第4話
翌日、登校するなり俺は芹沢にからまれた。
「あれー? どうしちゃったのユノキン。髪とか立てちゃってさー、気合はいってね? ただの風邪じゃなくてへんな新種のウイルスだったの、あれ」
ほっとけ。一時間もかけてセットしてきたんだ、悪いか。芹沢をジト目でねめつける。
「最高のシチュエーションがいつ訪れるかわからない。告白チャンスの女神がいつ微笑むかわからないんだ。その時のためにコンディションは整えておかねばならないのだ」
ほへー、と芹沢は口を開けて俺の顔を見つめた。綺麗な顔してんな。こいつって、しゃべらなければかなりのイケメンなんだ、むかつく。
自分の席にカバンを置き、芹沢の腕をひいた。顔を寄せて声をひそめる。
「ときに芹沢。おまえ、じょ、女子に告ったことって、あるか?」
「ないよー。むりむりー。僕、へたれだもん」
芹沢はへらへらと笑う。
「傷つくの、怖くて。脈なしだって思ったら、ソッコーで撤退する。弱い犬ですよ、はい」
貼りつけた笑みの下、一瞬だけ、芹沢の目がくもったのに俺は気づいた。気づいたけれど、あえて深入りは避けた。まあ、こんなアホなやつにだって、それなりにいろいろあるんだろうな、うん。
授業もうわの空で、俺は悶々と妄想をつづけた。
校舎の、ひと気のない場所――薄暗いところがいいな。どこだろう、今ちょっと思い浮かばないからそれはとりあえず置いておく――で、壁ドンだ。んで、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴って、ふたりでそのままエスケープしちゃうってのはどうだろう。告白はシンプルに「好きだ」のみっていうのがいいよな、俺が女子だったらそうしてほしい。んで、真っ赤になってこくんとうなずく今井を抱きしめて、そのまま顔を寄せて――
「……木。ミスター柚木」
はっと顔をあげた。俺、指されたっぽいぞ。となりの席の小池が、テキストを指さして口をぱくぱくさせている。や、く。訳っていったな? かたんと立ち上がる。
「ジョセフは苦悩していた。ソフィアとの約束までまだあと二時間ある。しかしながら……」
「ストップ、柚木。そこは昨日やりました。まだ調子がもどらないのですか? 顔が赤いですよ」
叱られるどころか、心配されてしまった。面目ない。
とてもじゃないが授業の内容にまで頭が回らない。
今井を食事に誘うというのはどうだろう。綺麗な夜景の見えるビルの最上階でさ。ぱちんと指を鳴らすと、向かいのビルの灯りがいっせいに点滅して、「LOVE」の文字をかたどる……。あっけにとられる今井の手をとり、そっと、その細い薬指に、小箱から取り出した指輪をはめて……。
「って! それじゃあプロポーズじゃねーか!」
つーかこの田舎町にそんなビルねーよ。そんな小細工する財力もねーよ。
あー頭いたい。と、いっせいにつきささる視線に、俺は我にかえった。セルフつっこみを声に出してしまっていたらしい。俺は有無を言わさず保健室に連行された……。
やばいな。このままだと俺はダメ人間になってしまう。
昼休みまで保健室で休んだあと教室に戻り、弁当をかきこみ、とっくに空になったジュースのストローをすすり、無意味に紙パックをぺこんぺこんとへこませた。
まじでもやもやする。ここはひとつ、心を落ち着けるために、甘いものでも。
かばんから取り出した巾着袋の中身をぶちまける。ソーダ飴が一個、キャラメルが二個のみ。さびしいラインナップだ。そろそろ補充しないと。
視界に、すっと、細い指先があらわれた。小池が俺のキャラメルに手を伸ばしたのだ。
「あたしのと交換しようよ、柚木くん」
はい、と渡されたのはマシュマロ。個包装されたやつだ。ぴり、と袋をやぶく。白いカタマリをつまんでむにむにともてあそぶ。
