第13話

 霧の立ち込める山奥に玄都はあった。外部に気づかれずに、こんな豊かな町が存在しえるのかという不思議な町だった。

 玄都は、帝都より食べ物の美味しい町だった。不思議なところだ。仙人たちの隠れ里なのだろう。

 天界への行き方を聞くと、飛遁で真上に飛べばいいのだという。それで、二人とも、飛遁という術を修行して習得して、天界へ登って行った。

 飛遁の習得には一か月くらいかかった。


 天界は、須弥山の上層部のように豊かなところだった。世界中の富を集めたような豪華な場所だった。

 二人は、真っ直ぐ歩いて行って、天宮に入った。

 天人天女が二人を迎えた。

 星々を観測する天文台がたくさんあった。

 天帝は、白い着物を着た男の老人だった。

「天帝よ、なぜ、南の国を操り人々を苦しめるのか。内乱が続発したのは、あなたが裏で手を引いているのだろう」

 弐卦がさっそくつっかかった。

 天帝は、世界の支配者と本物の皇帝が来たと知って、喜んで二人に答えた。

「そうじゃ。内乱を裏で操っているのはわしの仕業だ。それより、帝釈天は死ぬ時、なんといっておった。それが聞きたくてしかたないわ」

「帝釈天は、金も女もくれてやる。それで世界を救ってみせろ、といっていた。だから、ぼくは世界を旅している」

「ほう。世界を救うとな。おかしなものじゃな。所詮、現地人にすぎない渡航禁止者であるお主たちが世界を救うだのなんだの、おかしな話だわな」

 天帝はからからと笑った。

「帝釈天はいっていた。あなたたちはこの惑星に植民してきた不老長寿の第一世代なのだと。あなたたちはいつか地球へ帰ることを夢見て、星を見ているのでしょう」

「帝釈天が何をいったか知らんが、地球へ帰ろうと思えば、いつでも帰れるんじゃよ。帝釈天は嘘をついたのだろう。地球への星図は失われておらん。わしら、第一世代植民者に限っていえば、地球文明圏との恒星間交流は行われておる。地球への恒星間航路は開いたままだ」

「えっ」

 弐卦は驚いた。

「だからな、わしらにとっては、地球との連絡をとり、地球文明圏の優れた文化を持ち込み遊ぶことは無類の楽しみなのだ。まあ、こうして、ひとつの惑星を支配する体制を作り上げ、培養したヒトどもをもてあそぶのも楽しいのだがな。まあ、毎日、退屈はしないわい」

「ぼくたちは、地球へ行くことはできないのですか」

「無理じゃ。恒星間宇宙船には、第一世代しか搭乗できないように鍵がかかっている。その鍵を壊せば、宇宙船は飛ばん。お主らが、自分たちで宇宙船を作るしかないが、まあ、作っても、わしらが壊してしまうがのう」

「なぜ、人を愛玩動物だとか、実験動物だとか、渡航禁止者だとかいって平気でいられるんですか」

「それは、それが運命というものじゃろ。わしらは何にも悪いことはしとらん。植民した惑星を安全に管理しているだけじゃ」

「それは、そうなのだろうけど」

 弐卦はことばにつまって口ごもった。

 天帝には返すことばもなかった。自分たちが、地球文明圏にとって、ただの現地で培養された愛玩動物であることはまちがいなかった。それに逆らって、地球文明圏と争うという気にもなれない。

 帝釈天を殺したのはまちがいだったのだろうか。

「もし、ぼくらがあなたたち第一世代植民者から独立したくなったら、その時はあなたを殺しに来ます」

「ほう。結局、殺すことでしか、新しい道は開けないのかね。わしは、お主たちがこの惑星で奇妙な愛憎の歴史を築くことを望んでいるのだがな。弐卦とやら。お主、世界中の金と女を手に入れたのだろう。いっそ、一度、お主が世界を総べて統治してみてはどうかな。それはそれで面白い歴史ができるだろう」

「それでも、ぼくらは愛玩動物にすぎないんですよね。そんなの、納得がいかないです」

「わしらの技術は、お主らの数千年先を進んでいる。わしらはお主たちを操ろうと思えば、いともたやすく操れる。現に、わしらは何一つまちがってはいないであろう。自分の運命から脱することだけを考えるのではダメだ。それではただの反抗期ではないか。わしらは愛玩動物がそういう感情を抱くことがあることは充分承知している。わしらは、膨大な数の人生のデータを持っている。それを使えば、お主らを操るのはたやすいことだ。世界を支配した人物のデータだって、少しとはいえあるのだ。お主の行動はだいたい予測できる。何を与えれば、もっと満足いくかもわかっている。単に、わしらと同じくらいの面白い贅沢な遊びがしたいというだけなんじゃよ。ひとつの世界を操る遊びがしたいだけなんじゃ。わかっておる。わかっておるよ」

 弐卦は、はたしてそうだろうかと、考えた。

「ちがう。ぼくは、もっと平等で民主的な博愛に満ちた社会が築ければいいのだと思っていて」

「だから、わしらがそういう社会を作りたければ、いつでも簡単に作れるのじゃ。わしらは泰平の世界より、乱世を好んだのだから、このような世界が作られているにすぎない。現に、乱世は面白いものだぞ。お主のような、神に逆らい勝つものまで出てくる。最高のサスペンス劇場だ」

「だけど。だけど」

「わしら、神々を皆殺しにしたら、お主たちは二度と地球文明圏とは連絡がとれないじゃろう。今は間接的に地球文明圏と文化交流は行われておる。安心するがよい。この世界は、それほど悪いものではないのだ」

 弐卦は天帝にまったくいい返すことができず、悔し涙を流しながら天宮を出た。此花は複雑な気持ちで、それを見つめていた。

「次は、西の国だね」

「ああ」

「ちょっと、しっかりしなさいよ」

「でも、何のために自分が生きているのかわからなくなっちゃって」

「細かいことは気にしない。さあ、行こう、行こう」

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