29 されど武人は不敵に笑い


 三人の同胞が、瞬時に討たれた。

 受信した雑音混じりの悲鳴と消えた僚機の反応から、老齢の貴族はそう判断した。


『グラム様、これは……!』

「ああ。敵だな。どうも潜んでおったらしい」


 おそらくは神聖教省の長たるアポステルを屠った〈黒髪の魔術師ウィザード)〉だろう。

 こちらが把握していない戦力という可能性も考えたが――もし、彼の他にそれほどの手練れが居るならば、先日の戦闘で迎撃に来ないわけがない。

 奇襲そのものは想定の内だ。別働隊のうちどちらかは割合簡単に死ぬだろうと考えていた。


 予想外だったのは、最大の脅威たる魔術師ウィザードが敵本陣から離れたことだった。


 消えた味方の反応からしても、あの男が居る地点はここから少し遠い。そこまで一人で突出するとは思いもよらなかった。だからこそ一部隊が瞬時に壊滅させられた、とも言えるが。

 初戦で発見した巨大な半球をなす建築物――おそらくは敵の本拠。

 記憶が正しければ、今は自分たちの方が〈巣〉からは近い位置にいる。


 ならば――


「総員、速度を上げよ。方針を変える。斥候は見つけたとしても捨て置け」


 随伴する二人に告げる。途中で散開した仲間にも通信を用いて同様の指示を下した。


「――くぞ。一息にあの〈遺跡〉を叩く」



   ●



『――過日、我はこの地で獣とあいまみえた』


 声色で老齢とわかる男の言葉が、遠方より響き来る。

 集音マイクを使うまでもなく拾えるほどの大音量。外部スピーカーを通して、敵の首領は声を張り上げていた。


『街はおろか、村さえようさぬ深い森の中にあってまで〈なり損ない〉どもの巣を見つけたのだ。――さて。それは、何故か?』


 音源として佇むは、黒色の鎧を着込んだ巨人だ。彫金の施された胸部装甲が朝日に照らされ、磨き抜かれた黒檀のごときつやを放っていた。従者のように二機の僚機を控えさせ、堂々たる立ち姿を晒している。

 画像は少々粗いが、見紛うはずもない。〈スプリンター〉だ。


『問うまでもない。これが天啓であるからだ。我々が討つべき獣は、征伐すべき相手は、我らの往く先にいる。それら、忌むべき穢れの浄化こそが、我らの成すべき使命である』

「……もう始まったか、まずいな」


 ドームへ向けて移動しながら、レイジは独りごちる。


 いま受信しているのはドームの防衛についている機体が捉えた映像だ。敵部隊が座している地点は、防衛部隊から見て約三百メートルの距離が空いていた。

〈スプリンター〉と〈御劔ミツルギ〉からなる敵方の数は三。待ち構えるは三機の〈白炎ハクエン〉だ。


 同数ではあるが、なのはフェムが搭乗する一機のみ。

 彼女の機体は建材を用いた急造の簡易盾や鹵獲品の高周波ウィブロブレード・長剣などで武装させているものの、当然ながら同等の戦力とは言えなかった。


『――まずい、とか言ってる場合じゃねーのです。ささ、さっさと戻ってくるのです』


 フェムの声が聞こえてくる。緊張に震えているのが手に取るようにわかった。念話通信の帯域チャネルを開く。時間が無い今のような状況では、こちらの方が都合が良い。


《すぐに着く。……というか、だ。まさかお前、手動で機体を操作してるのか? 機体とは早めに同調シンクロしておけよ》

《へは? な、なに言ってるのか全然わかんねーのです。〈糸〉を引っ張ってからこっち、わたしはずっとご神体に入ったままなのです》

《念話すら震えるのか。何がどうなってるのかわからないな、その〈耳〉ってやつは》

《すぐそばに〈里〉の住人たちが控えているのです。ご神体同士が戦おうというのに! こ、ここ、声も震えるってものなのです……!》


 彼女が言うとおり、相手に本陣を誤認させるため歩兵の四割が防衛戦力として配置されている。しかし、彼らを対歩行戦車ヒトガタ用の戦力として数えるほど自分も愚かではない。


