十二話 お節介焼きどもが騒がしすぎる
私が
「いや~、熱い熱い、モッちゃんモテモテだぜぇ~」
などと観音寺の奴が手をうちわみたいにして自分を扇いでみせる。
こいつ小学生かよ。私たちはもう中学二年生なんだぞ?
「私、別に望月君のことは好きじゃないから」
「へぇ! そんなこと言っていいのかよ? モッちゃんの親友たる俺が、
観音寺はホウキを持ったまま私の周りをうろうろ歩きやがる。
ガタイのいい観音寺にそんなことをされると、ちんちくりんの私はまるっきりいじめられてるみたいだ。
実にうっとうしい。
うっとうしいが、観音寺が望月君の仲よしというのは確かな事実だった。
むむむ……。
本来無関係な観音寺だが、うまく使えば使い物になる?
私の中でぐるぐると打算が渦巻く。
と、私の親友にして同じ掃除の班のマヤが口出ししてきた。
「そんなこと言いながら、ホントは恋の仲立ちなんてする気ないんでしょ? キンコンカンは?」
「俺の名字は観音寺だっ!
観音寺がマヤをしっしと追い払おうとするが、私こそ観音寺をしっしとしたい。
「あんたこそ掃除しろよ。いっつも何やかんやでサボりやがってさ」
「おいおい、たかが掃除と山口の恋心。どっちが大事かってぇのは、言わなくても分かるだろ?」
「まずは掃除だ」
いきなりマヤが右足を前へ突きだした。
そこにあるのは観音寺の、股間?
「ぎゃっ!」
「ふん、ざまぁみろ」
ええええ? 何やってんの、マヤ? ソコは大事な場所なんだよ?
無残うずくまる観音寺。
「き、貴様……今の、空手の蹴りじゃねぇか……」
そう、見た目黒髪ロングのお嬢様みたいなマヤだけど、小学校低学年の頃からがっつり空手を習っていた。
いやいやいや、格闘技の技を掃除の時間に使っちゃダメでしょ?
「正面蹴りは空手の基本。最近ずっと稽古をサボってるから直撃食らうんだよ」
さらに床に転がる観音寺を足蹴にしていく。
あれは多分、空手の技じゃない。
まるで虫けらを踏み潰すみたいな蹴りだった。
怖えええ……。
よくこんなのと親友やってるな、私。
「やめろ! やめ、やめて? やめてください、
「カンナの恋は私に任せとけばいいの。どうせあんたは引っ掻き回すだけなんだ」
命乞いする虫けらを容赦なく踏み続ける親友。
「このクソアマァァァ!」
観音寺が咆哮し、マヤの足を払い除けようとした。
いいや違う。
「ぎゃーっ! 何しやがる!」
「へっ、ピンクか」
マヤのスカートをめくりやがった。だからお前は小学生かよ。
「シネッシネッシネッ!」
不穏な言葉を吐きながらマヤは蹴り続ける。
ここでチャイム。
あれ? 私の話はどこへ行ったんだ?
ホッとしたような、ガッカリしたような?
そして放課後。
今日は文芸部の部活もないし、帰宅部のマヤと一緒に帰ろうか。
「おっと帰る前に!」
マヤの席まで行こうとした私の前に立ちはだかるのは……また観音寺かよ。
「観音寺、あんたは部活行きなよ。私のことなんて放っておいてさ」
「そうは行くか。見付けちまった恋路は叶えて差し上げねぇと寝覚めが悪いってぇもんだ」
ニカッと歯を見せた笑み。ムカつく。
「あんたの寝覚めなんて知ったことか。さっきも言ったとおり、私は望月君のことなんて好きでも何でもないですから」
……ってところで教室に入ってきたのは望月君!
聞かれた? 聞かれちゃった?
「何やってんだよ、カンスケ。早く部活行こうぜ」
望月君は私のところまでやって来ると、観音寺の頭を後ろから叩く。
あ、目が合っちゃった。
「よう、山口」
「ど、どうも、望月君」
ど、どうもじゃないよ。
望月君はいつもどおり、屈託のないさわやかな笑顔。
彼をこんな間近で見るなんて久し振りだ。
「よう、モッちゃん。知ってるか? 山口って、お前のこと好きなんだぜ?」
か・ん・の・ん・じ・お・ま・え!
恋の仲立ちをするならするで、段取りとかそういうのちゃんとしろよっ!
「え、マジ!」
驚いた顔で私を見る望月君。
こういう反応になるのも仕方がない。
私たちは中学一年の時に同じクラスだったけど、特に親しく話したりはしなかった。
私に勇気がなかったのだ。
「いやいや、違う違う! 違うから!」
ほら、今だってこんなふうになる。私のバカ。
「なんだよカンスケ。期待だけさせといて、がっかりさせんなよな」
え? 期待? 期待って何?
