第三夜 探した楽園
カフェの時間からBARに変わろうしている午後17時半頃、私の許に男の子2人が来店してきた。歳は17~18ぐらいだろうか。遠くからきたんのだろう、背中に背負っているリュックが彼らの旅路を物語っていた。
「いらっしゃい、こんな時間に若い人がくるなんて珍しい。なにか飲むかい?」2人は目をきょろきょろさせながら私に注文を頼む。
「俺は珈琲で。雅人お前は?」
「えっと、オレンジジュースとかありますか?」控えめながらも心地良い声が耳に入ってきた。
「生憎オレンジは切らしててね。グレープフルーツでいいならあるよ」
「じゃあ、それで」彼らは広くはないこの店の窓際に座りひと時の休息を取り始め私は夜の準備に取り掛かった。
粗方準備が終り店を見渡すと、窓際に座っていたお客の一人がテーブルに腕を伸ばし眠りに就いていた。起きているのは雅人と呼ばれていた青年。カップを下げる為私は彼らの所に足を延ばす。
「ぐっすりと眠っているね。疲れていたのかな?」
「しばらく寝かせて上げてても良いですか?彼、裕也っていうんですが僕達色々あって疲れていて」眠っている裕也君を眺める雅人君の顔は優しげで、愛しさを含ませている。
「・・・君たちはどこか遠い所から来たんじゃないのかい?さしずめ家出中といった所かな」
「半分当たりで半分外れです。僕達は逃げて来たんです。ありとあらゆるものから・・・」顔を
「なにか訳ありみたいだね。なにかの縁だ、良かったら話してみないかい?吐き出せば少しはスッキリすんじゃないかい」
「そうですね。もう一人で抱え込むには限界かもしれない。聞いてくれますか?僕と彼の話を」雅人君の顔は迷子になった子どもの顔そのもの。
「部活の帰り道でした、僕と裕也の出会いは」彼は未だ深い眠りに落ちている裕也君を横目にみながら語り始めた。
「自主練で下校時間忘れるなんて間抜けだな僕」部活道具を背中に背負い直しせっせと家路に帰る。時刻は20時を過ぎている。早くしなければ。
「ただでさえ最近は不審者が多いって言ってたし。まあ男を襲おうなんて奴いないだろうけど」最近この周辺で高校生を狙った不審者が後を絶えない。よって親や学校からも暗くならない内に帰るよう言われていたのだがつい失念していた。薄暗い街灯のなか歩く足音は僕一人分、それが余計に気味が悪い。家につまであと20分の辺りから足音が一人分増えている事に気が付いた。耳にイヤフォンを入れていたので分からなかった。気のせいだろうか、段々近づいてきている。気付かれないように足を速めようとした瞬間、後ろにいた相手に捕まれ草むらに引き込まれた。
「な。なに⁉だ、誰か助け・・・!むが!」声を上げようとした僕の口に相手はを詰め抵抗されないように手を押さえつけられた。
「はぁ・・・はぁ・・・。ダメだよ僕。こんな時間に出歩いちゃ。変な人に捕まっちゃうよぉ・・・俺みたいな奴にね・・・」ねっとりと舐めるような口調で相手の男は僕に言った。僕は余りの恐怖に体が石像になったみたいに動けなかった。よくテレビで
「死にたくなかったら言う事聞きな、僕。なぁに抵抗さえしなけりゃすぐに終わるさ」濁りきった瞳の中に狂気が見え隠れしている。その瞳にかナイフにか分からないが僕は抵抗を止めた。きっと僕の顔は絶望を表しているだろう。大人しくなったのをみて気を良くしたのか男は僕のズボンのベルトに手をかけようとしたその時。
「お巡りさん‼こっち、こっち!速く!」甲高い声が辺りに広がる。その声に驚いた男は僕に目もくれず一目散に逃げ出した。一体何が起こったのか分からないまま呆然としていると1人の男性が現れた。
「おい⁉お前大丈夫か⁉」サッカーボールを手にした男性、男の子が僕の顔を覗き込んでいる。僕はなんとか返事を返す。
「う、うん・・・。君のお蔭で助かったよ。ありがとう」
