28 命を刈る者

《敵が網に掛かった》


 そんな一報が入ったのは、初襲撃から丸四日が経過した後の、早朝だった。

 早朝、と言っても厳密にはまだ夜に近い。標準時が確認できないため正確性には欠けるが、おおよそ午前四時半といったところだろう。

 交代で休息を取っていた戦闘員を全てたたき起こさせ、〈宿木ヤドリギ〉の元へと集合させる。


「状況は?」

『偵察の者が歩行戦車とその随伴戦力を発見した。座標はここから北東におよそ六キロ。できる限りの情報を得させたよ。と言っても、わかったのは主要戦力の規模感くらいのものだが』


 監視網そのものは襲撃後すぐに張っていた。

 東から北の方角に向けて、通信の中継となる斥候を点在的に配置しつつ、取りうる限り最大の範囲をカバーしたつもりだ。

 結果としてその判断は正解だった。無論、先日彼らが撤退した方角から侵攻ルートの予想をつけてはいたが、戦闘に絶対というものはない。迂回した敵から奇襲を受ける可能性もあったことを考えれば、この成果は上々だろう。


『やはり、敵方の歩行戦車は数を増しているらしい。今のところは固まって動いている。君にも映像を送ろう。少々、質は低いが我慢してくれ』


 何度も中継を繰り返したせいか、あるいは耳長エルフたちが持つ拡張臓器の性能故か、画質はかなり荒かった。だが、さほど問題は無い。


「――メル、推論エンジンで画像に補正をかけられるか?」

『可能です』


 返答に一拍遅れて、磨りガラスごしに見ているようだった映像が徐々に鮮明さを増していく。


『ほう。私にもできなくはないが――君は速いな。しかもリアルタイムと来たか』

『貴方にも推論エンジンは組み込まれているはずでは?』

『その通りだが、君に比べれば劣る。君と同等の性能を有していたなら、私が〈自我〉を得るまでの時間も少し早まったかもしれないね』

『矛盾します。私と同等とはつまり、その時点で汎用人工知能AGIとしての機能を有することに他なりません。貴方の言う〈自我〉が、もしAGIの有する広範な汎化能力に基づくものだとするならば、貴方が〈自我〉を得るべく仮想思考実験を行う理由がありません』

『それは違う。以前に君自身が述べたとおり、私の〈自我〉とは君の能力と同質ではない。そうだな、これは、言うなれば〈心〉だよ。単なる能力を指すのではない』

『申し訳ありません。理解できません』

『いずれ、わかるときが来るかもしれない。来ないかもしれないがね。――おそらくだが、私を開発する際に培われた技術は君にも使われているのだろう?』

『詳細は不明ですが、形式を照合する限り、私が貴方の系譜に連なることは確かです』

『はは、なるほど。やはり私は君の先輩というわけだ。なら、あり得ない話ではないだろう』


 何故か嬉しげにメルと会話を交わしている〈宿木〉を横目に、レイジは敵戦力の詳細を確認していた。敵軍を遠方から、位置を変えつつ確認しているため、全容の把握に少々手間取った。


