11 原始より普遍なるもの

 草木の生い茂る森を、ジルコをはじめとした耳長達は足も止めずに進んでいく。迷うそぶりは無く、先ほどから一言も声を交わしていない。

 いや、おそらく『会話』はなされているのだろう。こちらが受信できない帯域チャネルで意思疎通は行われているはずだ。


 ここまで二十分は歩いているが、未だに〈里〉らしいモノは見えない。


 本当に自分たちをそこまで連れて行くつもりはあるのだろうか。

 考えるだけ無駄だと思い直す。現状、あまりにも判断材料が乏しすぎた。

 殺すつもりなら先ほどの戦闘を止める理由は無い。しかし、どこまで信じて良いのかは迷いどころだった。


「……なあ、ジルコ」


 ならば、情報は引き出しておくに越したことは無い。


「なんでしょう?」

「里ってのは結構遠いのか? どれくらいかかるものなんだ」

「どれくらい……? ……ああ、そうか、そうでした。忘れておりました」


 ジルコは頭をかく。どうも言い忘れが多い性分らしい。


「我々は既に里へ入っていますよ。ここが里です」


《皆さん、危険はありませんでした。……客人です。出ておいでなさい》


 問いを重ねる間もなく、ジルコが念話通信で呼びかける。


 数秒の間を置いて、風景の一部が


 ひとつ、ふたつと小さな『揺れ』は数を増やしていく。

 それらは主に巨木の上、幹の分け目に集中していた。

 その後、次々にドアや窓が現れる。

 そこから顔を覗かせるのは、ジルコやフェムのような耳の長い人々だ。


(こんなところにまで光学迷彩か。本当に気付かないもんだな)


 その光景を呆然と見上げるスライアを横目に、レイジも内心舌を巻いていた。


「客人を招き入れるのはまれですが、改めて、歓迎いたします」


 ジルコはこちらへ向き直り、両腕を横に広げてみせた。


「我らが隠れ里――〈スウテフィーク〉へようこそ。レイジ、スライア」




   ●




 遠巻きにこちらを眺める住人達に二人を紹介した後、ジルコは再び動き出した。里に戻ったからか、フェム以外は各々違う方向へと散っていく。


「あの人達、なんだか変な表情だったわね。怯えているような、珍しいモノを見たような……そんな顔に見えたわ」

「我々は基本的に、人々の前に身をさらすことを良しとしません」


 スライアの言葉に、ジルコが反応した。


「万一、旅人が迷い込んだとしても姿を現すことはありません。我々耳長エルフの存在や里の所在を知るのは取引を行っているサンキルレシアの王と、一握りの商隊のみです。どう反応するべきか、迷っているのでしょう」

「なら、俺たちがここまで特別扱いされる謂われは無いはずだ。フェムのことがあるにせよ、どうして里まで連れてきたんだ?」

あるじが、そう望まれたからです」


 質問に、ジルコはこともなげに返す。

 それに問いを重ねたのはスライアだ。


「それ、さっきも言ってたけれど、首長とは別なの? あなたよりも偉いってこと?」

「ええ。私は首長であり、同時に預言者です。主の導きを里の者たちに伝え、時として、主の手足として働く。そういった意味では、実質的な長は私ではありません」

《ほんと、わけわかんねーのです。どうして主様はこんな野蛮な連中と会いたがるのでしょうか。まったく理解に苦しむのです。私がジルコならさっさと放り出して――》

「フェム、聞こえていますよ」

「あぁッ!? またやっちまったのです!?」


 フェムは固く目をつむり、念話通信を遮断する。ジルコはそれを呆れたように見ていた。


「もう少し、扱いを練習なさい。いくら力があろうと、抑えられなければ意味が無い」

「わかってるのです……」


 ふてくされたように答えるフェム。

 ジルコは気を取り直すようにこちらを見て、進行方向を指さす。


「――さあ、着きました」


 彼が示したのは、先ほど崖を落ちる際に見えたドームだ。元は運動競技場らしい。

 これほど大きな建造物はさすがに隠しきれないのか、木々に埋もれるままとなっているが――一部が苔むし、あるいは錆びている様は不思議と森に調和していた。


「中で主がお待ちです。参りましょう」


 ジルコがそう言った直後――


「止まれ」


 そんな声が聞こえ、眼前の空間が揺れる。

 ばさり、という音と共に、男が一人現れていた。

 先ほどのジルコ達と同様、光学迷彩を纏っていたのだろう。彼は無骨な槍を手に、鋭い目でこちらを見据えていた。


「なんですか、テイラッド」

「なぜ異邦の者を招き入れる!? 滞在だけならともかく、この先は――」


 言いかけて、止まる。

 数瞬の静止を経た後、顔から感情を消した彼は、槍を下ろした。そのまま身を引いて道を空ける。


「――いや、なんでもない。。通るがいい」

「守護の任、ご苦労様です。引き続きはげんでください」

「ああ」


 会釈をしつつジルコはその横を通り過ぎ、こちらに向かって手招きをした。

 それに応じる形で足を進める。

 横からスライアが小さく問うてきた。


「あの人、大丈夫かしら……?」

「心配するな。今のはたぶん、念話通信――いや、説明が難しいな。さっき俺とフェムが声を出さずに話ができるって言っただろ。それと同じように誰かと話をしたんだろう。情報処理の速度にもよるが、今の数秒でかなり長い会話ができてるはずだ」

