二十二話 三十才になったら・前編
やっぱり夏は高校野球がいい。
「かわいいのう、ええケツしとんのう」
クーラーの効いたリビングで寝そべりながらテレビを眺める私。
「こらっ!
「イタッ、やめてよ、お母さん」
掃除機を持ったお母さんに踏まれてしまった。
「ゴロゴロしてるなら家事ぐらいしなさい」
「盆休みくらいのんびりさせてよ。仕事で疲れ果てた心を高校球児で癒やしたいの」
「三十にもなって親に依存しててどうするの? そんなんで結婚したらロクでもないことになるよ?」
「結婚なんて当分する気ないもん。あ、試合終わった。泣いちゃってるよ。かわいそうにのう」
純真な高校球児は見ているだけで胸がキュンとなる。
「三十にもなって彼氏もなしに家でゴロゴロしてるあんたの方がよっぽどかわいそうだよ。前の彼氏に振られてから何年になる?」
「三十、三十言わないで。私の恋愛事情は放っておいてよ」
と、ここでインターホンが鳴った。
明るく応対したお母さんはそのまま玄関へと出ていく。
来たのは近所のおばさんみたいだ。
次の試合が始まるまでは録画しておいたオリンピックを見ようか。
日本の選手が出ている女子の競泳を眺める。
「この子、高校生なんだよね。水遊び同然だった私とは大違いだよ」
今でこそ三十才の干物女だけど、私にだって輝く十代の頃があったのだ。
……あいつ、今頃どうしてるかな?
「ああ、やっぱり水泳は気になるの?」
いつの間にか戻ってきたらしいお母さんに後ろから言われる。
「まぁね、青春の思い出に浸ってたところさ」
「青春ねぇ。あの頃はあの頃でマトモに彼氏作れなかったじゃない」
「ホント、うるさいね。恋愛だけが青春じゃないっての」
「やっぱ、
「あいつはそんなんじゃありません。ただの友だちなんだから」
お母さんは私が中学の頃から塚元とくっつけだなんて煽っていた。
友だちと恋人は全然別物ですから。
「ホント立派になったもんだよ。最初気付かなかったもん」
「ん? どういうこと?」
あいつは東京にいるはずだけど?
「さっき来たの塚元君なんだよ。お盆休みが取れたから帰ってきたんだってさ」
「はぁ? いやいや、だった私を呼びなよ。なんで自分だけ話してるんだよ」
「あんた、そんなみっともない部屋着で人前に出れると思ってるの?」
「ぐっ……」
Tシャツ、短パン、両方ともよれよれの十年モノだ。
「この後、商店街ぶらつくって言ってたよ。追いかけてきなよ」
「別に追いかけてまで会いたい訳じゃないけどね」
「あ、そ。まぁ、好きにすれば?」
お母さんがキッチンへと消える。
それをそーっと見送ってから、私は自分の部屋へとダッシュした。
私は手近にあったTシャツとジーンズに履き替えて家を出る。
商店街は一本道だからすぐに見つかるだろう。
……と思ったら出会わないまま商店街の反対側まで出てしまった。
あれ?
どうしよう、あいつの家まで行くか?
でも、そこまでして会いにいくのも塚元の帰郷をずっと待ちわびてたみたいでシャクに触るな。
……シャクに触るというのはちょっと違うか。
あいつと会うのをちょっと気兼ねしている私がいた。
塚元は東京の大学に行ったのだけど、最初のうちはメールや電話なんかでやり取りを続けていた。
でも、ある日急に連絡が取れなくなった。
電話番号を変えられて、メールの返信も寄こさなくなったのだ。
三年後にごく簡単な詫びが書かれた年賀状が送れてきたけど、そこにも新しい連絡先は書いてなく。
何か事情があったのだろう。
それは分かっているが、やっぱり寂しかった。
十代の頃はずっと一緒だったけど、大人になったらあっさり縁は切れてしまう。
そういうものなのか……。
「美遊、浮かない顔ね」
ふいに後ろから声をかけられた。
振り返ると、本屋の店員の格好をしたものすごい美人がにこにこと立っている。
「あ、
中学高校の時の先輩だ。
目の前にある本屋の娘さんでもある。
「さっき塚元君がお店に来てたわよ」
「そうですか」
なんとなくそっけなく応じてしまった私。
「あの子、こっちに戻ってきたのは随分久し振りらしいわね。ちょっとぶらぶら見て回るだけのつもりだったのに、ゲーセンで遊んでみたら急に昔が懐かしくなったとか言ってた。もう一回商店街をじっくり見て回るらしいわよ」