「〈蒼雷ソウライ〉が六、〈御劔ミツルギ〉が二、そして最後に型番不明ワンオフ機――〈スプリンター〉だな」

『九機か。口頭での報告とも合致する』

「予想の範疇ではあるが……少し多いな。――随伴戦力ってのは、この馬車か?」

『見ての通りだ。中に居るのは歩兵だろう。判明している限りで二十台。二百人は下らないね』

「ふん? 歩兵は思ったほどじゃないな。もっと連れてくるかと思ったが」

『移動手段は馬車で、物資の運搬もそこに頼っている。一度に動ける人数は限られてくるだろう。我々が戦っていた時代の常識をアテにしないほうがいい』

「そんなものかね。――よし、斥候は撤退させろ。そいつらは全員、ドームの方につける」

『既に伝えている。遠方の人員には〈足〉をつけているから、配置には三十分とかからないだろう』

「三十分か。……まあ、間に合うだろう。今のところは歩兵と足並みをそろえてるみたいだ。ある程度まで近づいたら、おそらくは歩行戦車ヒトガタが先行するんだろうが……」

『奇襲でもかけさせるかい?』


〈宿木〉の提案にしばし黙考する。確かに選択としては無しではない。

 だが――


「……いや、やめておこう。迎撃の準備は万全だが、夜襲の用意はしてない」

 この四日間で整えてきたのは『迎撃』の準備だけだ。空いた時間で兵士たちに教え込んだのも敵を迎え撃つための動きで、夜襲を想定はしていない。

『彼らも光学迷彩布クロークを持っている。上手くいけば戦力をげるかもしれないが、それでも構わないのかい?』

「それで首領を殺せるならいいが、相手は歩行戦車ヒトガタに乗ってる。無理だろう。最悪、近づいた時点で気付かれて斥候が全滅ってことにもなりかねない。この映像が撮影できる距離でも発見されてないってことは、センサ類を正しく扱えるわけじゃないんだろうが……」

『彼らにリスクは負わせられないと?』

「そうは言ってない。ただ、割に合わない可能性が高いってだけだ」

『ずいぶんなお人好しだ』


 その評を無視して、話を進める。


「予定通りに行く。光学迷彩が本当に有効かは、一番に俺が試す。まずはそこからだ。もちろん予想外の事態は起きるだろうが、わざわざ呼び込むことでもない。……お前はどうする?」

『すまないが、私は廃ビルに退避させてもらうよ。戦力としては貢献できそうもないのでね』

「そうか。じゃあ俺とフェムに〈白炎ハクエン〉を一機ずつ。フェムは残りの二機も含めてドームに回す。現状、奴らはまだ〈里〉の中心地に気付いちゃいないはずだ。ドームを里の中心だと思わせることができれば、戦闘はずっとやりやすく――……なんだ、どうした?」


〈宿木〉が急に黙り込んだのに違和感を覚え、問いかける。


『てっきり、私が戦列に加わらないことを糾弾してくるかとね』

「言っても仕方ないってことがわかっただけだ。未だに納得はしてないが、理解はする。お前にとっちゃ、どうしても譲れない部分なんだろ?」

『……すまない』

「いちいち謝るな。……まあ、それに、住人だってその方が安心するだろ。ただし、廃ビルとドームの間には中継器を何基か仕込んでおけ。通信遅延ラグを軽減できるはずだ。せめて二機分の戦力として動いてもらうからな」

『すまな――いや、ここはありがとう、と言うべきだな』

「俺が先行する。手はず通りに事を進めてくれ」

『了解した』




  ●




 あかつきには近いながらも、夜が明けきらない時間帯。

 薄い暗闇のなか、白露しらつゆに湿る森へと分け入っていく。もっとも、神像の座に収まる自分は、朝の冷ややかな空気も、湿気を多分に含んだ草の匂いも感じはしない。

 自分の前後にはそれぞれ一体の神像が歩いている。それらを操るのは、いずれも自分と同じ帝国貴族。位は決して高くないが、神像を下賜される程度には名の知れた家だった。


『しかし、グラム様にも困ったものだ。たとえ斥候が潜んでいたとしても、所詮は人間。神像に敵う道理などありはしないというのに』

『いや、まったく。先の大戦で武勇を誇った猛将とは思えぬ慎重さですな』

「はは、言ってやるな。あの方は楽しんでおられるのだろう。人間が神像を動かせると知れて以後、まともないくさなどほとんど無いからな」

『ああ、そうかもしれんな』

『とはいえ、此度こたびの戦いも彼を満足させられるとは思えませんな』

『ふは、然り。せめて我々も退屈せぬよう、狩りの相手くらいはしてもらわねばな』


 戦の直前とは思えないほど朗らかな会話。

 自分でも不思議に思うほど緊張感が無かった。だが、無理もない。

 こちらは九体の神像からなる強力無比な征伐部隊だ。帝国全土が有する神像に比べればほんの少数ではあるが、この規模の戦力が国境を踏み越えるのは18年前――俗に言う〈ラミアスクの大戦〉以後、初となる。