《大丈夫だ、すぐに下がらせる。そのドームを守っているように見せかけられればそれでいい》


 念話通信を終了する。そこで、映像の中に動きがあった。


『――我が名はグラム。グラム・ヴィエ・リアードフェルス。帝国の剣として、大帝の代行者として、今ここに貴様らのを宣言する!』


 背部から武器らしいモノを手に取り、グラムが朗々と言い放つ。


『音声認識、神器解放聖歌オラトリオの詠唱を開始!』

「早々に仕掛けてくるつもりか」


 その起動音声を聞くのはこれで三回目だ。嫌でもが使われると分かる。言葉が紡がれる間に、レイジは画像を推論解析処理へ通した。


『〈天を割り裂き、額に触れるは汝が眼差まなざし。銀と毒針二本にて、我らが捧ぐは始祖の心臓。此度こたび打ち鳴らす刃が、救世きゅうせい清火きよびたらんことを〉――〈石火の御手ティ・アルマ・アブセディス〉』


 数秒後、画像が鮮明化。現れたのは筒状の兵器――手持ち式の擲弾砲ランチャーだった。


「遠距離兵器? ――気をつけろ! 連中、何か撃ってくるぞ!」

『無論だ』『わ、わわ、わかっているのです』


 返答が聞こえる。しかし、初弾は既に発射されていた。砲口からは残炎が怪しくゆらめいている。


『――さあ、その力を見せるがいい』


 炎熱をまとった砲弾が〈白炎ハクエン〉へと迫る。〈宿木〉が駆る機体の動きは鈍く、回避の猶予は無かった。

 だが、たとえ直撃したとしても、投擲とうてき弾ごときでは前面装甲を貫徹かんてつできまい。装甲表層の経年劣化を加味しても、陸戦の覇者たる歩行戦車の防御はそうそう破れるものではない。

