十一話 着物美人と幼馴染み

 今日も茶道部の活動を無事に終える。

 いい時間を過ごしました。


「はいはい、みんな片付けてしまって。ほらそこ! お茶菓子の余りを摘ままない!」

「ええ~? いいじゃないですか、華子はなこ先輩。余りなんですし」


 と、口答えしたのは怒られた本人ではなく、その近くにいた後輩。


「ダメよ、そうやってあずま君を甘やかしたら。ただでさえ調子に乗ってるんだから」

「別に調子になんて乗ってないっての」


 お茶菓子の載っていたお皿を持って東が立ち上がる。

 東行成あずまゆきなり君は大層おモテになった。

 別に特別格好いい訳でもない。

 ただ、我等が茶道部の唯一の男子だからという、それだけの理由でモテていた。


「華子さんも目くじら立てないの。きれいな顔が台無しよ?」


 部長はおおらかすぎだ。

 今も東の奴は流しまで行ったついでに女子とイチャイチャするつもりに違いないのに。

 かといってあんまり怒りすぎる訳にはいかなかった。

 私が嫉妬でもしているみたいに取られたら堪ったものじゃない。

 もういいや、私は私で片付けをしていこう。

 茶釜の手入れをし終わり、いつも仕舞っている木箱まで運ぼうというところでふいに釜が軽くなった。


「よう、俺が持っていくぜ、樋口ひぐち

「余計なことはしないで頂戴」


 東に厳しく言い、私の手で茶釜を仕舞う。

 ああやっていい男ぶって女子の心を掴もうというのだろうが、この私にそんな手が通じるとでも思っているのか?

 ともあれ片付けは終わり、解散となる。




 私が茶室を出ようとしたら東と鉢合わせた。


「あれ? 樋口、また着物のままかよ」

「東君には関係ないでしょ?」

「お前、その格好でうろついてるの、結構目立ってるんだぜ?」

「私はそんな人の目なんて気にしませんから」


 東を置いてさっさと昇降口に。

 実際見られているのは知っているけど、服装をどうこう思われようが別に気にする私ではない。

 着物は日本の衣装なのだし。


「よう、一緒に帰ろうぜ」


 私が草履に履き替えたところで東の奴が後ろから声をかけてくる。


「好きにすれば?」


 いちいち過剰な反応なんてしない私。

 すぐに東が隣に並んできた。


「今日は古典の課題が多いよな」

「多いだけで、内容は難しくないわ」

「樋口は文系強いもんな。一方の理系はダメダメだけどな。代数の課題、どうするよ」


 実は内心困っている。


「別に? どうもこうもないわ。やってみて、できなかったら開き直るまでよ」

「ああ、開き直るんだ。華子らしいや」

「ちょっと! 馴れ馴れしい呼び方しないで!」


 厳しく睨み付けてやっても軽く肩をすくめてやり過ごされた。


「じゃあさ、俺んちで今日の課題一緒にしないか? 代数教えてやるから古典見せてくれよ」

「そうね、後十メートル待ってくれる?」

「はいよ」


 東と二人並んでてくてくと十メートル歩く。

 ちょうどそこにあるのは校門だ。




 校門を通過すると学校の外。

 ここから家までは歩いて帰れる。


「ゆーくん、学校じゃ馴れ馴れしくしないでって言ってるでしょ?」


 軽く袖でゆーくんを叩いてやった。


「いいだろ。みんな知ってるんだぜ? 俺たちが仲いいの」

「あなたが隠さないからよ。私たち、もう高校二年なの。いくら幼馴染みだからって子どもみたいに仲よしだなんて、周りから何て思われるやら」

「幼馴染み? あ、そうか、俺たちって幼馴染みなのか」

「え? その自覚なし? 生まれた時からお向かいさんなのに?」


 じゃあ、私たちはどんな関係だと言うのだろうか?


