二十四話 お盆休みに出社
「暑いね」
「暑いな」
「お盆休みの間に社内システムの更新するのはいいよ? でもさ、なんでクーラー止まってんの?」
「建物全体でコントロールされてるからなぁ」
「端末にもよくないよ」
「熱暴走していきなり止まったらどうする?」
「やめて、そういうこと言ってたら現実になっちゃう。ねぇ、
「あ、その手があったか。ちょっと行ってくるわ」
…………
「あれ? なぜに手ぶら?」
「駄目だ、職長が休日出勤してやがった」
「あの人頑固だもんね。きっと家庭に居場所がないから休日出勤なんてしてるんだよ」
「いや、かなりイラついてたし、納期ヤバいのがあるんだろ」
「そしてさらに家庭での居場所がなくなる。家庭があると大変だよね」
「ん? ん~。やっぱ
「まぁね」
「そうか……」
…………
「あのさ、加藤」
「なにさ?」
「俺って、セクハラなんてしない紳士なんだよ」
「ていうか、社内のコンプライアンス推進政策でセクハラしたらロクでもないことになるらしいよ」
「うん、それを踏まえ言わせてくれ」
「なにさ?」
「加藤、ブラ透けてる」
「ん? ホントだ。別にいいや、三宅しかいないし。見慣れてるでしょ?」
「加藤ってあいかわらず、がさつだよな」
「そうなんだよねぇ、食生活が変わったから三キロも太ったよ」
「たまにメシ作りに行ってやろうか?」
「それは大変ありがたいけど、やめとこうよ」
「いや、友だちでもメシくらい作りに行くだろ?」
「そうなのかな? 部屋に入れた途端、押し倒されそうだ」
「いや、俺は紳士だから」
「やっぱ、ちょっと考えさせて。それほどまでに三宅の料理は魅力的なのです」
「加藤もメシくらい作れるようになっとかないと」
「どうせ結婚しないからいいのさ」
「ああ、そうだったな……」
…………
「あ、三宅に報告があるよ」
「ん?」
「私、好きな人できた」
「へぇ、よかったな」
「あ、『へぇ、よかったな』なんだ?」
「いや、今さら束縛なんてしないって」
「それもそうか。誰か知りたい?」
「言いたいんだろ?」
「まぁね。営業の
「あいつか……あいつか……」
「ん? なにその、何か言いたげなかんじ?」
「あいつはやめといた方がいいと思うけどなぁ」
「あれ? 束縛はしないんでしょ?」
「そうだけど、友だちとして忠告はさせてくれよ」
「でも優しいんだよね。毎日メッセージ送ってくれるし。スタンプとかかわいいんだよ」
「ああ……なぁ……。やっぱり加藤はそういうマメな男の方がいいんだ?」
「やっぱ構ってくれると女子的にうれしいもんなんだよ。その点、三宅はダメだよね」
「批難してる?」
「今さらそんなのしないよ。友だちとしての忠告。次に付き合う時は気を付けな」
「そうだなぁ……」
「……で、平井君のどこが気に入らないの?」
「気に入らないっていうかな、結構アソんでるらしいぞ?」
「恋愛経験が豊富ってことじゃん。いろいろ楽しませてくれそう。その点、三宅はダメだよね」
「批難してる?」
「今さらそんなのしないよ。友だちとしての忠告。次に付き合う時は気を付けな」
「そうだなぁ……」
「でもアソんでるっていうことは、モテるってことだよね? 私じゃ無理かなぁ」
「そうでもないでしょ? 加藤は魅力的な女子だよ」
「うれしいこと言ってくれるじゃん。例えば?」
「それは言わない」
「まぁ、歯の浮くようなことは言わない奴だもんね、三宅は。だからダメなんだよ」
「批難してる?」
「今さらそんなのしないよ。友だちとしての忠告。次に付き合う時は気を付けな」
「そうだなぁ……」
「結局のところ、三宅は応援してくれないんだ?」
「悪いけどね。止めたいけど、それもしない」