「ああ、なるほどね。それでのこのこと響先輩の顔を見にきたと」
「そうなのかな? 参考書なんかを懐かしそうに見てたわ。昔は二人でよく買いにきてくれたよね?」
「そうそう、先輩目当てにね」
「ははは」
響先輩が苦笑いをしてしまう。
* *
もうすぐ高校の試験があるというのに塚元の奴は相変わらず色気付いていた。
「早く帰って勉強しようよ」
参考書を本屋の棚に戻しながらうんざり気味に言う私。
「後少し。あの人の顔を見てたら頑張ろうって気になれるんだよ、俺」
「だったら話でもしてくりゃいいじゃん。なんで遠くから眺めるだけなのさ」
塚元の意中の人はレジで店員をしていた。
この本屋の娘さんなので暇を見つけてはバイトしてるのだ。
「いや、だって……『
「元ね。今は
私がそう言うと、塚元は視線を宙にさまよわせた。
考えごとをする時にこいつはよくそうする。
「……聞いたことあるな。古事記に出てくるヒメタタライスケヨリヒメか?」
「さぁ? とにかく姫だってさ。学園祭の裏側で決められたミス城山にも満場一致で選ばれたらしいし」
「詳しいな、
「先輩とはよく話すもん」
「なに抜け駆けしてるんだよっ!」
いきなり目を見開くと私の両腕を掴んできた。
痛いっての。
「ウザいなぁ、話したかったら自分もすればいいじゃん。センパーイ、ちょっといいですか?」
「ちょっと待て、寺坂!」
「随分賑やかね、えーっと、塚元君だっけ?」
響先輩がレジから出て私達のところまでやってきた。
高校生になっていっそう美貌に磨きがかかっている。
「す、すみません騒がしくしてしまい……」
語尾が情けなく小さくなる塚元。
「今は他にお客さんがいないからいいけど。参考書探してるのね。どの教科かな?」
「塚元は響先輩に用があるんですよ。な、塚元」
「えっ! お、おいぃぃぃ、寺坂ぁぁぁ」
「もうさ、受験前にちゃんとケリ付けといた方がいいってばさ。言え、言っちまいな」
私は思いっ切り煽り立てる。
いじいじしたこいつに付き合わされるのはいい加減うんざりだった。
「わ、分かった……。ひ、響先輩……」
お、やる気になったか、塚元。
響先輩を真剣な表情で見つめる塚元だが、響先輩の方は困っているようだった。
そりゃそうだ。今から告白を断らないといけないんだから。
参考書を売ってる本屋の娘なのに、受験生の精神にダメージを与えるのは本意じゃないだろう。
「響先輩、好きです! ずっと前から愛してました!」
どさくさ紛れに響先輩の手を握って言い放った。愛してたは言いすぎだ。
「ありがとう。塚元君の気持ち、とってもうれしいよ。胸が温かくなった」
優しい響先輩が真面目に応えてくれる。
「じ、じゃあ、付き合って下さい!」
塚元が余計な欲を出した。
「ごめんね。今は私、誰とも恋愛するつもりはないの。そういうのにまだ興味を持てないんだ。友達と遊んだり、勉強したり、そういうのが楽しくって。ふふ、子供みたいだよね?」
「いえ、そんな……。そうですか……。じゃあ、仕方ないですね……」
どんどんうなだれていく塚元。
「ホントにごめんね。もう吹っ切れちゃって受験を頑張ってほしいな。どこ受けるの?」
「い、一応、城山を……」
「あ、そうなんだ! 去年私が受験した時、役に立った参考書がね……」
と、響先輩が親切心なのか商売っ気なのかあれこれ参考書を薦めてくる。
塚元はそれをたんまり買うことに。
レジでのお会計の時、私はなんとなく聞いてみた。
「ちなみに先輩、告白されたのって何回くらいあるんですか?」
「ん? 今年? 今月?」
「……ああ、月単位で数えられるくらい」
想像を絶するモテっぷりだ。
そりゃそうだ、顔もスタイルも性格も飛び抜けていいもん。
そして私と塚元は本屋を出た。
「失恋……しちまったぜ……へへ」
「でも気持ちは伝わったじゃん。めでたしめでたしだ」
「はぁ……こうなるとは分かってたけどなぁ……」
塚元は女々しくぐちぐちとつぶやいてる。
「ホント、ウザいなぁ。しゃあねぇ、私の胸で泣きな。泣いて全部忘れちまえ」
友に向かって大きく手を広げる私。これぞ友情。
塚元がうつろな顔を向けてきた。
「へっ、まな板で泣く趣味はねぇよ」
「うるせぇよ!」
減らず口を叩く塚元のみぞおちをパンチでえぐる。
