第10話
二人は北の国へ旅をしに行った。北の国は、ちょっと変わった統治のされ方がされていた。北の国の中心に世界樹という大きな一本の木が立っていて、その地下に黄金宮殿ヴァルハラがあるらしい。そのヴァルハラにいる神オーディンが北の国を治めているらしいのだ。
だが、どうやって治めているのか、よくわからない。また、例によって、人々が勝手に自主的に捧げものをして、崇め奉っているのだという。
「なぜ人々は、こんな苦しい生活が続いているのに、それを作った神々を崇めているのだろう」
弐卦が疑問を発したが、此花から満足いく解答はなかった。
北の国でも、弐卦は世界の支配者として扱われて、どんな女とでも交尾する権利があると思われていた。そういううわさが盛んに語られるので、弐卦は、恥ずかしくて人前を歩くのが嫌になってきた。
「とりあえず、世界樹まで行こう。世界樹の頂上まで登って行ってみたいな」
「うん、それには賛成だよ」
二人が北の国を旅していると、オークの群れが襲ってきた。十匹くらいいる。
二人は、剣を抜いて迎え撃つ。
「一匹、二匹」
確実に一体、一体仕留めていくと、数十分でオークの群れは全滅させることができた。
「物騒なところだなあ」
弐卦はぶつくさ文句をいったが、こういう世界なのだから仕方ない。
「見て、弐卦。世界樹が見えるよ」
此花が騒ぐので、見てみると、地平線の彼方に確かに空の上まで届くかと思われる高い世界樹の木が立っていた。
「へえ。須弥山とはまたちがった趣きがあるねえ」
その美しい景色に感嘆していると、町の住人が話しかけてきた。
「坊ちゃんたち、外の国から旅してきたのかい。ここ、北の国では、勇敢で高潔なものは死んでも生き返ることができる。ここ、北の国で大切なのは、いかに勇敢で高潔であるかというそれに尽きる。覚えておくといい」
「それはどういうことなんだ」
「おや、ただの旅に方かと思ったら、世界の支配者の弐卦さまかい。これは失礼したね。弐卦さまが勇敢でなく、高潔でないということはないだろうから、心配することはないよ」
と男に説明された。此花がじとっといぶかしげな目で見ている。
「なんだよ、此花。ぼくは勇敢で高潔だぞ」
「どうだか」
ふてぶてしい此花である。
「あれを見なよ。奇麗な金髪のお姉さんがいるだろ。彼女たちはワルキューレなのさ。遠隔人格読み取り機のネットワークの管理をしているんだ。あのワルキューレ端末は、黄金宮殿ヴァルハラのオーディンプログラムと連結していて、勇敢で高潔な人格データを読みとったら、その戦士の死に際に、生き返らせて黄金宮殿に案内するようにワルキューレのお姉さんが派遣されてくる。そうして勇敢で高潔な戦士だけが生き残って子孫を残していくというのがこの国なのさ」
「ふうん。とりあえず、オーディンに会ってみるか」
「そうだね」
そして、二人は世界樹の地下にあるという黄金宮殿に歩いて行ったのだった。
世界樹は頂上が見えないくらい高くそびえ立っていた。その地下にある黄金宮殿に弐卦と此花は入って行く。
勇敢な戦士とワルキューレがせわしなく歩いていて、忙しそうだった。どこでも、仕事は忙しいものだ。例え、黄金宮殿ヴァルハラでも。
そして、弐卦はオーディンに会った。帝釈天を殺したものだというと、すぐに謁見の許可が降りた。
オーディンは、身長五メートルはあるかという巨漢で、白い肌に黄金の髪、そして、片目がなかった。右手には、神槍グングニルを持っている。黄金宮殿の中央の間の玉座に座っていた。
「お主が世界の支配者弐卦殿かな」
オーディンが敬愛の礼をとって話かけてきた。
「そうだ。帝釈天に聞いたぞ。あなたたち神々は、この惑星に植民してきた第一世代植民者なのだとね。あなたたちが不老不死なのは承知している。あなたも、ぼくらを愛玩動物だとしか見ていないのか? まずはそれを聞きたい」
「ふうむ。帝釈天がもらしたか。その通り。我々は、この惑星に植民してきた第一世代植民者だ。不老長寿として惑星に植民した我々は、最初から、この惑星で培養したヒトを実験動物くらいにしか考えてはいない。それは確かなことだ。だが、だからといって、お主たちに不満があるわけではないだろう」
オーディンのことばには奇妙な威厳がある。弐卦たちに不満があるわけではないか。
「それは確かに、極楽浄土みたいな暮らしを望んでいるわけではないけど、人々はとても苦しんでいるだろう。それを解決しようとは思わないのですか」
「それは、わしの仕事ではなく、世界の支配者である弐卦殿の仕事ではないのかな」
オーディンは悠然としている。
「それでは、あなたは何の仕事をしているのですか。帝釈天は、墜落した宇宙船のコンピュータで気象の管理をしていたけど」
「わしか。わしは、遠隔人格読み取り機によって、人々の人格を読みとり、その中から最も勇敢で高潔な人格を作る研究をしている。この国に怪物が現れるのは、それと戦う戦士たちの勇気を試すためにわしがわざと作り出したものだよ」
弐卦は差し出された珈琲の入れ物を持つ手が震えた。
「だから、なぜ、あなたたちはヒトをそのように実験動物のように扱って平気なのですか」
「それは実際に、お主たちは実験動物であり、愛玩動物なのだから仕方ないではないか」
もはや、いい返すことばもない弐卦であった。
「わかりました。つまり、あなたがこの国で怪物を作っている張本人なんですね」
「そうじゃよ。でも、みんなには内緒にしておいてくれな。みんなの夢を壊すといけないからのう」
抜け抜けとしたオーディンであった。
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