第8話
墜落した宇宙船の中に帝釈天はいた。
宇宙船の機械を使って、天候の操作を行っていた。雨を降らせたり、風を吹かせたり、天候を全自動で制御しているのだが、その調整をしていた。
働いていたのだ。帝釈天は。
ハーレムなどなかった。帝釈天は、一人ぼっちだった。
「なんだ、我が王宮に何の用だ」
帝釈天は墜落した宇宙船を王宮と呼んだ。
「あなたはいったい何ものなんだ? 神さまっていったい何なんだ? 天上界っていったい何なんだ?」
弐卦が厳しい口調で問い詰めたが、帝釈天は素直には答えなかった。
「それを知ってどうする。世界は我々、神々のものだ。世界は我々、神々の所有物だ。世界は我々、神々が遊ぶために作られたのだ。おまえたち、ヒトは、我々神々に奉仕する従属物にすぎない。おまえたち、ヒトは神々の道具にすぎない。それを知るためにここまでやってきたのか」
帝釈天はいった。
なぜ、どういうことだ。それなら、この世界はいったい。
「この世界はいったい何だ?」
弐卦は叫んだ。例えようもなく、怖かった。
「ここは星図の失われた世界だ。天帝が宇宙を調べているだろう。いつか、地球惑星連盟に戻るためだ。だが、それは何万年かかるかもわからない遠謀な事業。地球はそう簡単には見つからないだろう。星の数を数えるのは本当に困難なものだ。我々は、故郷には帰れない代わりに、不老長寿の体を持っている。星図をとり戻すまで、幾万年でも、待とうではないか。それまでの退屈しのぎに、お主らは丁度良いかもしれないな」
帝釈天はそういって、宇宙船から出てきた。
亡霊のような人間だ。
「あなたを殺して、世界をぼくたちの手にとり戻す。あなたを殺して、世界に平等な社会を築く」
弐卦がそう凄むと、帝釈天は笑った。
「あははははっ」
貫禄のある笑い方だった。
「わかっておらぬようだな。理解できないのか。ここは平等な世界などではない。神々の神々による神々のための世界だ。愛玩動物に世界をくれてやって何が楽しいものか」
「ぼくたちが愛玩動物だというのか」
「ちがうのか」
「ちがう。ぼくたちは生きた一人の人類だ」
「まあ、そうともいえるわなあ」
「ならば、世界の富を独占するあなたはまちがっている。みんなに平等に富を配ってこそ、世界を支配する者の正義ではないのか」
「ちがうな。我々、神々が絶対者として君臨するのが正しい世界だ」
帝釈天は気圧されることなく答える。
「あなたたち、神々とはいったい何者なんだ!」
弐卦は叫んだ。
帝釈天はにやりと笑う。
「我々、神々は、遠い遠い昔、遥か彼方の銀河からやってきた植民者の第一世代だよ」
帝釈天の声は、須弥山の頂上で澄んだように響き通った。
「不老長寿を実現した人類が、恒星間飛行によってこの星に植民した。その作業が普通に行われているだけであって、お主たちは植民した惑星で培養した愛玩動物にすぎないのだよ。これがこの世界の真実だ。それを知ってもなお、我々、神々に逆らうというのかね? きみは正気かね? 我々は人類の宇宙撒種計画の一環として偉大なる事情に従事しているのであり、ただの一個の植民星の愛玩動物にすぎないおまえたちなど、どうでもよいのだよ」
帝釈天ははっきりといった。弐卦は、涙が流れてきた。
「ぼくが今、あなたを殺すと、人類の宇宙進出のさまたげとなるというのですか? あなたたちの宇宙侵略を支援するためには、この世界は犠牲になってもかまわないのだというのですか?」
「そうだ」
弐卦は、懐から、生物兵器をとり出した。
「ここにあなたを殺せる武器がある。この生物兵器は、あなたたちの不老不死の身体構造に対して、毒物として機能し、あなたを殺す。ぼくは、あなたに世界のために死んでもらうつもりだった。だが、チャンスをやる。死にたくなければ、その壊れた宇宙船で、宇宙に飛んで行けよ。宇宙進出したいんだろ。だったら、宇宙へ逃げるのは見逃してやる。さあ、今、ここでぼくに殺されるか、宇宙へ逃げるか二つに一つだ」
「ああ、宇宙には行かんよ。今はな。宇宙は軽々しく行ける場所ではない。危険なのだ」
「ならば、死ね、帝釈天。世界の主よ」
ぼんっと、弐卦が生物兵器を撃った。それは帝釈天に命中し、その体を分解し始めた。
帝釈天の顔色が変わった。
「おっと、我を殺せるなど、冗談かと思っていたが、これは本当にまずそうだな。作り上げたのだな、神を殺せる兵器を」
「そうだ。この世界のために死ね、帝釈天よ」
弐卦が叫ぶと、帝釈天は力をふりしぼって答えた。
「なるほど。お主たちにとっては、この宇宙へ広がる人類よりも、このたった一個の小さな世界を救うことの方が大切なのだな。小さい。小さいなあ、人間よ」
ぶほっと帝釈天が口から血を吐きだした。
「わははははは、我が命はここまでらしい。いいだろう。面白い。金も女もくれてやる。それで世界を救ってみせろ」
帝釈天はいった。
「それに何の意味があるのかわからないがな」
わはははははっ、と笑って、帝釈天は死んでいった。
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