「ほほう、それはつまり、望月的にはカンナはありだと?」
望月君の後ろからひょこっと顔を出して来たのはマヤ。
私は見ていた。
この三秒前、マヤのド鋭い拳が観音寺の脇腹をえぐるところを。
観音寺、舞台の袖へ退場。
「とーぜん。ちっこくてかわいい山口はありだろ!」
まさかの望月君からの、私あり宣言!
なーんてね、この人はノリがいいから適当に合わせてるだけだ。
あるいは私に気を遣ったり?
「だってさ。やったね、カンナ!」
親指をぐっと立ててウインクのマヤ。
「いや私、そういうんじゃ……」
「ダメだよぉ~カンナぁ~。ここまで来たんだから、シャンとしないとぉ~」
スキップで私の横まで回り込んできたマヤが肩を抱いてくる。
マヤなりに積極的なアシストをしてくれているようだが、正直ありがた迷惑だった。
周りに騒がれたところで勇気なんて出てこない私という人間を、そろそろ理解して欲しい。
「おいおい、小松崎。山口はイヤがってるだろ? 分かってるって、山口」
「え? 何が?」
「カンスケと小松崎にからかわれてるだけだろ? 山口が俺を好きなんてあるわけないよな、残念ながら」
ほら、周りで騒いでも結局こうなるんだよ。
でもこの現状維持に、実のところ私はホッとしていた。
仲がいいわけでもないのにいきなり告白なんて、ハードルが高すぎるよ。
「あのさ、望月。あんたは女子にモテるサワヤカさんのくせに、女心の機微って奴をさっぱり分かってない。さっぱり分かってない」
マヤはまだまだ食い下がる。
もうホントに勘弁してください。
「マ、マヤ、もういいから……」
「もーう。カンナ、勇気なさすぎだぞ? いいから、ガツーンとカマしてやりなよ。ガツーンと」
ガツーンと言いながら私の肩を揺さぶってくる。
体育会系たるマヤはあまりに強引すぎるので、臆病な文化系たる私は時たまツラくなる。
「ほら、山口も迷惑そうだ。俺なんて全然モテないし、みんなのオモチャにされてるだけだっての」
「まぁね、その側面はあるのかも。でもだからって、真実の恋を見逃しちゃあいけないですよ。じゃじゃ~ん!
マヤが空手仕込みの怪力で私の背中を押しやがった。
よろけて……というか、吹っ飛ばされて望月君にぶつかる私。
「ゴ、ゴメン、望月君」
「大丈夫かよ、山口。おいさぁ、からかうにしてもやりすぎだって、小松崎」
「そんなんじゃないよ。私は親友のためを思って。親友のためを思って、粉骨砕身頑張ってるんですよ」
もういい加減うんざりだ。
マヤが私のためを思ってくれているのはそうなんだろうけど、あまりにやり方が雑すぎる。
私がマヤに文句を付けようとしたところで邪魔が入った。
消えたと思った観音寺が再び登場。
「こ~ま~つ~ざ~き~!」
この際、こいつでも何でもいいから今の状況から私を解放して?
「今いいとこだ、黙ってろ!」
「お前なぁ、さっきの突きはシャレになってねぇぞぉぉぉ!」
「だからうるさいっての!」
マヤがいきなりのローキック。
しかし素早く足を上げて受け止める観音寺。
「三度目を食らう俺じゃないぜ?」
「ちっ!」
なんか闘い始めた。
「あれ? 観音寺も空手やってるの?」
私は格闘技なんてよく分からないけど、どうも互角にやり合っているように見える。
マヤは相当強いはずなんだけど?
「そうなんだぜ、カンスケも小松崎と同じ道場に通ってるんだ。最近は部活が優先だけど」
「へぇ、そうなんだ?」
「あの二人、ホント仲いいよなぁ」
「だよね、実のところいいコンビなんだよ」
ん?
あれ?
私今、誰と話してるんだっけ?
「どっちが勝つか賭けようぜ、山口? 俺は小松崎だな」
「そ、それじゃあ、賭にならないよ、望月君。私もマヤだもの」
ごく自然に望月君と会話しながら空手なんて観戦してるぅ!
さっきぶつかったばかりだから、かなり距離が近いんですが!