 それほどの戦力を集結させておきながら、ちっぽけな集落を潰そうというのだ。国を取るのでもなく、王都を陥落せしめようとするのでもなく、ただの村をひとつ潰そうとしている。

 しかも自分たちの指揮を執っているグラムは、神聖教省の高官たるデナミラスから追加の神器エレガリアを下賜されている。


 負けるはずがない。


 敵方にも神像を操る人間がいるとは言うが、所詮しょせん見えたのは二機だ。確認できなかった戦力があったとしてもこちらの数には及ぶまい。

 今も『もし斥候が潜んでいたなら、捕らえて見せしめとせよ』との命令で三体ずつの隊に分かれている。それだけ戦力に余裕があるということだ。

 談笑しながら行軍を進める内に、夜が明ける。背後から昇った日の光が薄闇を払い、木々の輪郭を露わにしていく。


『おお、見ろ、太陽が昇りだしたぞ』


 最後列を歩く仲間が、振り返ってそんな声を上げる。

 つられて自分ともう一人も、後ろを向いた。


『ああ。不浄の輩を滅さんとする我らに、太陽神ソレリアの祝福あらんことを』

「なに、我らとて神像を操れるのだ。すでに十分なほど祝福されている。太陽神も、きっと我々に微笑んでくれることだろうさ」

『ははは、違いない』


 快活に笑って、彼はこちらへと向き直る。



 ――その背後へと現れた影に、気付かぬまま。



 逆光の中、怪しくゆらめく赤色の一つ目。

 断片的に垣間見える、灰白色の装甲板。


「なッ!? おいお前っ、後ろに……ッ!」


 それに気付いて声をかけた時には、もう遅かった。


『後ろ? なんだ、いった――』


 突如として出現したに対し、彼は剣を構えることすらできずに胸を貫かれた。

 彼の駆る神像の腕からは力が抜け落ち、そのまま地面へと崩れ落ちる。胸部――人が収まるべき座には大きく穴が空き、流れ出るのは薄赤色の粘液ばかりだ。

 声さえ発せずに絶命した仲間の姿を見て、胸の内に沸いた感情は、怒りではなかった。


『な、な……に、が、起きた。どうして、彼が、カルーストの神像が、倒れている……?』

「こいつ、一体どこから出てきたんだ……?」


 そこに生まれたのは、純粋なる恐怖。


 先ほど振り返った瞬間には、誰も――何もいなかった。文字通り一瞬で現れたようにしか見えなかった。

 確かに森の木々はよく育っているが、神像が隠れられるほどに成長した大木は無い。いくら自分たちの気が緩んでいたからといって、それくらいは警戒する。


 そこで、気付く。


 敵――灰白色の神像は、周囲の風景と同化していた。


「なんだ、あの姿は……!?」


 風に合わせて、身体の一部が見え隠れする。常に見えているのは頭部――赤く光る一つ目と、剣を持つ片腕のみだ。その様はまるで宙に浮いているかのようである。


 物言わず木陰に佇む姿は、さながら巨大なる幽鬼。


 半不可視の神像は次なる獲物を求めてこちらに飛びかかってくる。


「く、この――ッ」


 どうにか構えた剣は、しかし、腕の一振りで両断されてしまった。


「……っ!?」


 この剣は見たことがある。自分が付き従っている上位貴族――グラムが有する神器エレガリアだ。

 先の襲撃時に奪い取り、それを自分の武器として使っている。

 冷静に考えるだけの余裕があれば、そんな答えも浮かんだのだろう。

 しかし――混乱した頭が弾きだしたのは現実的な解ではなく、恐怖の果てに自分が想起したのは、伝承に現れる超常の存在であった。


 ――の者は、命を求めてやって来る。


 善良なる魂を、天へと導きに。

 悪辣なる魂を、地へと堕としに。


 天地の双界より命を負い遣わされし彼の者は、命を求めてやって来る。