「お、お前、本気で殴りやがったな……」
地面に膝をつけてしまう塚元。
私は屈み込んでその頭をナデナデしてあげる。
「よしよし、かわいそうですね、
「やめろ、マジで泣いちまう」
「胸を貸そうか?」
「寺坂、まな板だからなぁ……」
「うるせぇっての」
結局、塚元は私の前では泣かなかった。
* *
響先輩と別れた私は、もう少し商店街の中で塚元を探そうという気になる。
ちょっと昔話でもしてみたい。その程度の気持ち。
あいつが懐かしみそうな場所なぁ……。
ゲーセンではしょっちゅう格ゲーをしたものだが、そこはもう行ったらしい。
本屋の前にある喫茶店が目に入ったのでそこを覗いてみる。
* *
水泳部の部活を終えた私と塚元はその足でクーラーの効いた喫茶店に逃げ込んだ。
喫茶店なんて中学生らしからぬようにも見えるが、ここのクリームソーダはお子様の間でも人気だった。
私が本屋で買ったマンガ雑誌を読んでいる一方、塚元の奴はさっきからただ腕組みをしているだけ。
「どうしたの、塚元?」
「しっ! 今いいとこだ」
人差し指を口元に当てる塚元は、なぜか眉間に皺をよせている。
なにか考えごとでもしてるのだろうか?
まぁ、相談したいことがあればいつものようにしてくるだろうし、しばらくは静観していようか。
私がマンガを読み進めていると、塚元が深いため息をついた。
首を大きく左右に振る。
「やはりマイルス・デイヴィスはいい……」
聞いたことのない単語をつぶやいた。
「ルイ・アームストロングだよ。全然違うね」
カウンターの向こうからこの喫茶店のマスターが声をかけてくる。
途端に塚元が顔を真っ赤にして首をすくめた。
「マイルス・デイヴィスならこれは聴いたことあるかな?」
と、マスターが壁際にある棚から平べったい正方形を取り出す。
そのやたらでかい厚紙の中から取り出したのはレコード盤という奴。
円盤状のそれをやはり棚にある再生機の上へセットした。
店内に曲が流れ始める。
「あ、これです! これ聴いてジャズに興味持ったんですよ。でも音が全然違う」
「そりゃそうだよ。こいつには金がかかってるからね」
マスターが自慢げにスピーカーをノックした。
今まで全然気にしてなかったけど、お店の小ささに比べてあのスピーカーはでかすぎないか?
「うーん、やっぱりいいなぁ」
「塚元、中学生の分際でジャズなんて聴くの?」
「まぁな。この音楽の深みは、寺坂みたいなお子様には分からんだろうなぁ」
うっとりと「ジャズ分かる俺、格好いい」に酔いしれてる塚元。
「思いっ切り間違えたくせによ」
マイルスなんとかの正体は今いちよく分からないけど。
作曲家? 指揮者?
「う、うるさなぁ、ちょっとした勘違いだっての」
ともあれマスターと打ち解けた塚元は、これ以降頻繁に喫茶店へ通うように。
しかし奴のジャズ熱はこの中学二年の夏の間しか続かなかった。
しょせんお子様の背伸びにすぎなかったのだ。
* *
喫茶店は今日もジャズを流している。私は相変わらずジャズのことはよく知らないけど。
店内を見回しても年寄りが何人かコーヒーを飲んでいるだけだった。
「すみません、人を探してるだけなので。また来ますね」
と、マスターに声をかけて出ようとすると、向こうからも話しかけてきた。
「寺坂さんだったっけ。昔よく来てくれてたよね」
「はぁ、すみません、ご無沙汰してて」
「いやいやそれはいいんだけど。さっき、いつも一緒にいた塚元君が来てたよ」
「あ、そうなんですか?」
一足違いだったか。
「また最近ジャズを聴き始めたんだってさ。話盛り上がったよ」
「へぇ、中学の時だけの熱病かと思ってましたよ」
「そうそう、あの頃ハマってたのを思い出して、もう一度聴いてみる気になったんだってさ」
「ああ、そういうこともあるんですね。あいつ、私のことはなんか言ってました?」
「懐かしそうに悪口ばっかり言ってたよ。君らって付き合ってなかったんだね。いつも一緒だったからてっきり……」
「いやいや、ただの友だちですから。じゃあ、よそを探してみます。また来ますね」
「はいよ」
にこやかに手を上げたマスターに手を振り返して喫茶店を後にした。
ジャズのことは思い出してまた聴き始めたのに、私のことは放置しっぱなしなんだ?