「ちょ、ちょっと待って。じゃあ何!? あの人も魔術師ウィザードってこと?」

「どこからどこまでが魔術師ウィザードになのかは分からないが、まあ、そうなるな」

「それ、本気で言ってるわけ? 帝都じゃあるまいし、普通はそうそう何人もいるモノじゃないのよ?」

「というか、そういう意味じゃ、この里にいる連中はみんな魔術師ウィザードだよ。ジルコだってそうだ」


 言いつつ、レイジは自身の額を指さした。


「俺の拡張臓器サイバーウェア――頭に埋まってる、魔法を使うための〈遺産〉とでも言えば良いか。それに近いモノを連中も使ってるらしい」

「そんな馬鹿な……いえ、でも、あんな術を見せられた後じゃ、納得するしかないわね」


 術、とは光学迷彩のことか。

 おそらくは自分が眠っている間に完成したのだろう。ただでさえ高度な技術だというのに、この時代にありながらそれを操っている彼らは、言ってしまえば異常な存在だ。

〈遺産〉の扱いにけている、というだけでは説明が付かない。そんな気がする。

 ドームへと足を踏み入れながら、これから会う相手へと思考を巡らせる。

 集団への発言権を有しているジルコでさえ、里の頂点に立っているわけではないという。

 ならば――これから会うことになる『主』とやらは、一体どのような人物なのか。

 神のつかい、とジルコは言っていた。その言葉からはどうしてもアポステルを連想してしまう。

 彼が自分たちの駐在していた遺跡に襲撃をかけたのは、今から十日ほど前の話になる。

 思わず、自身の右手を見つめる。

 思い起こされるのは、先日の戦闘だ。


(あのとき、俺は――)

「……レイジ? 大丈夫?」


 スライアに声をかけられて、我に返った。


「すごい顔してたけど、どこか悪いの?」

「問題ない。ちょっと考えごとをしてただけだ」


 思考が妙な方向へ進んでしまった。今は余計なことを考えている時ではない。

 相手の思惑は掴めないが、敵対する可能性もある。

 メルのエネルギー残量を確認する。それなりの警戒はしておかなければなるまい。


「この先です」


 ジルコが示したのは、ドームの中央区画――競技場の空間へ続く扉だ。そこにも衛兵とおぼしき二人の男が立っており、いずれも槍を手にしていた。


「こちらが招き入れた形ですから、問題は無いと思いますが……くれぐれも、粗相無きよう」


 そう念を押して、ジルコは扉を押し開く。


 ドーム内の容積に対して、その区画はやや手狭だった。

 いたるところに機械類が積み上げられているせいだ。大型の工業機械や、ジャンクパーツが山と積まれている。


「……ここにアンタ達のあるじ様が?」


 ジルコは無言でうなずく。そのまま手で先を行くよう促した。

 指示されるままに機械類の山を分け入っていく。幸いにして、人間用の通路分くらいは空間が確保されていた。


 しばらく進むと、一気に開けた空間へ出た。


 ――そこに鎮座していたのは、五機の歩行戦車である。


 それらはいずれも同型だ。

 瓦橋かわらばし重工製・第三期量産試作型しさくがた・陸戦局地歩行戦闘車、通称〈白炎ハクエン

 全高五・二メートル、全幅二・七メートル、乾燥重量七・三トン。

 かつて〈御劔ミツルギ〉と制式採用を争った機体だが、同社開発の〈蒼雷ソウライ〉に比して機影が大柄なことや生産コストの高額さを理由に競争コンペに敗れ、小数の生産に留まった型だ。


「これ……神像?」


 スライアのつぶやきに、背後のジルコが口を開く。


「我々の御神体ごしんたいです。……帝国などでは、神像と呼んでいるようですが」

「……ここにも歩行戦車ヒトガタか。神体だの神像だのと、随分と厚遇されてるらしいな」

『やはり〈遺産〉の中でも「ヒトの形」という特徴は共感を呼びやすいのではないでしょうか。においても人間の似姿にすがたとしての神は多く見られます。ならば、別段不自然なことでもないでしょう』

「生憎と宗教学は専門外だ。それに――何がどうねじ曲がったとしても、人殺しの道具には変わりない」


『――まったくもってその通り。私も君と同意見だ』


 その声は、メルが発したモノでは無かった。


 会話に割り入られたことに驚き、振り返る。発話者の姿は見当たらない。

 気付けば、ジルコやフェムが地面に膝をついていた。まるで王にかしずく忠信のようである。


『思うに、君は軍属かな? 私の言う意味を正しく解しているだろうか。――つまり、の兵器と認識していることから、問いかけているのだが』


 声の主は構わず話を続ける。戸惑いながらも二人がひざまずいた先に目をやる。

 そこで、気づく。


 発生源は前方――歩行戦車たる〈白炎ハクエン〉だ。


 五機並んでいるうち、中央の一機が音声を発していた。

 いや、それどころか、まるで挨拶でもするかのように片手を軽く上げていた。


「……どういう、ことだ。誰か乗ってるっていうのか。神像――歩行戦車ヒトガタの起動法は、帝国でしか解明されてないんじゃなかったのか」


 隣のスライアも同感らしく、唖然と口を開けたまま〈白炎〉を見上げている。


『おや? 自己紹介がまだだったかな。失敬、前提知識を共有できる相手が久々だったものでね。改めて名乗らせてもらうとしよう』


 頭をかくような動きをしてから、〈白炎〉はこちらをまっすぐに見下ろす。


『日本国軍・第三期搭載型・戦術支援AI〈宿木ヤドリギ〉。に関する自己紹介として、私はこれ以上に適切な情報を持たないな』


 まるで今日の天気について話すかのような気軽さで〈彼〉はそう言った。


『IDから情報は読み取れるが、流石に無礼というものだろうね。一応、礼儀として尋ねておこう。……君の名前は?』


 そう訊いてくる相手を見返しながら、レイジはしばらく答えを返すことができなかった。


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