十八話 彼女は話が通じない
「
「どこへ?」
「どこへ? い、いや交際してくれって意味なんだけど」
「交代? シフトを? なるほど、シフトを変わってほしいけど、店長はいつも
「職場環境の話は今度しようぜ? シフトの話じゃないんだよ。……あのさ、最初からちゃんと言うけどな。俺、お前のことが好きなんだ。ずっと前からな」
「へぇ、そうなんだ?」
「あれ? なんか他人事っぽいぞ?」
「そっかぁ、
「いや、御前崎さんじゃない。よく聞いてくれ。俺、
「私をフルネームで呼ぶなぁぁぁっ!」
「ご、ごめん……」
「私は玉子って名前が大嫌いなの。こんなの昭和ですらあり得ないよ。そう思わない?」
「そ、そうかな。かわいいと思うけど」
「嘘だっ! こんな名前を付けられた私の気持ち、考えてみてよ!」
「あの、それより俺の気持ちは伝わった?」
「え? 勇気って名前は格好いいんじゃない? 上原君によく似合ってるよ」
「いや、名前の話は置いておこうぜ。俺は、神崎のことが、好きなんだ。そのことを、まず理解してほしい」
「はっ!」
「えっ! 鼻で笑うの?」
「だって上原君は高校でも人気者じゃない。一方の私はクラスの隅っこでカビと一緒に生息しているような女。好きなんてあり得ない。あり得な~い」
「い、いやそうは言っても実際好きなんだよ。毎日毎日お前のことばっかり考えてる。挙げ句お前がバイトしてるこのコンビニまで押しかけちまったんだ。好きなんだ。お前のことが好きなんだ」
「なんだ、やっぱり御前崎さんか。あの人に目を付けるなんて、なかなかやるよね!」
「親指をぐっと立てるな。そもそも御前崎さんは男だろ? そうじゃなくて、おま……神崎。神崎のことが好きなんだよ! 頼むから通じて!」
「はっ!」
「ええっ! ここでループ?」
「だってリアリティがなさすぎる設定だもん。私が男子に好かれるなんてあり得ないよ。ましてや上原君? あり得な~い」
「でも、神崎ってかわいいじゃん」
「はっ!」
「まつげが長くってさ」
「らくだみたいだよね」
「髪が艶々でさ」
「貞子みたいだよね」
「つぶらな瞳」
「宇宙人のグレイみたい」
「白い肌」
「死んでるみたい」
「ナデナデしたいくらい小さくって」
「小学生とよく間違えられるんだよね」
「神崎、もっと自信持って生きて!」
「いや、外見はこんなだけどさ。私は自分が頭いいって知ってるよ? 受験当日に風邪引いたから、あんな頭悪い高校に通ってるけどさ」
「頭いいくせに、俺の気持ちは理解してくれないんだ?」
「上原君の気持ち? ああ、私を好きだって話?」
「あ、なんだ、通じてるんじゃん」
「でもそれはすごく都合が悪い、私的に」
「そうなんだ……。振られたのか、俺?」
「だって、上原君は絶対店長だって。上原
「上原かける店長。何をかけるの?」
「店長って上原君につらく当たるでしょ? でもそれは表向きの話なの。二人っきりになったら立場逆転。上原君が激しく店長を責め立てるんですよ、性的に」
「責め立てる? 性的に?」
「そこに御前崎さんも絡んでくるんだよね。いや~、ただのコンビニなのに美形揃いなんて、たまらんですよ」
「ゴメン、話についていけない」
「だからBLだよ。男と男が愛し合うの。つまり私こと神崎は、あなたこと上原君をがっつり妄想の餌食にしております!」
「ぺこりと頭を下げられても。ええ? 男と男が愛し合う? しかも店長と? 俺、店長のことは率直に言って嫌いなんだけど」
「憎しみがやがて愛に変わるのだよ。くくく……」
「むしろ俺の愛が憎しみに変わりつつあるよ」
「そっか、よかった。じゃあ、私とお付き合いしたいとかいう妄言は引っ込めるってことで」
「でも好きなんだぁぁぁっ!」
「叫ばないでよ。やめときなって、一般人がBL好きの彼女なんて作ったらロクでもないことになるよ? 少なくとも年二回は東京の同人誌即売会に行くんだしね?」
「だ、大丈夫。愛さえあれば大抵のことは乗り越えられる……」
「クソッ、粘りやがる。奥の手のBLの話まで持ち出したのに……」
「あれ? もしかして最初から話通じてた? 分かっててすっとぼけてた?」
「そーんなこと、ないよ?」
「思いっ切り顔を背けた! いや、だったら普通に振ってくれたらいいのに」
「下手に傷付けるくらいなら、いっそ呆れられた方がいいのさ」
「メンドくさい生き方してるね。でもそういうとこが好きなんだ。ホントは優しい子なんだよ、神崎って」
「やめて、褒められ慣れてないからすごく居心地が悪くなる」
「かわいい……やっぱり神崎ってかわいいよ」
「やめてください」
「なぁ、抱き締めるのとキスするの、どっちがいい?」
「え? そんなのされたら私……」
「じゃあ、抱き締めてキスする」
(「彼女は話が通じない」 おしまい)
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