 機体は半身になり、肩部装甲での防御を試みる。着弾の衝撃で映像がブレた。


『やはり遠隔操作リモートでは反応が鈍いな。だが、今ので遅延の長さはわかった。次は回避できる』

「あぁくそッ、〈宿木〉! どうなった!?」

『ああ、特に問題は……うん?』


 いつもと変わらぬ平坦な声。それに併せて雑影ノイズが弱まる。


 しかし、そこには地面に落ちたの片腕が映っていた。


 根元からねじ切れた右腕だ。肩部装甲からは金属蒸気が立ちのぼり、損傷部は既に原型をとどめていなかった。


『ほう、これはまた厄介な物を持ち出してくる』


 その燃え方、否――溶け方は見たことがある。


酸化還元焼夷サーマイトだん……!」

『ああ、同意する。帝国にアルミニウムを精錬するだけの技術があったとは』

「感心してる場合じゃないぞ! 次が来る! 歩兵は一旦下がらせろ!」


 鋭く忠告を飛ばす。――だが、遅きに失した。すぐさま次弾じだんが飛来する。

 標的とされた〈白炎〉はそれを横っ飛びに回避。

 砲弾はドームの外壁に命中し、爆音を上げて炸裂する。


『……しまった』


〈宿木〉が苦々しげにこぼす。その下には、まだ退避しきれていない歩兵が残っていた。


「おい、退避を――」


 赤く、白く、目に痛いほどの輝きを伴って、摂氏三千度超の高熱がまき散らされる。



 灼熱の粉塵が、歩兵たちに降り注いだ。



 叫びは一瞬。

 肺が空気を求めるも、そこにあるのは炎熱ばかり。

 声を上げることさえできず、もがく間もなく肉が焼け、骨が焦げる。

 末端に火の粉を浴びた兵士でさえもが苦痛に叫び、場は恐怖と混乱に支配された。


『消せ! すぐに水をかけるんだ!』

『消えない! 消えないぞ!? ちくしょう、イルエート、しっかり――』

『火の粉がまとわりついてる! そいつを払え! 早く払ってやれ!』

「よせ! それに触れちゃ――」

『待て、そのままでは――』


 思わず叫ぶ。だが、その忠告は彼らに届かない。〈宿木ヤドリギ〉の制止も一拍遅れた。


『ぎッ……! あちい、とっ、取れねえ!? こいつ、ただの火じゃない……!』

『嘘だ、おい、嘘だろ。俺が、俺たちが、里を守らにゃあならんのに……!』


 そうしている間にも焼夷弾が次々と飛来する。回避されたことで目的を変えたのか、今度はろくに狙いが付いていない。

 ドームの壁や周辺の樹木が次々と発火し始める。歩兵達の間で混乱が加速し、統制など取る余裕も無かった。


『ふん。これが最後か。たしかに有用だが、神の武器を名乗るには不足だな』


 グラムがつぶやき、擲弾砲ランチヤーが火を噴く。

 陽炎の軌跡を伴って、熱弾が発射される。その先には二十名超の歩兵が固まっていた。


『こっちに来るぞぉぉぉ!』

『ひっ、誰か――』



『――させ、ない、のですッ!』


 割り入った影によって、その砲弾が弾き逸らされた。

 炎熱が弾け、防御に用いられた簡易盾が溶け落ちる。主要素材はドームの天板だ。複合装甲をも溶かすほどの高熱に耐えられるはずもない。

 だが、これで住人が守られた。それだけでも持たせた意味はある。


『フェム、か……?』


 守った歩兵が呆然と機体を見上げている。フェムが彼へと頭部を向けた。


『あ、あわ――ッ、慌てている場合ではっ! ない、のです! はやく中に!』

『そうだ。皆、すぐに中へ入れ! そのままドームを抜けて後退するんだ!』


 重ねて〈宿木〉の指示が飛ぶ。それでようやく平静を取り戻した兵士達が避難を開始した。


「――フェム! 火が燃え広がる前に里に! 間にある木を片っ端から切り倒せ! 延焼を食い止めるんだ! そこは俺たちがなんとかする!」

『わ、わかったのです!』


 フェムは背の長剣を手に取り、樹木をなぎ倒しながら〈里〉の中心部へと向かう。それを見たグラムが怪訝そうな声を上げた。


『ほう、逃げるか? それも良かろう。――貴公らはアレを追え。本陣は我々に任せるがいい』

『承知』

『はっ』


 グラムの両翼に控えていた二機の〈御劔ミツルギ〉が、フェムを追う形で動き出した。


『なんと、すでに始めておりましたか。……ほう、さすがは神器エレガリア、よく燃えている』


 そこに残る三機の〈蒼雷〉が集結。グラムはこともなげに答えた。


『期待したほどではなかった。あの遺跡を燃やしつくせるわけでもない。もう弾も尽きた。神像を倒すためではなく、町を焼くための神器だな、これは』

『ふむ。……して、敵は?』