「礼なんて要らないって。困っている人をみたら助けるのが常識だろ。ん・・・?どこかで見たことがあると思ったらお前、坂下雅人じゃないか?」僕の顔をみて大層驚いている。よく見たら彼も僕と同じ制服を着ているじゃないか。しかし僕は相手の事を知らない。
「僕の事知っているの?君の名は?」
「うちの学校でお前の事知らない奴はいないと思うぜ、美術部の天使さん。俺の名前は増田裕也。言っておくが、クラス一緒だからな。立てるか?」手を差し出され握ると引っ張られよろめきながらも立つことに成功した。
「っと、力入れすぎたかな。それよりどうする?警察にさっきの事言いに行くか」言われてさっきの事が頭の中でリフレインする。草の感触、男の息遣い、脂ぎった掌。気持ち悪い、キモチワルイ。胃液が
「吐いちまえ全部。ここには俺とお前しかいない」その言葉が引き金だった。僕は何もかも吐き出した。さっきの事、家のこと、部活の事。心に溜まっていた膿を全て吐き出した。全て吐き出した後、僕は愕然とした。今まで誰にも言った事がなかった心の繭。必死に固めてきた繭が一気に解かれた気分だ。
「ご、ごめん‼いきなりあんな風に取り乱して」謝る僕に増田君はなんの。とどこ吹く風。
「謝ることなんてないって。取り乱すのが当たり前。むしろ、坂下も人間なんだなって安心した。お前いつも無表情だからちょっと心配してたんだ。クラスでもさっきみたいに感情ぶちまいてみたら?きっと楽しいと思うぜ」僕の手を再び握りながら彼は僕に笑いかけてくれた。これが僕と、裕也の始まりであり終わりの見えない恋の入り口だった。
「その後は何ていうか、吊り橋効果ってやつかな?非日常を共有した僕らは一気に距離を詰めていったんです。今まで何の接点もなかったんですよ、片や美術部員、片やサッカー部のルーキー。趣味も好みも全く違うのにいつの間にかお互い惹かれあっていたんです。気持ち悪いですか?僕たち?」私を見つめる雅人君の瞳は真剣でそれでいて、澄み切っていて綺麗だった。まるで漆黒の夜を切り取ったみたいに。
「少なくとも私は君たちを見て気持ち悪いだんて思っていないよ。でも周りは違ったんだろう?」
「その通りです。家族に僕たちの事がバレて離される前に2人で逃げて来たんです。誰も僕たちの事を知らないこの町に」その証ともいえる荷物は彼らの全財産ともいえる。あまりにも小さすぎる財産。
「・・・・・・本当は分かっているんです。こんな事したって何の意味もない。でも、それでも逃げて探してみたかったんだと思います。僕たちだけの楽園を。僕たちの恋はつぎはぎだらけの状態なんんです。でもいつか、誰にも恥じないような恋に愛にしたい。それが叶ったとき、また此処に来てもいいですか?貴方が僕たちの証になって下さい」目に涙を浮かばせながら堪えようとするその気持ちに胸が打たれた。
「叶ったときだけではなく何時でも来なさい。ここの扉はいつでも開いているから」
「ありがとう・・・ございます」涙を流しながらの笑顔はまさしく天使の様だった。すると今まで眠っていた片方が此方に向かって歩いてくる。そして彼の両肩を掴み自分の方に向け想いを吐く。
「今はまだ難しいけどいつか絶対に認めさせよう。約束する、何があってもお前の手は離さない。だから雅人も俺の手を離さないでいてくれるか?」
「約束する。何があっても君の手は絶対に離さない!」2人は手を取り合い帰っていった。これからの2人の未来の為に。
「まるでこのジュースみたいな2人だったなぁ」私は半分以上残っていたグレープフルーツのジュースをシンクに流す。甘いようで口にしたら苦い。そんな話しだった。
「私も何もかも捨てて君を攫って逃げてしまえば未来は変わっていたのかな」もう戻ってはこないあの頃に想いを馳せる。決して還ってくることはないあの日々。いつか彼等が再びこの扉を開けに来た際はオレンジジュースを贈ろう、甘くて甘酸っぱい飲み物を。
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