「幼馴染みっていうか、悪友だよな?」

「悪友はないでしょ? 私、おしとやかな女の子なんですけど」

「おしとやかねぇ。カブトムシを乱獲しては学校で売りさばいてたくせに」

「し、小学校時代の話でしょ? それに甲虫類販売株式会社はゆーくんの企画よ?」


 社員は二人だけなんだけど。


「まぁ、そうだ。先生に怒られたのはお前も一緒だけど」

「万単位は稼ぎすぎたわね」


 口のうまいゆーくんに、虫の捕獲がうまい私。いいコンビだった。


「また行こうか。小学生相手に一稼ぎしようぜ」

「いやよ。もう虫とか触れないわ」

「え? そうなの」

「そうですよ。淑女は虫なんて触らないものなの。実際、いつからか触れる気がしなくなったのよねぇ……」

「へぇ、華子も一応女っぽくなってるんだ。身体は相変わらずの寸胴のくせに」

「見たことあるのかよ!」


 こうやって平気で心をえぐってくるのがいかにも幼馴染みだ。


「いや、見たじゃん。去年の夏祭り。誘いに行ったら浴衣に着替えてる最中だったんだ。全裸」

「そ、それは忘れなさいって言ったでしょっ!」


 草履の足で蹴っ飛ばしてやる。


「やめろって、着物で足上げるなよ。あの時見たお前の身体は実に残念だった……」

「残念って言うな!」


 今度は学生鞄をぶつけてやった。

 くそっ、どうせ背ばかり伸びてますよ。


「まぁ、いいじゃん。寸胴の方が着物は似合うんだしな」


 うるさいなぁ……。


「どうせ佐々木先輩みたいじゃありませんよ、私は」

「佐々木先輩なぁ、あの人、着物着ててもスゴいよなぁ……」


 茶道部一のナイスバディに思いを馳せているらしいゆーくん。

 自分で話を振っておいて何だけど、ムカムカしてくる。


「いやらしい。ホント、ゆーくんはいやらしくなったわ」

「いやらしいって言うなよ。ごく健全な男子高校生だから」

「嘘付きなさいよ。茶道部じゃ女子に媚びまくって、ハーレム気取りじゃない」

「ハーレムって……。お前、そういうラノベの読みすぎ」

「でもハーレムじゃない。選り取りみどり、取っ替え引っ替え、イチャイチャイチャイチャ」


 茶の湯の場にふさわしからぬ実に不健全な態度だ。


「ちょっと仲よく話してるだけだっての。誰かさんは相手してくれないし」

「まぁ! 私まで侍らすつもりなの? この幼馴染みさんは!」


 口に手を当てわざと大げさに驚いてみせる。

 実際、あのイチャイチャの中に混じるなんて真っ平ゴメンだ。


「侍らすってなんだよ。現状、誰も侍らせてなんていませんが」

「嘘言いなさいよ。さっそく今年の一年にも手を付けてるくせに」


 私はちゃんと知ってるんだぞ?


「あれ? ヘンなふうに話が伝わってないか? 手を付けたっていうか、デートに誘ってきたのは向こうなんだぜ?」

「そうなの? で、そのデートには応じたの?」

「それをなんで華子が知りたがるんだ?」


 なんだかバカにしたような顔で聞いてきやがる。


「茶道部副部長として、風紀を正す役目があるのよ」

「副部長ねぇ……」


 あごを指でかいてまるで本気にしていない態度。


「で? どうなの? デートには応じたの?」

「応じてない。ていうか、向こうだって軽い気持ちだからな。そんな華子が目くじらを立てるような話じゃないし」

「どうだか。米倉さんは本気だったわ」


 私は思わず立ち止まる。

 同学年で同じ茶道部の米倉さん。

 彼女は半年前、ゆーくんに告白していた。私も知っている。

 数歩先を歩いてからゆーくんが振り返った。


「確かに米倉さんから告白されたよ。でもその時、ちゃんと断ってる。俺には好きな奴がいるからって」


 結果だけは私も知っている。

 どう断ったかは初めて知った。




 私とゆーくんはお互いに視線を外さない。


「ゆーくんが好きな人って私のことよね?」

「ああ」

「私のことが好きなくせに、他の女とイチャイチャするんだ?」

「お前こそどうなんだよ」

「私?」


 いきなり返されて驚いてしまう。

 今はゆーくんの話のはずだ。


「そうだよ。学校じゃツンツンしてるくせに、こうやって二人の時は昔通り。俺の気持ちを知ってるくせに、華子の態度は訳分かんねぇんだよ」

「私は普通に幼馴染みとして接してるだけだわ。学校でああいう態度なのも、大きくなった幼馴染みとしてはごく普通のものよ。仲がよすぎるとヘンな誤解をされかねないんだから」