なんかイラってくるな。ここは会って文句のひとつでも付けてやらねば。
八百屋、肉屋、魚屋、酒屋。この辺は関係ないか。
酒屋の頑固親父がやっかいな人で、買ったジュースを店の中で飲もうとしたらゲンコツ落としてきたんだよね。
この商店街には未だに昭和が色濃く残っている。
おもちゃ屋か。
塚元は中学の入学に合わせてここへ引っ越してきた。
だからおもちゃ屋には意外と縁がない。ここもパス。
スポーツ用品店。
二人とも中学高校を通して水泳部だったので、ここには何度もお世話になっている。
ちょっと見てみよう。
* *
私は塚元を引き連れてスポーツ用品店に入る。
別に高校の近くのお店でもいいんだけど、地元の方が気軽なのだ。
「ホント、成長期って奴は困ったもんだよね」
競泳練習用水着を物色する私。
私たちの水泳部には指定された水着というものは特にない。
競泳用でありさえすればどんなものでもよかった。
「まったくだな。まな板がここまで成長するとは思わなかったぜ」
塚元もなぜか私と一緒になって女性用水着を物色している。
「高校二年の今じゃBカップですから。どや!」
塚元に向かって胸を張ってみせる私。
「すごいうれしそうだな」
塚元が覚めた声を出す。
もうちょっと男子っぽい反応を期待していた私は地味に傷付く。
仕方なしに水着探しを再開する。
「そりゃあ、中学の頃は誰かさんに散々まな板まな板言われてたからね。あ、でも胸が大きくなったから水着を変えるわけじゃないよ?」
「知ってる。身体ごつくなったもんな。今何キロ?」
「それは教えたげない。でも重くなった分は全部筋肉ですから、筋肉!」
塚元に向かって選んだ水着を差し出す。
すると塚元が別の水着を隣に並べる。
「こっちの方が似合ってね?」
「うーん、それもいいな……。着比べてみようか。見てくれる?」
「いいぞ。Bカップを好きなだけ見せびらかせ」
言い方に相変わらず熱がないのが腹立つな。
ともあれふたつとも着てみて、合議の結果塚元案を採用する。
お店を出たらもう日は落ちていた。
「うっし! これでガンガン練習して県大会突破してやるぜ!」
「よっしゃ、その意気だ!」
二人して拳を空へと振り上げる。
そのまま二人並んで私の家を目指す。
本当は途中で二人の帰宅路は別れるのだけど、塚元の奴はいつの頃からか私の家の前まで送ってくれるようになっていた。
「で、
「む、むぅ……俺、選手になれなかったしなぁ……」
塚元はいつも恋愛に尻込みしている。
毎回ケツを蹴っ飛ばす私の身にもなってくれ。
「それは関係ないでしょ? 早くしないとあの巨乳を狙ってる男子は多いよ?」
「だよなぁ……。あ、いやいや別に巨乳だから間宮ってわけじゃないぞ?」
「どうだか。響先輩もだったけど、あんたが好きになるのって常に巨乳じゃん」
「ぐ……偶然? 偶然だと思うな?」
私がじとーって見てやると視線を逸らしやがった。
「ちぇーっ、私もせめてCカップあれば塚元君のお眼鏡にかなうのかなぁ~」
ヘンな裏声を使いつつ地面を蹴るマネをする私。
「ああ、それは言える」
「えっ! ちょっと待って!」
ただの冗談に予想外の返しをされた。
「寺坂が一番気が合うからなぁ。気楽っていうか。それでEカップあればカンペキなんだよ、俺的に」
「ふざけんなっ!」
思いっ切りボディーブローを叩き込んでやる。
しかし奴も部活で鍛えているので少しもへこたれない。
ぽんと私の頭を叩いてきた。
「ほら、こういうノリな。他の女子だとこうはいかないんだよ」
「じゃあ……付き合っちゃおうか?」
「え?」
私の言葉に塚元の足が止まる。
私は潤んだ瞳で目の前の男子を見つめた。
「塚元とだったらいいお付き合いができるって思うんだ、私。Bカップで大変申し訳ないけど、そこだけ妥協してくれないかな?」
首を傾げてお願いをする。
「で、でも……俺は間宮が……」
「そっか……だよね……」
うつむいて鼻をすする私。
「え? 泣いてるのか、寺坂?」
私は小さく首を振る。
本当は塚元を安心させるべきなんだろうけど、顔を上げるなんてできない。