「うーん、三宅がそう言うなら考え直した方がいいのかなぁ?」
「でも好きなんだろ?」
「まぁね」
「そうか……」
…………
「あれ? うまくいかない。新幹線の料金が間違って反映されてる」
「やべぇ。今気付いてよかったな」
「でもどこが悪いんだろ? 三宅、こっち来て見てよ」
「おう」
「……うわ、三宅汗くせぇ」
「加藤も……ていうか、その香水、俺がプレゼントした奴?」
「そうだっけ?」
「そうだっけ? 二十六才の誕生日にプレゼントしたろ?」
「そうだっけ? 覚えてないや」
「ええっ! ……まぁ、加藤ってそういう奴だよな」
「結構お気に入りなんだよね。三宅の数少ない成功事例だ」
「加藤は男の誕生日忘れる奴だもんな」
「ああ、あったね。でも悪いと思ったからその夜は大サービスしたげたじゃん」
「……やめて、そういうこと言わないで」
「繊細だよね、三宅。私の男遍歴聞いた時もヘコみまくってたし」
「言う加藤が信じられなかったよ」
「隠しごとしない方が長持ちするって思ってたんだよ」
「にしたって、浮気したことまで平気な顔して言うなよな」
「だって、しょせん浮気だもん。まさかマジギレするとは思わなかったよ」
「普通、するだろ?」
「価値観の相違だね。そういうのが積もり積もったわけだ」
「まぁな……」
「うーん、三宅ってさ、まだ未練あったりするの?」
「あ、分かった、ここがおかしいんだ」
「ホントだ。ゴメンゴメン、直しとく」
「さて、終わりが見えてきたな。早く帰ってオリンピック見ないと」
「で、やっぱり未練あったりするの?」
「……別に?」
…………
「よし、終わった!」
「お疲れ~、三宅」
「帰るか、加藤」
「ん~! 一杯飲みたい気分だ!」
「じゃあ、飲みに行かないか、加藤?」
「んん? それはどうかな?」
「友だちでも飲みに行くくらいするだろ?」
「でも三宅は未練ありじゃん」
「いや、ないっての」
「いいやありありだね。でもさ、結局のところ私は結婚する気ないし、三宅は結婚したいんだよ。寄り戻しても同じことになるだけだ」
「……そうか」
「平井君と飲みに行こうかな? 暇だって言ってたし」
「あのさ、加藤」
「ん?」
「やっぱりやり直さないか」
「でも結婚は?」
「それは……加藤の意志を尊重する。前みたいなことにはしない」
「そっか……でも、今の私は平井君が好きなんだよね」
「平井はやめとけって。後で加藤が傷付くことになる」
「へぇ、束縛してくるんだ?」
「ああ、する。平井はやめて、俺とやり直してくれ」
「3Fか~。1バイトで収まったな」
「え、なんの話?」
「頭下げてくるまで六十三日かかったってこと。十六進数で3Fね」
「え? ああ……え? 数えてたのか?」
「うん、FF、つまり二百五十五日経っても何も言って来なかったら、その時は私も未練を断ち切るつもりだったの」
「あ、そっちも未練あったんだ?」
「当たり前じゃん。三宅の料理の魅力はとんでもないんだから」
「料理……」
「三宅の家で飲もうぜ。私の服、どうせ捨てずに置いてあるんでしょ?」
「お見通しか……。でも平井は?」
「そんなの加藤を揺さぶるためのウソに決まってんじゃん。でも向こうは狙ってきてるから、三宅が話付けといてね」
「お、おう……。あ、もしかして香水も?」
「うん、気付いてくれてうれしかったよ」
「そっか、あいかわらずメンドくさい女だよな、加藤は」
「でも好きなんでしょ? 早く帰ろうぜ、久し振りに三宅の料理が食べたい!」
「おう、いくらでもうまいもん食わせてやる!」
(「お盆休みに出社」 おしまい)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます