七話 おっとりさんとお話

 俺が教室に入ると、いるのは宝山たからやまだけだった。

 実に気まずい……。


「よ、よう、宝山」


 できるだけ気軽を装って声をかける。


「あ、反町そりまち君だぁ」


 自分の席からにこにこと笑みを向けてきた。

 彼女の席はベランダに面した窓際で、彼女の真横の窓にはガラスではなく段ボールが貼ってある。


「わ、悪かったな、それ」


 窓を指さす、窓ガラス破壊犯の俺。彼女の方へと歩いていく。


「ん? ああ、別にいいよぉ。その時私は席にいなかったんだから」

「あ、ああ、それが不幸中の幸いって奴だったな」


 だからって別にいいとも思えないんだけど。

 なんというか、宝山はおおらかすぎる。


「今まで怒られてたの?」

「そう、たっぷりとな」

「でも、割ったのは反町君じゃなくて、井上君だよねぇ?」


 かわいらしく首を傾げて。

 俺は何気なくを装って、彼女の前の席に腰掛けた。


「いやまぁ、俺も一緒になって騒いでたしな」

「ふふ、反町君らしいや」

「俺らしいか……宝山的には俺ってどういうイメージなの?」


 大体想像は付くけど。

 俺はクラスの中じゃ、いつも騒いでる騒々しい奴ってポジション。一方の宝山は大人しい子。正反対だ。


「ん? 腕白っ子」

「腕白……」


 それは小学生に与えられる称号だ。まぁそうか、高校生にもなってボールの投げ合いをしてて窓ガラスを割るような奴なんだから……


「それに、いい人。だからいっつも損しちゃうんだぁ。井上君の代わりに怒られちゃったり」


 にっこりと優しい、なんだかお姉さんみたいな笑み。やっぱりこの子は俺のこと、小学生くらいに思っているのかも?


「そうか、いい人っていうか要領が悪いだけなんだけどな」


 要領のいい井上はうまいこととんずらしやがった。

 今、宝山は教科書とノートを開いて、多分課題をしている。彼女はいつも授業が終わったらさっさと帰っているのに。


「ところで、なんで帰らないんだ?」

「スッフィを待ってるの」

「スッフィ? 誰それ?」

「え~? 同じクラスじゃない。樋口華子ひぐちはなこちゃん。酷いなぁ」


 眉尻を少し下げて、困った子を見るような視線。どうもなぁ。


「ああ、樋口か。でもなんでスッフィなの? 全然名前と掛かってないよな?」

「ああ、スッフィって、ナゾナゾが大好きなの。スフィンクスみたいだねって、だからスッフィ。私が付けたんだぁ」


 ちょっと得意げに胸を張ったり。本人が思ってるほど、いいあだ名とも思えないけど。


「そうか、あいつって茶道部だっけ? 時たま着物で授業受けてるよな?」


 樋口は変わり者で有名だ。宝山と仲がいいのもうなずける。……いや、それは失礼か、宝山に。


「そうそう、茶道部で青春してるの」

「青春ねぇ」


 茶道部って、熱く青春するところなのか? よく分からない。


「反町君は野球部だよね? 野球部で青春してるんだ?」

「せ、青春、そう言われると気恥ずかしいけど」

「いいなぁ、みんな青春だぁ」


 などと遠い目をする。急に老け込むなよ。


「宝山もどっか部活入ればいいのに、帰宅部だろ?」

「うーん、どれも興味なくってねぇ……。家でゲームしてるのが、お似合いな女なんだよぉ」

「ゲームなんてするんだ? どんなゲーム」

「FPS。私すごいんだよぉ、いっつも外国人にマザー●ァッカー! とか言われちゃうんだぁ」

「え? あれってすごい反射神経いるんだろ? 宝山が?」


 一人視点で敵を鉄砲で撃ちまくる類いだ。友だちでやってる奴がいるけど、みんな話にならないくらい強いらしい。

 というよりも、宝山の口からマザーファッ●ーなんて単語、聞きたくなかった……。


「私、すごいんだよぉ。常にヘッドショットだから」

「ヘッドショットって、頭撃つこと?」

「そうそう、脳みそバーン!」


 両手のひらを頭の辺りで開いてみせる。残酷なことを活き活きと語る宝山。


「へぇ、なんか、宝山のイメージと合わないなぁ」

「んん? 反町君的には私のイメージってどうなってるのぉ?」


 小首を傾げて目をパチクリとさせる。そんなふうに見られると照れてしまう。

 宝山のイメージか……。ここで下手なことは言えない。


「おっとりさん?」

「うーん、まぁそうかなぁ……。でも、おっとりしすぎて、いっつも男子を取り逃がしちゃうんだぁ」

「男子を取り逃がす?」

「うん、私、彼氏欲しいんだぁ」


 ぐでーっと机の上に寝そべってしまう。

 ゲームより宝山に似つかわしくない発言だ。

 彼氏? 彼氏だって?


「へぇ、彼氏ねぇ。そういうの、宝山でも憧れるんだ?」


 できるだけ平静を装って聞く俺。でも少し、声が上ずってしまったかもしれない。


「おっとりさんでも彼氏は欲しいよぉ。部活で青春しないんだから、恋愛で青春したいんだぁ」

「青春……。まぁそうか、恋愛も青春かな?」


 俺もそっちの青春には憧れがある。


「青春だよぉ。デートとかいっぱいしてさぁ、べったり甘えちゃうんだぁ」

「……へぇ」


 べったりと甘えてくる宝山か……それはとても……いい。


「ねぇ、反町君」


 ふいに顔を上げた。さっきまで寝そべってたので、身を乗り出すみたいになってしまっている。

 その真剣な眼差しは……ま、まるで……。


「男子紹介して、反町君っ!」

「……男子……か……」


 俺のガラスのようなハートにヒビが入る。


「そうそう、野球部とかに格好いい男子いない? あ、タダでとは言わないよ? 今日の課題を写させてあげる」


 急に動きが機敏になった宝山が開いたノートを付きだしてきた。


「いやいや、課題と引き換えに男子紹介しろ、はおかしいだろ?」

「そ、そうかぁ……」


 しょんぼりうなだれる。


「ていうかな、宝山はそこそこモテるんだぜ?」

「そうなのかなぁ、男子とは全然お話もできないんだけどなぁ」


 そう、その通り。こうして二人きりで話をしているなんて、奇跡みたいなものだと俺は思っている。


「おっとりとかわいらしい宝山のことを好きって男子、俺は知ってるぜ? しかも二人だ」


 あっ! くそっ、最後に余計なこと言った。


「ホント!」


 腰を浮かして身を乗り出してきた。食いつきすぎだって。


「お、落ち着けって」

「ねぇねぇ、その二人、紹介してくれないかな?」


 かわいらしく目をパチパチさせておねだりしてくる。くそっ、かわいいなぁ。


「いや、二人とも紹介しろはおかしいだろ? いきなり二股する気か?」

「どっちかいい方を選ぶよ」


 それって選ばれない方にしたらすごい残酷なんでは? そんなの俺のグラスハートが保ちそうもない。


「そ、それは相手に失礼じゃないかなぁ?」


 どうにかそう言えた。


「うーん、そっか……、でもどうしよう? 私なんかを好きな男子がいるなんて、こんなおいしい話はないんだけどなぁ……」


 眉間に皺を寄せて悩む宝山。こんなに深刻そうな彼女は初めて見た。


「あのさ……今度野球部で公式試合があるんだ」

「試合? へぇ、そうなんだぁ……」


 元のおっとりさんに戻った宝山がすとんと腰を落とす。全く興味なさそうなのが俺を傷付ける。


「その試合に勝ったら教えてやるよ」

「二人とも!」


 また身を乗り出す。いくらなんでも飢えすぎだろ?


「いやだから、二人はおかしいだろ? そのうちの一人を、紹介する」


 試合に勝った勢いを借りて……。


「じゃあ、負けたらもう一人を紹介してよ」

「ええっ!」


 思いがけないことを言ってきた。


「要は二人とも紹介するのが駄目なんだよね? だったら試合の勝ち負けで決めちゃおうよ。うん、これはとってもいいアイデアだ」

「ええ~~~」

「ダメ?」


 そうやって小首を傾げておねだりされると……。

 いいや、それくらいのリスクは背負うべきだろう。試合に負けたら宝山にもう一人の方を紹介する。うん、そうしよう!


「分かった、その条件で」

「やったぁ! どっちみち、男子を紹介してくれるんだぁ?」

「あ、でも……できれば勝つ方を願って欲しいかな?」


 どっちみちなんて傷付く。


「そっか、一応反町君の試合だもんねぇ。じゃあ私、応援に行こうかな?」

「ホント!」

「うん、そうしよう。スッフィと二人で応援に行くよぉ」

「おう! ありがとう、宝山!」


 危うく手を握りかけて踏み止まる。


「あ、そうだ、宝山って言いにくくない?」

「え? そう……かな?」


 特に気にしたことはないんだけど。


「うん、だからみんなヒヨリンて呼ぶんだよ。反町君もそう呼んで?」

「え、ヒ、ヒヨリン?」


 宝山の名前は日和ひよりだ。名前で呼んでいいの?


「は~い、ヒヨリンだよ。あ、スッフィが来た。じゃあね、反町君。勝っても負けても男子、紹介してね?」


 宝山がかわいらしくウインクを残して出口の方へ。


「ヒ、ヒヨリン。俺、絶対勝つからな!」

「うん、頑張れ~」


 あ、なんか心がこもっていない。どっちでもいいって思っていやがるな。

 よしっ! 絶対勝ってやる! 絶対告白してやる!




(「おっとりさんとお話」 おしまい)

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