24 童女は稀人を仰ぎ見て

「……フィニスッ!」


 自分の叫び声で、目を覚ました。

 何故その名を呼んだのかはわからない。


 どうも記憶がはっきりとしない。


 自分が寝ているのは、葉を編んで作ったベッド。客人用として使われている家屋の一室だ。今は二人の来訪者に使わせている場所。


「――っ」


 額の内側を鈍い痛みが這い、思わず顔をしかめる。

 頭だけではなく、身体の節々も痛む。内出血を含め、随所に傷を負っているようだった。

 痛みに何拍か遅れて、記憶が戻る。

 自分と、仲間達の身に何が起きたのか。

 幾度かは巨人の自由を奪い、逃げ続けていたが――とうとう自分は倒れてしまったのだ。


「あのご神体は。いや、それより、みんなは……?」


 悩んでいるうちに部屋の外が騒がしくなる。

 慌ただしく扉が開き、入ってきたのは半獣人デミスロウプの少女だ。


「っ、レイジ! フェムが!」

「――どうした!?」


 遅れて痩身の少年、レイジが入ってくる。


「フィニス、フィニスは。リギィやルゥは……!?」


 慌てた様子で近寄ってくる半獣人デミスロウプの少女――スライアに問う。


「落ち着いて。みんな無事よ。熱は……もう引いたみたいね。よかった」


 彼女はこちらの額に手をあてて、そうつぶやいた。



 その瞬間、光の糸が視界を埋め尽くした。



「ひっ、い? ……え? あ、こ、これ……。なに、なんなのです……!?」


 スライアの手首に着けられた腕輪から伸びているものだ。


「ど、どうしたの?」


 彼女が驚いて手を避ける。

 腕を追うようにして糸が離れ、視界がひらける。

 ――そこで気付いた。


 見えるようになっていたのは、糸だけではなかった。人や物を収めるような形で、空中に枠線が浮かび上がっている。その周囲には別な形の光も見えるようになっていた。

 糸よりは整然とした並び方で、読めはしないが文字のようにも見える。

 視界に大量の光がちらついていた。自分が急に違う世界へ入り込んでしまったような気がして、手を伸ばして振り払おうとする。


 しかし、光糸こうしや文字は手をすり抜け、ふわふわと漂うばかりだ。


「こ、の、このっ……!」


 なおも手を振り回す。それでも結果は変わらない。そうしていると、伸ばした腕が横から掴まれた。


「ひ」

「落ち着け」


 そう言ったのは、傍らの椅子に腰掛けた少年――レイジだ。

 その額からもまた、光の糸が伸びていた。スライアの腕輪や友人達から伸びていたものよりも本数が多く、数倍はある。


「え? あわ、こ、これ……!?」

「ゆっくりでいい。落ち着いて、正確に教えろ。……何が見えてる?」


 言い含めるような口調の問いかけに、混乱がわずかに収まった。

 しかし、これはどう表したものだろう。


「……光の、たばなのです。おねえちゃん――スライアの腕輪や、その……レイジの額からいっぱい伸びてるのです。それとは別に、文字みたいなものも」

「……なるほどな」


 少し考え込むようなそぶりを見せてから、先端が光っている小さな棒きれを取り出し、こちらに向ける。

 視界が白に染まる。しばらく瞳をのぞき込んでいるようだったが、彼は棒きれをしまい込むと首を振った。


「わかっちゃいたが、特に外装が生成されてるわけじゃないな。完全な内部処理の産物か。歩行戦車ヒトガタから何かのドライバでも引っこ抜いたか? 電子戦の報復作用ストライク・バックにしちゃ随分とだ。いや、そもそも軍の兵器に侵入できる時点でおかしいんだが」

『個人が着装できる等級の拡張臓器サイバーウェアでは、歩行戦車の中枢系とは性能差がありすぎるかと。一般人なら、介入を拒否された時点で多大なダメージを負うはずです』


 何事か話し込んでいる。彼が話しかけている黒色の球からも、光の糸は伸びていた。


暗号防壁ウォールが堅いんだろう。そうでなけりゃ今頃は廃人だ」

『疑問、彼女の生体反応に大きな異常は見られません。堅い、というにも程度があるかと』

「前例に乏しい以上、詳しいところは調べようがない。なんせ文字通りの生体機械だ」

『理論上の性能スペックは〈宿木〉から受け取っていたはずでは?』

「アレはあくまで構造ハードについてだ。ソフトは完全なブラックボックスだよ。……ただ、防衛の機構が発達しててもおかしくはない。セキュリティの精度はこいつらにとっちゃ死活問題だ」

 少年が、再びこちらの首元へと視線を落とす。

「この〈耳〉だが、どうも延髄えんずい――神経核にまでを張ってるらしい。一般的な皮質回路デカールの定着範囲は小脳までだが……設計デザインに難があったんだろうな」

『敵性の侵入を仕掛けられた場合、死に直結すると?』

「下手を打てば死ぬのは俺も同じだ。だが、耳長エルフはその危険性が格段に高い。それが厄介だ。だからこそ、俺が感覚共有サイネサスをやったときに強制的な同化が始まったんだろう。あれが無意識的な防衛手段だとすれば納得がいく」


