一話 いい人ってだけじゃ、恋はできない

 お母さんが私の頭を優しく撫でてくれる。


真子まこはいい子ね」


 これが私の一番古い記憶。

 幼稚園に行くか行かないかという頃だ。

 この時、私は自分がどうあるべきかを知り、以来今までずっといい子で居続けている。


「ありがとう、真子ちゃん」

杉田すぎたさんはいい子ね。あなたも見習いなさい?」

「この子が杉田さん。とってもいい子なんだよ」


 大人も子どもも、みんな私のことをいい子だと褒めてくれた。

 それでも中学生にもなると分かってくる。

 私はこれといった特徴のない地味な子なので、みんな他に呼びようがなくていい子と呼ぶのだ。

 それと……。


「……だから、最上もがみ君を譲って欲しいの、お願い」


 私に向かって両手を合せているのは鷹波たかなみさん。かわいらしい女子として男女ともに人気がある……らしい。

 彼女から話しかけられることなんて今までなかった。

 どうしたんだろうと廊下の端までついていったら、こんな話だ。


「今言ったみたいにナミちゃんはホンキで最上が好きなんだよ。杉田さんは別にそれほどでもないんでしょ?」


 鷹波さんの隣から口出ししてくるのは鈴原すずはらさん。気の強い女子としてみんなに恐れられている。

 こんなふうに二人して迫られる状況は勘弁だ。


「私が最上君のこと……好きだなんて。そんなのただのウワサだよ」

「私は横取りなんてしたくない。そんなことして杉田さんを傷付けたくないの」


 鷹波さんがつぶらな瞳を潤ませる。確かにかわいらしい少女だ。私なんかとは大違い。


「傷付きなんてしないよ。私が最上君を好きだなんてないし」

「ホント?」


 鈴原さんが睨んでくる。


「ホントにホント」


 早く帰りたい。昇降口でカナカが待ってる。


「そう、よかった……」


 うれしそうに鷹波さんが眩しい笑顔を見せてきた。ホントにかわいらしい。


「よーし、じゃあ杉田さんは最上のこと何とも思ってないってことで。ナミちゃんの告白、邪魔しないでよね?」

「あ、告白するの?」

「うん……」


 頬を赤く染める美少女。

 こんな女の子に告白されるだなんて最上君は幸せ者だ。


「頑張ってね、応援してる」

「ありがとう。ホント、杉田さんていい人だよね」


 私の手を取って、鷹波さんが目に涙を滲ませる。

 そうその通り、私はいい人だ。






 カナカはとっくに帰ってしまったかと思ったけど、不機嫌そうな顔をしながらも待ってくれていた。

 そのまま彼女と二人並んで下校する。


「冗談でしょ?」

「……ホント。好きじゃないなんて言っちゃった」

「はあ?」


 カナカがいっそう不機嫌になって低い声を出した。鈴原さんほどではないけど、この子も女子にしてはかなり気が強い方だ。


「だって仕方ないでしょ? 鷹波さんが最上君のこと好きって言うんだもん……」

「いや、関係ないでしょ? マコチンの想いは鷹波さんごときには覆せないよ」

「でも、もう言っちゃったし……」


 うなだれて力なくつぶやく私。言ってしまった言葉は取り返しがつかない。


「マコチンの悪い癖だ」

「うん、分かってる」

「そもそも放課後すぐに帰らなかったのはなんで?」

「……日直の子に頼まれて、代わりに黒板消してた」


 急いで帰らないと塾に間に合わないのだそうだ。


「いい子だよね、マコチン」

「うん、よく言われる」

「ホント、いい子だよね!」

「そういう言い方しないでよ」


 顔を上げるとカナカは私を睨み付けていた。ホンキで怒っている。


「都合のいい奴なんだよ、マコチンは! だからみんなして面倒を押し付けてくるんだっ!」

「……うん、分かってる」


 さっとカナカが手を出す。

 引っぱたかれると思って目を閉じたら、彼女は優しく頬を撫でてくれた。


「黒板を消すくらいならともかく、好きな人を好きじゃないなんて言わされちゃダメだ」

「でも、鷹波さんも喜んでくれたし……」

「鷹波さんは関係ないっ!」


 怒鳴られて身体をびくつかせてしまう。


「でも、もう言っちゃったんだよ。鷹波さんは最上君に告白するって言ってたし……」

「告白? いつ?」

「え? 今日さっそくしようって、二人で相談してたけど」

「じゃあ! マコチンは呑気に下校してる場合じゃないでしょ!」


 カナカが私の両肩を掴んで激しく揺さぶってくる。酔う酔う。


「でも……邪魔なんてできないよ……」

「ダメっ! 奪い取れ! あんなかわい子ぶった女に取られていいのかっ!」

「鷹波さんを悪く言わないでよ……」


 まだまだ揺さぶられ続ける私。


「こんなことになるまでアクション起こさなかったマコチンが悪いんでしょ? 好きなんでしょ? 最上君のこと、好きなんでしょ?」

「そうだけど……でも、最上君だって、私なんかに告白されても迷惑なだけで……」

「そんなことないっ!」


 ようやく揺さぶりをやめてくれた。でも、肩を掴んだままぐいっと私の身体を引き寄せる。


「私のマコチンに告白されて喜ばない男子はいないっ!」

「カナカ……」


 真剣な視線を向けてくれる親友。

 私は自分に自信を持てないが、彼女が言ってくれることなら信じてもいいのだろうか?


