第12話

 次は、南の国へ行こうということになった。南の国は、此花が本物の皇帝なのに、代理人の女の子を皇帝に派遣していて、それで内乱が起きて荒れているらしい。此花に責任があるのかどうかわからないが、此花からしてみれば、突然、皇帝になってくれといわれて、はい、わかりましたと引き受けるわけにはいかないという。

 それで、とりあえず、帝都に行ってみることにしたのだ。帝都は、南の国の中央にある。

 内乱が起きているといっても、帝都は賑やかな大都会だった。大勢の人がいて、商店が所せましと並んでいる。

 此花は皇帝の宮殿の門番に向かって、

「此花が汐音しおんに会いに来たと伝えてくれ」

 といった。しかし、いくら待っても返事が来ない。一向に中へ入れてくれる気配がないので、此花は、弐卦に、

「門番を倒して禁中に入ろうか」

 と相談していたところだった。

「さすがにそれはまずい」

 と弐卦は答えていたのだが、門番は一向に通してくれそうにない。

 だんだん、此花と門番のやりとりは激しさを増してきて、口喧嘩をしているかのようになった。

「なんでよ。入れてくれてもいいじゃん」

「うるさい。お主のような小娘が簡単に入れるところではない」

「だから、汐音に聞けば、絶対に入れてくれるっていっているでしょ」

「陛下がそんな些事で会うわけがないであろう」

「だから、久しぶりに様子を聞きに来たんだって」

「うるさい。だから、お主のような小娘に様子を話すことなどないといっているだろう」

「様子って、各地で内乱が起きて、皇帝陛下の御威光が地に落ちたようなものだっていわれていることでしょ」

「うるさい。そんなこと、お主のような小娘には関係なかろう」

「だから、中に入れてよ」

 此花が門番と押し問答をしていたところであった。

「陛下のお通りである」

 と掛け声が聞こえて、大勢の近衛兵がずらっと並んで道を作っていった。その中を一人の着飾った女の子が歩いてくる。

「あ、汐音だ」

「あれが、皇帝?」

「うん。あの子があたしの親友の汐音ちゃんだよ」

 近衛兵の立ち並ぶ人垣の外から汐音を凝視していた二人だったが、騒がしい二人のことに気づいた汐音の方が、此花を見つけた。

 すっと汐音が手をあげると、近衛兵が此花と汐音の間の道を開けた。

「皇帝陛下がおまえたちに声をかけてくれるらしいぞ」

 さっきの門番がそういっていたが、二人は素知らぬ素振りだった。

 此花の前に来て、頭を下げて平伏したのは、汐音皇帝陛下の方だった。

 それを見ていた臣下が皆、大いに驚いた。何ごとだ。あの者たちは何者だと騒がしくなった。

「正統たる皇帝陛下此花さまに、臣汐音、つつしんでご報告申し上げます。此花皇帝陛下の代理人として職務を務めておりました汐音でございますが、力及ばず、南の国を度重なる内乱によって荒廃させてしまいました。申し訳ありません」

 それを聞いて、臣下一同は、慌てて、此花に平伏した。

 今までの皇帝が代理人だったことがバレたのだ。


 禁中に帯刀して入ることが許された弐卦と此花だったが、奥の間に通されると、運ばれてきたお茶のいい香りに気分がよくなった。

 目の前には、皇帝代理人の汐音が座っている。

「今までお疲れだったね、汐音。迷惑押しつけちゃって、本当にごめん」

 此花が謝ったが、むしろ遠慮したのは汐音の方だった。

「いいえ、この数年間、本当に楽しく暮らさせていただきました。政治が乱れていることを除けば、わたしには幸せな毎日しかございませんでした」

 ごくり、とつばを飲み込む此花。やはり、皇帝というのは贅沢な暮らしができるものなのだろうか。

「南の国を操っている神々がどこにいるかわからないだろうか」

 と弐卦が聞いた。

「そう、そうなのよ。この子は、世界の支配者の弐卦。あたしたち、神々がどうやって世界を操っているのか調べているの」

 此花が説明する。

「まあ、世界の支配者の弐卦さま。すると、わたしは頼まれても、拒むこともできない立場。そういうことなら、いつでも覚悟しています」

 ぶほっ、とまた弐卦がお茶を吹き出した。

「だから、変なとらえ方しなくてもいいよ。別にぼくにその気はないからさ」

「あら、つれないのですね」

「いや、そんな純情な男の心をもてあそぶようなことをいわないでください」

 ごほん、と此花が咳をする。

 場をとりなおして、再び話が始まる。

「それで、南の国を操っている神々というと天帝のことでしょうか?」

「そう。天帝ってどこにいて、何をやっているの?」

「南の国には、華都と玄都という幻想郷がございます。わたしでは行くことができないのですけど、此花さまなら、おそらく辿りつくことができるでしょう。天帝の住む天界は、玄都の上にあるといわれています」

 汐音は落ち着いて語った。

「玄都の上ね」

 此花がうなずいた。

「天帝は星々の運行を管理しているといわれています」

「星々の運行か」

 弐卦がうなずく。

「どうする、此花。ぼくは天帝に会いに行くけど。此花は皇帝になるのか?」

「ううん。あたしも、弐卦と旅をつづけたいかな。皇帝は、このまま、汐音にお願いしていいかしら」

 此花がお願いすると、汐音は、にこやかに答えた。

「ええ、もちろん、うれしいでございますよ。お二人とも、欲がないのですねえ」

 あははは、と乾いた笑いをもらすので精いっぱいの二人だった。

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