 中学くらいからそういう態度を取るようにしていた。

 二人で一緒に遊ぶ時間が少なくなって寂しかったけど、それが男女の幼馴染みというものだと思うことにしている。


「ヘンな誤解って……」

「お付き合いしてるわけじゃないのにそう思われるなんてイヤだわ。私たちはあくまでも普通の幼馴染みでしょ?」

「いいや、俺たちはもう普通の幼馴染みじゃない。俺はちゃんと告白したんだ。去年のクリスマスにな」


 ゆーくんが挑んでくるみたいな強い視線を向けてきた。

 私も負けじと対峙する。


「いいえ、それでも私たちは普通の幼馴染みよ。だって私は断ったんだから。私があなたを受け入れない限り、二人の関係はビタ一文変わらないの」


 私は当たり前のことを言った。


「それも一週間前までの話だ。お前は俺を受け入れてくれたはずなんだよ」

「え? 何の話?」


 意外なことを言われて驚いてしまう。

 しかし私の態度こそ意外らしく、ゆーくんは強ばった表情で肩を落とした。

 そしてすがり付くように訴えかけてくる。


「いや、一週間前のデートの後に、俺のキスを受け入れただろ?」

「デート? あれはデートに含まれるの? ただの古書店巡りよね?」

「あ、まずそこから引っかかるんだ」


 先週の土曜日、私はゆーくんを荷物持ちに雇って古書店を巡った。

 たんまり買ったので相当文句を言われたものだ。


「あれはただのお買い物。喫茶店代だって私が払ったのよ?」


 荷物持ちの賃金として、ショートケーキをおごって差し上げた。

 まぁ、楽しかったのは楽しかったけど、やっぱりお買い物だ。


「俺にとってはデートだったんだよ。じぁあ……じゃあ、お前にとってはあのキスは何だったんだ?」


 確かにキスはされた。

 家の前で、別れ際に。


「うーん? 小さい頃にいっぱいしてたし、別にいいや、みたいな?」

「なんだそれ……」


 がっくりと膝から崩れ、地面に両手をついてしまうゆーくん。


「え? でも、今さらじゃない?」


 あまりのオーバーリアクションに焦ってしまう私。

 駆け寄るべきか、どうすべきか?


「じゃあな、あの時俺が言った『好きだ』って言葉はどう受け止めたんだ?」


 地面の上にどっかりあぐらをかいて聞いてくる。汚れるよ?


「え? ちゃんと伝わってるわ。クリスマスの時に振られたくせに、相変わらず私のことが好きなんでしょ? 恋愛感情を抱いてる。そして好きだからキスしてきた。ほら、ちゃんと伝わってる」

「じゃあお前は、自分のことを好きな男がキスしてきたのに、別にいいや、でスルーなのか?」

「スルーっていうか、ゆーくんにはゆーくんの事情があるってちゃんと分かってるわ。だからビンタも何もしなかったんじゃない。ゆーくんは幼馴染みなんだし、キスくらい別にいいわよ」

「別にいいのか~」


 ぐったりうなだれる。

 さすがにそろそろ駆け寄った方がよさそうだ。

 前まで行ってしゃがみ込む。

 でもここからどうしたものやら?


「あ、あの、ゆーくんのショックのツボがよく分からないんだけど……」

「じゃあな……」


 ゆーくんがいきなり私の両肩を掴んできた。

 そして真剣な面持ちで口を近付けてくる。


「今ここで、キスするぞ?」

「いいわよ、別に。ゆーくんなら」

「別にか~」


 ふらりと立ち上がって後ずさるゆーくん。

 情けない顔をした彼を、私は屈んだままただ見上げるしかできない。


「あれ? キスしないの?」

「しない、できない」


 ゆーくんの態度は相変わらず不可解だ。

 どうやら私の言うことがお気に召さないらしいが?


