第9話
須弥山の頂上にある宇宙船から降りていくと、人々が平伏して弐卦を迎えた。何が起こったんだか、始めは弐卦にはわからなかったが、須弥山の大臣たちのいうことによると、帝釈天のいった通り、世界中のお金と女は弐卦のものになったのだという。弐卦は、新しく世界の支配者になったのだった。
「ぐおおお、金と女をもらったが、何をしたらいいのかわからないいい」
と弐卦はうごめいていた。
ごほん、と咳をする此花。
「此花あ、落ち着いているけど、突然、世界の支配者になってしまったぼくはいったい何をしたらいいんだ? 帝釈天のように天候の管理をしていればいいのか」
そしたら、ばしんと鞄で此花に顔を叩かれた。
「何をいってるのだ、弐卦。世界を救うんだろう、弐卦。帝釈天にふっかけられたのではないのか。金も女もくれてやる。それで世界を救ってみせろと」
「ああ、そうだった。世界を救わないと。ということは、何をしたら、いいんだ」
「それはあたしも知らない」
「とりあえず、旅をするか。そうしよう、此花。路銀に困ることはもうないんだし、世界中を旅してまわろう」
「それはあたしも一緒にか」
「もちろんだよ、此花」
「うむ、よかろう」
そして、二人は、須弥山を降りて行った。
須弥山に住んでいる人々はみな、弐卦を敬服し、平伏した。新しい世界の支配者に挨拶したいと願い出るものはあとを絶たなかった。
弐卦のためにと、御殿の建築が頼みもしないのに始まっていた。
「後宮のお妾さまは何人にいたしましょう」
などと女官に真面目に聞かれたのだが、
「そんなことわかるわけがないだろう」
といっていたら、
「では、八人にしておきます。後で、いくらでも変更できますので」
と女官はいう。
「ちょっと待て。お妾さんなんて、一人もいらないから、ゼロにしろ。ぼくは旅に出るんだ。しばらく帰ってこない」
「旅に。そうでございましたか。それでは、御殿だけ建てておきますので、お帰りになったら、道行くものにでも声をおかけください。すぐに、いつでも暮らせるように手配しますので」
「わかった。わかった。そうしてくれ」
そして、弐卦は須弥山の御殿を放り出して、山を降りて行ったのだ。それを、たいそう、此花が喜んだ。
「やっぱり、弐卦も皇帝とか世界の支配者とかにはなりたくなかろう」
「ううん。とりあえず、なって損はないと思うんだけど。彼らが世界を救うのに、役に立つとはあまり思えないね」
「金と女では世界は救えないか?」
「うん。救えないよ。何をしたらいいのかもわからないよ」
此花はにこっとわらって、弐卦の背中を押した。
「よし、では行こう。世界を救う旅に」
二人は、長い長い道を歩き出した。
山を降りて行く途中、もう、不動明王は襲ってこなかった。
須弥山を降りて、町に着くと、若い男が話しかけてきた。
「やあ、旦那。世界中のどんな女でも頼めばやらしてもらえる権利をもらったんだって?」
ぶほっ、と弐卦と此花が同時に噴き出した。
「それは内緒にしておいてくれないか」
弐卦が冷静を装って答えたが、ひそひそと弐卦の存在を噂する若い女たちのささやき声が聞こえてくる。
「やだあ、世界の支配者の弐卦さまよ。わたし、お願されたらどうしよう」
「なんでも、おれには後宮なんていらない。世界中がおれのハーレムだ、とかいったらしいわよ」
「まだ若いし、さぞ、絶倫なんでしょうねえ」
弐卦と此花の眼が獣のように鋭い眼光を光らせていく。
さっきの若い男はにやにやして、弐卦の前で立ち止まっている。
「それで、今のところ、何人の女に手を出したんですか」
「いや、たいしたことないよ」
「またまたあ。きっとすごいんでしょうねえ。おれたちなんかじゃ、手の届かない高嶺の花を何人も口説き落としているんでしょうねえ。なんせ、世界中があなたのハーレムなんだから」
「ぼくは世界を救うんだ。だから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ」
二人はその若い男から離れて、旅をつづけた。
此花が目をいからせて聞いてきた。
「それで、実は何人の女に手を出したのじゃ、弐卦」
「またまたあ。此花も冗談がうまいんだから」
「あたしが目を離した隙はいくらでもあったからねえ」
「心配はいらないよ、此花。ぼくはちゃんと世界を救うよ。それを教えてくれたのは此花じゃないか」
「それならばいいが」
此花がしゃべり終えると、弐卦は緊張しながら、思い切って聞いてみた。
「ねえ、もしかして、此花もぼくが頼めばやらしてくれるの?」
ばしんと鞄で顔を殴られた。
此花が顔を真っ赤にしている。
「もちろん、弐卦は世界の支配者なのだから、あたしには断る権利はない。弐卦に襲われたら、そのまま押し倒されてしまうじゃろう。だが、だからといって、あたしが好き好んで弐卦に抱かれるわけではないから勘ちがいするな」
それを聞いて、弐卦も顔が真っ赤になった。
「え? 此花も、頼めばやらしてくれるの?」
弐卦が鼻血を出した。
「あたしに断る権利はないといっているだけだ。だが、それはもしかして、万が一にも、気が狂って、弐卦があたしにそういう頼みごとをした場合に限るのであって、弐卦がおかしなことを考えなければ、そういうことになるわけではない」
弐卦と此花はじっとにらみ合って、ぷいっとお互いに目をそらした。
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