「おい、モッちゃん! 俺を応援しろよ!」
「隙ありゃあっ!」
「ぎゃっ!」
「うわっ、痛そう」
太ももにモロ蹴りが入った。
床に膝を付ける観音寺。
それを見届けたマヤが、両拳を高々と掲げてこちらにアピールしてくる。
「いい試合だったよ、マヤ」
「まぁね。道場サボってる奴に負ける私じゃないよ」
どこまでも得意げなマヤ。
望月君が呆れたようにため息をつく。
「でもホント容赦なしだよな? いくら仲がいいからってやり過ぎじゃね?」
「仲がいい? いや別に、仲がいい訳じゃないよ?」
望月君の指摘にマヤが首を傾げた。
「でも、掃除の時間もいっつもじゃれ合ってるじゃない」
私も指摘する。
「え? え? そんなんじゃないよ、私たち? なぁ、学」
「ま、まったくだ。俺と摩耶が仲いいなんてありえねぇっての」
まだまだダメージが残ってるらしい観音寺が絞り出すような声で言う。
「でも今だって名前で呼び合ってるじゃない」
「え? いや、道場じゃみんなそうなんだって」
「へ~」
望月君がからかい混じりの声を出す。
そういえば、この子は結構ないたずらっ子だった。
「モッちゃん、頼むぜぇ。こんな暴力女、顔も見たくねぇんだってばさぁ」
「あ、そうだ。山口さん、観音寺君の女性の好みなんて知りたくありませんか?」
「本来これっぽっちも興味ありませんが、今限定で是非とも知りたいですね」
「ちょっと待て! モッちゃん!」
焦る友人の方へ、望月君が実に楽しそうに意地悪げな表情を向ける。
「黒髪ロングですよ、山口さん」
「ほほう、黒髪ロング! 私に心当たりがありますよ? 黒髪ロング」
「はぁ? 何言ってんの、カンナ!」
黒髪ロングなマヤが焦った声で叫ぶ。
色恋沙汰に縁のないこの子は、たまにこういう話題を振られたら途端にグダグダになってしまう。
親友たる私はよく知っていた。
「あっ! 今大事なことを思い出しましたよ、望月君」
「ほほう、ぜひ聞きたいですね」
「つい先週、マヤがご機嫌で登校してきた日があったんです。聞けば、ずっと道場をサボってた奴が顔を見せたんだとか」
「ほほう、それはもしや木曜日では? その前日は部活が休みだったんですが?」
「ビンゴォ! ですね、望月君」
「勘弁してくれよぉぉぉ」
悲痛な叫び声を上げながらマヤが頭を抱えてうずくまる。
パンツ見えるよ?
「もう、マヤァ、言ってくれたらいいのにぃ。掃除の時間、もっと気を遣うべきだったね、私ぃ」
周りに騒がれるウザさを堪能しろ、マヤ。
とはいえ、これ以上追い詰めるのはやめておくけど。
ありもしない恋心を引っ掻き回されるなんてキツいもんね。
と、いきなり望月君が私の肩を抱いてきた!
「山口。これから二人で、あの素直じゃない空手コンビを応援していこうぜ?」
「う、うん、そうしようか」
何このオイシイ展開?
親友を犠牲にするのは心が痛むけど、今は望月君とのお友達関係構築が最優先だ。
すまぬ、マヤ……。
そして男子二人は部活に行き、女子二人は下校する。
しょーじき、私の胸中は罪悪感で酷いことになっていた。
「私を軽蔑するかね、マヤ?」
かろうじてそう言う。
「んーん」
「え? ホントに?」
見るとマヤの口元はどこか緩んでた。
「カンナと望月をくっつけるのにさぁ。四人で遊びに行くとかってありじゃない?」
「四人で? ダブルデート的な?」
「ち、違うってば、遊ぶだけだよ。……私と観音寺は賑やかしってことでさ」
そう言うマヤは耳まで赤く染めている。
こんな乙女な顔をしている親友は初めて見た。
「……正直に言いなよ、マヤ」
「い、言わない」
拗ねたような声を出す。
もうモロバレだよね。
「ええ~。私はちゃんとマヤに言ったのになぁ」
「そ、そんな簡単じゃないんだよ、私の場合」
「まぁいいけど……」
「怒った?」
マヤがちょっと不安げな表情で私の顔を覗き込んできた。
「まさか。マヤには望月君のことでいっつも助けてもらってるからさ。私も何かお手伝いできなかなって思っただけ」
「そっか。……じゃあ、いざって時は助けてもらうかもしんない」
「うん、任しといて」
この子は自分の恋愛のこととなるとまるでダメっぽいから、きっと私があれこれ世話することになるだろう。
楽しみといえば楽しみ。
しばらく会話が途切れた後、マヤがぽつりと言葉を漏らす。
「……さっきのあれ、わざと負けてくれたんだよ?」
「へぇ、ちょっと格好いいかもね」
「ほんのちょっぴりだけね」
そして私たちは別れ道で手を振ってのバイバイを言い合った。
よし、乙女二人、頑張りましょうか。
(「お節介焼きどもが騒がしすぎる」 おしまい)
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