「あの、もう少しちゃんと説明しておくとね? ゆーくんは私のことが好き。でも、私は特に恋愛感情は抱いていない。それじゃあ申し訳ないから、キスぐらい別にいいかなって思ってるんだけど、どこが問題なの?」

「そういう情けはむしろ男心を傷付けるんだよ」

「あ、そうなんだ……」


 どうやら知らず知らずのうちに幼馴染みの心をズタズタにしていたらしい。




 ゆーくんが手を差し出してきたのでその手を取って立ち上がる。

 こういう心配りができる奴なのだ。


「はぁ、厄介な奴を好きになっちまったぜ……」

「まぁ、好きになってしまったものは仕方ないわね。でも私がなびかないからって、他の女子に手を出すのは許さないわよ」

「それってヒドくない? ちょっと仲よく話しただけでなじってくるんだろ?」

「当たり前じゃない。そんな不誠実な態度、許すわけないわ。相手の女子に悪いもの」


 現状はかなりヒドいと私は思っている。


「難しく考えすぎだと思うんだけどなぁ……」

「んん? やっぱりハーレム願望? 私込みで」

「はいはい、分かりましたよ……」


 なんだかやさぐれた言い方だ。大丈夫かな?


「じゃあ、今日はゆーくんの部屋で課題をしましょうか。私、シャワーしてから行くし、それまでに部屋を片付けておくように」

「え? こんな話の後に俺の部屋に来るんだ?」

「大丈夫。私はちゃ~んと、ゆーくんを信頼してるから」


 私はにっこりと微笑みを向ける。


「うーん、でもなぁ……」


 一方のゆーくんは難しい顔。


「どうしたのよ?」

「俺、自分が信用できねぇ……。やっぱりしばらくはお互いの部屋へ行くのやめとこうぜ?」

「えっ! 何それ? ゆーくんてば、幼馴染み相手に何考えてるの!」


 突如として立ちはだかる身の危険。


「でも俺だって男だしさ……」

「え? 私たちは幼馴染みなのよ? せいぜいキス止まりでしょ? それ以上をお望みなの?」

「そりゃあ、好きな女とはさ……」


 ゆーくんの顔つきは今まで見たことがないものだった。

 ぞわりと本能が危機を察知する。


「いや~~~っ!」


 私はゆーくんを置いて走り出した。

 だけど着物を着て走るものじゃない。


「きゃんっ!」

「お、おい、大丈夫かよ、華子!」


 こけた私に駆け寄ってくる、元幼馴染み。


「よ、寄らないで、ケダモノっ!」

「お前、ケダモノ呼ばわりは酷くないか?」


 ゆーくんが目に見えて傷付いてしまう。


「ごめんなさい、ちょっと言いすぎたわ」

「立てるか?」


 優しい元幼馴染みに引っ張り起こしてもらう私。


「あ、鼻緒が切れちゃったわ」


 盛大にこけてこの程度で済んだのはむしろ幸いか。


「じゃあ、俺が家までおぶってやるよ」

「えっ!」

「露骨にイヤそうにするなよ……」

「ご、ごめんなさい」


 とっさに身体が反応してしまったのだ。

 さてどうしよう。

 実のところ、私の学生鞄の中には制服一式と靴がちゃんと入ってあった。

 それを出せばいいだけの話なんだけど……。


「うーん、これって直らないのか? よくハンカチとかで繋ぐよな?」


 しゃがみ込んでぶつくさ言っているゆーくん。

 そんな彼を見下ろしていたら、ふと気付いた。


「もういいわ、ゆーくん。私をおぶって頂戴」

「え? いいの?」

「いいわ。で、でも、ヨコシマな考えは抱いちゃダメよ?」


 どうしても怖々という態度になってしまう私。


「分かってるっての。さ、どうぞ、お姫様」


 私は自分の身体をゆーくんに預けた。

 男子にしてはひょろひょろな頼りない背中。

 私とゆーくんは女子と男子。もう普通の幼馴染みではいられないの?

 だとしても多分大丈夫。

 彼の首筋に、昔と変わらない大きなホクロがあったから。


「よぉーし! このまま家まで走るのよ、ゆーくん!」

「無茶言うなよ、華子」


 私は笑い声を上げながら幼馴染みをけしかけた。

 ほんのちょっぴりの不安を今だけは忘れて。




(「着物美人と幼馴染み」 おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る