「塚元となら……って、思ったんだけどな……。でも、全部私の一方通行だったんだ……」
「そんなことないって。……俺だって、お前とならいい付き合いができるって思ってる」
「でも、塚元は間宮さんなんだ?」
もう一度鼻をすする。
「いいや……間宮は……」
「間宮さんは?」
「間宮は……やめておく。それよりずっと側にいた……」
「間宮さんのこと、諦めてくれるの?」
私は顔を上げて塚元を見た。
向こうも私から視線を外さない。
「ああ、間宮のことはもういい」
「は~い! 証言ゲーット!」
私はにかっと笑うと携帯を取り出した。
すぐさま電話をかける。
「え? 電話? いや寺坂、今大事な話……」
「は~い、間宮さん。寺坂でーす!」
「え? 間宮?」
「今、塚元君から間宮さんどうでもいい宣言を頂戴しました! よかったね! これでおっぱい星人の下卑た視線に晒されることはなくなったよ?」
「え? おっぱい星人? 下卑た視線?」
「はいはーい。じゃあ、報酬の駄菓子盛り沢山よろしくねっ!」
通話を終える私。
塚元に向かって満開の笑顔って奴を見せつけてやる。
ようやく事態を悟ったらしい塚元は絶望的な表情。
「はぁ? だまし? 今の全部だまし?」
「そのと~り! 塚元の粘着質な視線に悩まされてた間宮さんから相談受けたんだよね。じゃあ、きっぱり諦めさせるからって話になったの。いや~、まさかこんなにうまく行こうとは」
「お前なぁ……やっていいことと悪いことがあると思うんだよな……」
私の肩を掴んで揺さぶってくる塚元。
「もう手遅れだもんね。あんたは理想的な巨乳より手近なBカップで妥協しようとしたんだ。この事実は覆らない」
「巨乳とかBとかそういうの関係なくさぁ……」
なおも揺さぶってくる。酔う酔う。
「いやいや、よく冷静になって考えてみなよ。私と塚元がお付き合いするとかあり得ると思う? 私と、塚元、なんだよ?」
塚元の手がようやく止まった。
いつものように視線を宙にさまよわせて考えている。
「そっか……俺と、寺坂が、付き合う、か。ないな、ない」
「でしょ? そんなのあり得ないんですから」
私はひとりで先を歩きだす。
「はぁ~、俺は何をとち狂ってあんなことを……」
とぼとぼと後ろからついてくる塚元。
それから一週間くらい塚元は暗い顔をしていた。
一方の私は十日間くらいにこにこ顔。
なんでそんなに機嫌がいいのか自分でもよく分からなかった。
* *
私はスポーツ用品店の中に入る。
どうも奥の方が騒がしい。
行ってみるとテレビを据えてオリンピックの録画を流していた。
それを近所の暇人たちが集まって見ているのだ。
私は横顔を見た瞬間に気付いた。
「塚元!」
テレビを見ていた三十男が声に反応してきょろきょろする。
すぐには私を見付けられない。
奴め、小洒落たシャツなんぞ着おってからに。
「どこ見てやがる、ここだよ!」
私はこっそり近付くと、どんと身体をぶつけてやった。
少しよろけた塚元は、私の顔をまじまじと見つめながらまだ反応を示さない。
どちら様ですか? と表情で訴えかけている。
「いや、私。分かるでしょ?」
首を傾げる塚元。
あれ? 私の人違い? 確かに年は取ってるけど塚元のはずなんだけどな?
「あの……塚元、君……だよね?」
他人行儀におどおどと聞いてしまう私。
「ぷふっ!」
塚元が吹き出しやがった。
「あっ! 最初から分かってたろ!」
火照る顔を誤魔化すようにぽかぽかと殴ってやる。
「悪い悪い、でも見た瞬間は分からなかった」
「そう? 全然変わらないっていっつも言われるんだけど」
私は手を止めて首を傾げた。
「いや、すっげぇキレイになったって、寺坂」
「えっ……」
思わず言葉に詰まる私。
「うわ~、塚元。今のすっげぇ寒気したんだけど?」
今の私はきっと苦虫を噛みつぶしたみたいな顔。
「よしよし、それでこそ寺坂。出ようか」
塚元がひょいひょいと人を避けながら店の外へと出ていく。
私もその後ろを追いかけていく。
あいつ、あんなに背が高かったかな?
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