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好きな人教えてよ。
別にいいけど,お前から言えよ。
え,あたしはいないから。
なんだオレもいないんだよ。
こんな会話を中学生になって2か月くらいでなんども聞いた。ホントくだらない。
とりあえず好きという言葉の意味を教えてほしい。もし説明できないようならば,好きという言葉を使わないでほしい。
「別にそこはいいんじゃない。あなただって使ってる言葉をすべて説明できないでしょ」
「確かにそうだけど」
「それにあなただって,好きっていう言葉の意味が分からないのに翔太くんが好きというのを否定したじゃない」
またその話か。さっきから私が翔太くんのことを好きとか好きじゃないとかそんな話ばかりしている。
私が話をそらそうとしても彼女が強引に話を戻す。私はその度に翔太くんのことが好きであることを否定した。
雨はいつのまにか小降りになっている。何本もの細い水の線が視界に写る。それらが車のボンネットにぶつかり線から点になり,たくさんの水の点が合わさり固まりになる。
私も雨になりたいな,と呟いた。
それを聞いた隣の女の子はふん,と鼻をならした。
「あなたが何になろうとわたしにはどうしようもないけど,液体はやめてちょうだい」
口調だけなら真面目だが,表情は目細めて笑っている。おどける彼女もかわいいし,なんだかその仕草や表情も似合ってるというより,様になっている。
感情を表に出さないというか,出せない私にはうらやましい行為だ。
「ねえ,逆になんで翔太くんを好きじゃないと言い切れるの」
なんでだろ。考えたことない。
私の家の近所のコンビニの駐車場を横切る。ここまで来れば家まであと10分もかからない。
家に着けばこのくだらない質問攻めも終わる。
「ねえ,ならわたしがあなたが翔太くんのことを好きだと思う理由を教えてあげようか」
やめてもらいたい。
「授業中に何回も翔太くんのことを見てるし,今日だってサッカー部が学校に入るときもずっと翔太くんから目をはなさなかったし,それを見て帰るのをやめて翔太くんを待ってたじゃない。それにすれ違うときいつも心臓バクバクしてんじゃない」
やめてもらいたい。本当に。
「他の男子のことはじっと見ていないし,心臓だってバクバクしない。そんなのは翔太くんだけ。翔太くんだけ特別」
やめてもらいたい。なんでも言うこと聞くから。
「その特別ってのがさ―好きというやつじゃないの」
なんでこの子はそんな風に言えるのだろう。
素直に。
真直ぐに。
同じ女の子なのに。
そのはつらつとした声も。
かわいい仕草も。
私がうらやましいと思うモノを持っている。
私が住んでいる二階建ての家の前に着いた。私の部屋は二階にある。そこなら1人になれる。
雨で冷えた玄関のドアノブに手をかける。
「待ってよ」
「何」
後ろから呼び止められたが,できるだけ冷たく言い放った。
体ごと振り向くと私とまったく同じ顔の女の子がこちらに微笑みながら口を開いた。
「またわたしの話を聞いてね」
私は静かに回れ右をして,ドアを開ける。
じゃあね。ただいま。
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