 何を言っているのかはまるでわからないが、自分について話しているらしいことはわかった。


「ただ――いくら高性能だろうと、単体で歩行戦車ヒトガタに電子戦を仕掛けたんだ。フェムが倒れたのは報復作用のせいもあるが、過剰稼働オーバードライブの影響も無視はできない」


 彼はそこで、わずかに口端を下げた。


「あの場にもう少し早く着けてれば、ここまで酷使させることも無かったんだが……」

『短縮できたとしても数秒のことでしょう。貴方が気に病むことではないかと』

「AIに慰められるってのも妙な話だ」


 自嘲じみた笑いをこぼし、彼はまっすぐ自分と目を合わせた。


「……フェム」

「へは、ひ、ひゃい……?」


 不意に見せた真剣な表情に、返事とも呼べないような声が出る。


「お前が見た歩行戦車ヒトガタ、いや、ご神体と呼ぶべきか? 俺はアイツらを倒しきることができなかった。連中は近日中に再度の襲撃を仕掛けてくるだろう。それも、戦力を補給してだ」

「……それ、って」

「里の奴らは戦うことを選ぶだろう。昨日の会合を経た限りでは、まず間違いない」

「でも、それは、そんなことをしたら――」

「犠牲が出るだろうな。〈宿木〉が用意した装備で戦力の底上げはできるだろうが、歩兵で歩行戦車に勝てるわけはない」


 思わず黙り込む。彼は構わず続けた。


「お前の拡張臓器サイバーウェア――その〈耳〉は、規格外だ。文字通り規格スケールが違う。明らかに個人着装可能な範囲を超えてる。性能だけを見た場合、おそらくは俺の皮質回路デカールよりも上だ」


 少年はそこで口を閉ざす。その目は、どこかためらっている風でもあった。


「……現状のお前はそれに振り回されてるが、そいつを正しく扱えたなら、この里を救う力になるかもしれない」

「……レイジ、それは」


 スライアが声をかける。少女の方を見て、レイジは静かに答えた。


「増援が期待できない今、フェムは大きな戦力になりうる。この場を切り抜けるためには、その手を血で濡らす必要があるかもしれない。……俺は、そこをごまかすべきじゃないと思う」


 こちらに向き直り、少年はまた話し出す。


「もしかしたら、人を殺すことになるかもしれない。誰かを守るために、誰かを殺す。この間までその覚悟すら無かった俺が訊くのも滑稽こっけいな話だが――お前は、人を殺せるか?」

「守る、ため?」

「ああ。ただ、誰かを守るためと言えば聞こえは良いが、結局のところは自分のためだ。自分のために他人の命を奪う。その覚悟をお前は持てるか?」

「……」

「お前が俺を嫌っているのは、なんとなくだがわかる。――けど、もしお前が里の連中を守りたいと思うなら、その力を貸してくれ」


 言葉の意味を、必死に咀嚼する。


 彼から教示を受けるのが嫌だったのは、事実だ。


 得体の知れない部外者。単なる真人ヒュマネスに過ぎないかと思えば、耳長エルフと同等以上の力を見せる。声を飛ばすだけでなく猟犬をも操り、ご神体を用いて戦いさえした。

 もし、外の世界に、彼のような人間が他にもいるのだとしたら。

 自分が生まれた理由は、主様やジルコから聞かされた、自分が今ここに居る意味は。一体なんだというのか。

 自分の存在を脅かされるという恐怖。

 彼に必要以上の反発を見せたのは、根底にそんな考えがあったからだ。

 だが――その男が、この〈耳〉に宿る力は自分よりも上だと言った。その上で、里の人々を救える可能性が、自分にはあるのだと訴えた。


 里の人々には、まだ自分を警戒している者も多い。あからさまな侮蔑の視線を投げてくる者、意図的に自分を避けようとする者。きっと彼らの態度はこれからも変わらないだろう。


 それでも――自分を受け入れてくれる者や、大切な友人達を守れるというのなら。

 かつて助けて欲しいと願った時、手を差し伸べてくれた彼女らを、今度は自分が助けられるというのなら。


「……やる、のです。殺すの殺さないのと言われても、実感は持てませんが。でも、それでも、わたしは――」


 言葉に詰まる。うまく自分の意思を伝えることができない。

 素直にみんなを助けたい、などと言えはしない。彼らが自分を蔑んでいるのは事実だ。だが、自分を受け入れてくれた友人達を助けられるのなら、全てをなげうっても構わない。

 どれほど言葉を尽くしても、胸中に渦巻く思いを表すには足らないだろう。

 声が途切れる。今の二言三言ふたことみことで何を伝えられたというわけでもない。

 しかし、目の前の少年はかすかに笑んで、ゆっくりとうなずいた。


「……お前、本当に扱いが苦手らしいな。全部たぞ」


 彼は立ち上がり、こちらに向かって手を伸べる。


「いいだろう。徹底的に、それの扱い方を仕込む」


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