「いーなあ。小池、俺にもちょうだい」
芹沢が割り込んできた。小池は、しょーがないなとため息をついて、やつにも一個、マシュマロを投げた。わんわん、と嬉しそうにふざけながら芹沢はふかふかの甘い菓子を口に放る。
「甘いなー。とろけるなー。恋の味だなー」
あれだな。いくらイケメンでも、野郎が言うと気持ち悪いんだな、こういう台詞って。さんきゅー小池、と言って芹沢は蝶のようにひらひら舞いながら教室を出て行った。なんだ、あいつ。へんなの。
気を取り直して、俺も、マシュマロを食べる。ふかふかだ、そしてとろける。
「きもいよね、芹沢。あいつ彼女できたからって、浮かれすぎなんだよね」
隣の机に行儀わるく腰掛けていた小池がつぶやくように言った。
「え、まじ? いつの間に? 誰だ、その物好きは」
「知らなかったの? 男子って、そういう話しないの?」
言われてみれば、あんまり、しないかな。
ま、いいけど、と小池は自嘲めいた笑みをうかべ、俺からうばったキャラメルの包み紙をむいた。
「バカだよね、あいつ。恋なんて、こんなに甘いわけがないじゃん?」
「じゃ、小池は、どんな味だと思うの」
「うーん、漢方薬みたいなかんじ、かな。クセが強くて、臭くて、目をつぶって何とか飲み込んでも、舌の上にいやな苦みが残ってて、いつまでもいつまでも消えないの」
小池はぼうっと窓の外の冬空に視線をさまよわせていた。なんか、わかるような、わからないような。そんなに苦いなら、最初から飲まなきゃいいじゃないか。
そういや。芹沢、小池のこと、苗字で呼んでたな。ちょっと前まで馴れ馴れしく下の名前で呼んでた気がするけど。その疑問を口にすると、小池は笑った。
「彼女さんがやきもち焼くんだってさー。ほかの女子のこと名前で呼ぶの、禁止なんだってー」
ばっかみたい、と言って小池は天井をあおいだ。なんか。なんとなく、気づいてしまった。だからといって何も言えないけど。ま、そりゃ苦いよな、うん。
放課後がくると俺は今井の教室へ向かう。今日は顧問の先生が出張で理科室が使えない。
「柚木」
帰り支度をしていた今井が俺に気づいて笑顔になる。照れくさくて頬を掻く。
こうして迎えにくることを嫌がるようすはない。むしろ、嬉しいと思ってくれているととっていいんだよな。その笑顔はさ。
ふたりで並んで歩く帰り道。今井は女子の中でも格段にちっこいほうだから、つむじのぐるぐるがばっちり見える。人差し指でぐにっと押さえつけてやると、今井は「やめてっ」と頭を押さえて逃げる。
可愛いなあ。どうして俺は今まで、今井の可愛さに気づかないでいられたんだろう?
「梅の花、まだ咲かないね」
今井がつぶやく。通りすがりの家の庭、石塀のむこうから、梅の枝が突きだしている。そうだ、今井は梅の花に似ている。まだ寒さのきびしい冬の空の下で、ひっそりと花開く梅。春の花たちほどの華やかさはないけれど、可憐で……。
「柚木? どうしたの、黙りこくっちゃって」
今井が首をかしげた。
どきどきする。ひょっとして、今が、言うべきときなんじゃないだろうか?
「今井……。俺、たち。ていうか、俺……」
「うん?」
鼓動はなおも速くなる。俺はこわれたメトロノームだ。吐きそうだ。どきどきしすぎて吐きそうだ!
「す。すすすすす、」
「す?」
「すっぱいよね、梅って」
「……うん。そうだね」
無邪気にほほえむ今井。負け、た。自分に負けたのだ、俺は。
「に。日曜日、どっか行かない?」
へたれな俺はとりあえず勝負を延期することにした。今井は小さくうなずく。うん、日曜だ。日曜こそ、決めてやるんだからな!
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