とその少年は似ていると思ったからだろう。結末は、自分の目で確かめる。そういう考えが働いたからかもしれない。
机から離れると、外に出た時に入れっぱなしになっていた携帯電話をポケットに入れる。ベッドに倒れこむと、布団をしっかり被って、枕に頭を乗せ、目を閉じる。
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