『一体は逃げた。追わせている。もう一体も歩兵と共に中へ隠れた。――とすれば、片腕の一体は殿しんがりか』

『逃げた? 臆病者め。堂々と戦えんのか』

『そう怒るもんじゃない、あの中で獣どもは恐怖に震えてることだろうさ』

『あまり油断してかかると死ぬぞ。なんせ、すでに三人やられている』


 その会話を切り上げるように、グラムが割って入る。


『その通りだ。それに、三機で全てではない。間を開けずに〈黒髪の魔術師ウィザード〉が来るだろう』

『――では、それまでに』

『うむ。ここを片付ける。動くモノはすべて殺せ』


 大剣を構えた四体の巨人が、獲物を求めて動き出した。



   ●



 歩兵の避難は完了した。彼らには、裏口に控えている〈リトルドギー〉を足として、最終防衛ラインであるビルへと動かすよう指示を下した。


『イルエート、クライファ、ガクィ……すまない。敵がそこを本陣と信じてくれたのは僥倖だが、被害が出てしまっては』

「……〈宿木〉」

『いや、わかっている。わかっているとも、レイジ。これ以上やらせはしないさ。不思議なものだ。悔やむということさえ、かつては無かったというのに』

「あと90秒で着く。なんとか持ちこたえろ」

『了解した。……しかし、白兵戦は厳しいかもしれない。せめて銃器のひとつでも有れば良かったんだが』


 手負いの一機は正面出入り口に控え、敵の突入を待ち構えていた。

 壁ごしに頭部を露出させ、相手の様子をうかがう。


『〈なんじが指先は、我が罪をそそぐ杭にして、咎人を貫くやいばたらん。汝が威光を、ここに示したまえ〉――〈金陽の欠片フラージユ・ソラドール〉』


 その直後、淡々としたグラムの声が響いた。


 忠告を投げる暇も無く、通信映像が暗転する。


「……ブレードか」

『ああ、迂闊だった。そう来るとは。近接戦用としか規定していなかった』


 映像が途絶える直前、わずかに見えた。

 こちらの機体が盾としていた壁を、高周波ブレードが突き破っていた。おそらくは壁ごと搭乗席コクピットを貫かれたのだろう。

 敵機とは多少なりとも距離があった。ブレードを投擲とうてきしたと見てまず間違いない。


「あの距離で、しかも壁越しに投げナイフを当ててくるか。まさか曲芸にも通じてるとはな」


 軽口じみた言葉を漏らしながらも、レイジは全速で移動を続ける。はやる気持ちが皮質回路デカールに押さえつけられる。それを歯がゆく思う時間さえ、今は惜しかった。


「出し惜しむな。何を使ってでも足止めしてくれ。頼んだぞ、〈宿木〉」

『ああ、わかっているとも』



   ●



『わざわざ剣を打ち合う必要などあるまい。これでしまいだ。……往くぞ』


 入り口の壁に手をかけ、グラムは後続の味方へと声をかけた。

 傍らには灰白色の神像が伏している。刺さる角度が悪かったのか、神器は持ち手が破損してしまっていた。


『切れ味は珠玉の出来だが、死神の鎌を名乗るのは少しばかり大言が過ぎるな』


 言いつつ、周囲に目を向ける。


 残る一体は迎撃に出て来ない。どこかで待ち構えてはいるのだろうが――先ほどの戦いを顧みるに、さほどの脅威とは思えなかった。


『さて、どう攻めたものか』


 独りごちる。神像が通れそうな幅の通路は左右に分かれていた。察するに周縁を這っているのか。回廊じみた作りだ。


『――いや。愚問であったな。我が往くべき道は、もとよりだ』


 短剣型の神器を構える。先の詠唱で二本とも起動済みだ。追加の聖歌を唱える必要は無い。

 一瞬のうちに二閃――いや、三閃。

 もろくなった壁を蹴りつけながら、老齢の貴族は声を張り上げる。


『さあ、我に続け! ――駆除の時間だ!』


 壁を蹴破ったグラムは、味方と共になだれ込んだ。


 もうもうと立ちこめる埃が視界を遮る。

 だが、奇襲の可能性は既に織り込み済みだ。どこから斬りかかってこようと、グラムには対応できる自信があった。

 しかし、いつまで警戒を続けても一向に襲いかかってくる様子が無い。それどころか、悲鳴すら聞こえてこなかった。

 ――妙だ。

 その疑念は、数秒後に確信へと変わった。


 埃が晴れる。

 視界が開ける。


『……なんだ? 何故――』

『どういう、ことだ?』


 味方がどよめく。無理もない。


 ――そこには、一人として人間のいない空間が広がっていたのだから。


『――くはっ、成る程。


 愉しげに漏らした直後、直上の天板が轟音と共に崩落した。

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