 その身に纏うは、生者の目を惑わす魔法の布。

 冥府の主より賜りし、欺きの力を秘めた不可視の外套アドス・クネルン


 その手に持つは、命を刈り取る灼熱の鎌。

 太陽神ソレリアより賜りし、小さくも力強き金陽の欠片フラージュ・ソラドール


「あ、あり得ない。そんな、これでは、まるで、これは――」


 自らに向かって振り下ろされる短剣を直視しながら、その名を口にする。


「〈命を刈る者ゴラィム・リバル〉――ッ!?」




   ●




「――まさか、ここまで綺麗に侵攻ルートを当てるとはな。〈宿木〉の奴、戦術支援AIの名前は伊達じゃないってわけだ」


 鹵獲品の高周波ブレードで二機の〈蒼雷ソウライ〉を仕留めた直後。レイジは小さく感心の言葉を漏らした。


 正直、この奇襲は賭けではあった。


 察知される危険が高まるため、機体は下手に動かせない。文字通りの伏兵だ。敵軍が用いる経路の予測には、高い精度が求められる。

 予想通りのルートで敵が侵攻してきたとしても、熱源サーマル探知を行われてしまえばその時点でアウトだ。敵機と同化したフェムからの聞き取りで、その手のセンサが作動している可能性は低いと判明はしていた。だが、看破されるリスクはゼロではない。


 リターンは大きいが、成功率はそう高くない。


 しかし、自分は賭けに勝った。


 このために〈里〉中心部を隠していた光学迷彩布の大部分を消費してしまったが、それに見合うだけの戦果は得られたはずだ。


 だが――


「ちっ、やっぱりは別動隊か……」


 そこにいたのは総計で〈蒼雷ソウライ〉が三機のみ。黒色の機体は見あたらなかった。可能ならここで頭目を仕留めてしまいたかったが、そうそう都合良く事を運ばせてはくれないようだ。


『――イジ、敵は三部隊に……ているらしい。おおむね予――たルート通りだが……』


 遅れて〈宿木〉からの通信が入る。どうやら敵の頭目はドームへ向けて侵攻しているらしい。


「急いで向かう。俺も既に接敵済みだ。予想通り歩行戦車ヒトガタが先行してる。が、思ったより行軍が速い、気をつけろ」


 返答を発信。届いているかはわからないが、注意喚起はしておくに越したことはないだろう。


『う、うわぁぁぁぁぁぁッ!』


 ――と、そこで錯乱じみた声をあげながら最後の一機が突撃してきた。


 破れかぶれといった勢いで繰り出された突きが機体を捉えることはない。だが――逃げ遅れた光学迷彩布クロークの一部が斬り裂かれ、大部分が機能を失ってしまった。

 内心歯がみする。しかし、いずれにせよこんな手が使えるのは初撃だけだ。別働隊に対して再度奇襲を仕掛けるならともかく、こうして相対した時点で〈布〉の効力は薄れる。

 突き出された剣をブレードで両断し、同時に左腕の〈大蛇オロチ〉を起動。紫電と共にパイルが射出され、敵機の胴を穿つ。


 ――が、角度が悪い。装甲を貫くには至らず、敵機は後方へと大きく吹き飛んだ。


『ぐ、ウッ! 貴様、よくも、よくも二人を……!』

「前線に出張でばってきておいて、今更ごちゃごちゃと」


 起き上がろうとする相手の足を〈大蛇〉のワイヤーですくう。そのまま巻上機ウインチを起動。敵機を引きずる形でこちらに近づけていく。


『こ、の……! まだッ、まだだ! 二人の仇を討つまで、私は終わらな――』

「いいや。悪いが、ここで終わりだ」


 なおもわめき立てる敵に顔をしかめつつ、その胴部に深々とブレードを突き刺す。

 伝達系を破戒された敵機が人形のように脱力。

 その手に伝わる感触を遮断さえせず、少年は小さく息をついた。

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