「マコチン、いい人なんてやめちまえ。どんな美少女が相手だろうと、ぶっ倒しちゃえ!」

「ぶっ倒すは物騒すぎるけど、私は頑張るべき?」


 カナカは私を煽ってくるけど、私に他人を押し退けるだなんてできるのだろうか?


「当たり前でしょ? いいことをひとつ教えてあげよう。そもそもなんで、鷹波さんはマコチンを牽制してきたのか?」

「牽制? 違うよ、鷹波さんは私が傷付かないように……」

「そんなわけないでしょ? マコチンが強敵だって分かってるから、鈴原の力を借りて牽制してきたんだよ。向こうはあんたと正面からぶつかったら負るって思ってるの」


 カナカがおでこをくっつけてきた。

 彼女の体温が私に勇気を与えてくれる。


「私……ちょっと、頑張ってみようかな?」

「ちょっと~?」


 カナカが低ーい声で不満を示す。


「ごめんなさい。ホンキで頑張ります。だって……」

「だって?」

「私は……最上君が、好きだから。ホンキで好きだから」


 今、このことはカナカしか知らない秘密だ。

 とっくの昔にウワサになってるけど、私はいつも必死に否定してきた。

 彼が迷惑するに違いないと思って。

 でも、最上君には聞いてみたことがない。

 聞いてみよう。

 私は最上君が好きです。私の想い、受け止めてくれますか?

 聞いてみよう。


「よし、行ってこい!」


 ずっと私の肩を掴んだままだったカナカが私の身体を乱暴に反転させた。

 そして背中をどんと叩いてくる。

 親友の後押しを受けて、私は学校目指して走り出した。






 でも、私は運動音痴なので途中でへばってしまう。

 のろのろと昇降口にたどり着き、のそのそと下駄箱で上履きに履き替える。なんだか締まらない。

 廊下に出ようとしたら、向こうから女子がすすり泣く声が聞こえてきた。


「ホント、ナミちゃんを泣かすなんて、とんでもない奴だ」

「彼の悪口を言わないで……」

「ゴメン。でもさぁ、最上の奴は自分がいかに勿体ないことしたのかって、分かってんのかな?」


 鈴原さんに……鷹波さんだ。どうしよう、このままだと鉢合わせてしまう。

 そっと隠れてしまおうか。

 ……ううん、そんなんじゃダメだ。

 私は覚悟を決めて廊下へと飛び出す。


「あ、杉田さん」


 う、しまった、二人の前に立ち塞がるみたいになっちゃった。

 鷹波さんは泣いているところを見られたくないのか顔を背けてしまう。


「どうしたの? 帰ったんじゃなかったの?」


 鈴原さんが攻撃的に言ってくる。


「私……その……やることがあったの。それをしに、戻ってきたの」

「やることって何? もしかして、ナミちゃんを笑いにきたの?」

「え? 笑いに?」

「……私、振られちゃったの、最上君に」

「……そうなんだ」


 こういう時、何て言ったらいいのか分からない。

 下手に慰めの言葉を言えば、かえって傷付けてしまいそうだ。


「そうなんだ? ホントは知ってたんでしょ? ナミちゃんが振られるって」

「そんなことないよ。なんで私が知ってるなんて言うの?」

「最上が言ってたんだよ、俺は好きな奴がいるんだって。それって、杉田さんのことじゃないの?」

「え? そんなのあり得ないよ。最上君が私なんかのこと、好きだなんて……」


 鈴原さんに気圧されたからではなく、自分の自信のなさからうなだれる。

 そうか、最上君にはもう、好きな人がいるんだ……。


「じゃあ、何しに戻ってきたの? 教科書を忘れたとか、そんな下らない理由じゃないんでしょ?」

「あの……ゴメンなさい……私、ウソをついたの……」

「やっぱりウソだったんだ? 最上と共謀してナミちゃんを笑いにきたんだ?」

「そうじゃない。そうじゃないよ……私……」

「何? 聞こえないよ!」


 鈴原さんの剣幕を前にして、私はなかなか勇気が出ない。

 言わないといけないことを……言う勇気が出てこない。

 でも、私は言わなくっちゃ。

 覚悟を決めて顔を上げ、私を睨んでいる鈴原さんではなく、顔を背けたままの鷹波さんをしっかりと見つめる。


「ゴメンなさい、鷹波さん。私はウソを言いました。最上君のこと……好きじゃないなんてウソを。……ホントは好きです。最上君のことが……好きなんです、私は」

「やっぱり全部ウソだったんだ! 杉田さんは最上が好きで、最上は杉田さんが好き。あ、そうか、ホントは二人、付き合ってたんだね? なのにウソ言ってナミちゃんを傷付けたんだ!」


 鈴原さんは今にも私に殴りかかってきそう。

 ちゃんと鷹波さんには伝わっただろうか? 相変わらず私を見てくれない。


「傷付けるつもりは……なかったんだ……。私はいつも調子のいいことばっかり言って……みんなに気に入られようとして……顔色ばっかり見て……だから今回もウソを……鷹波さんの望みどおりのことを言っちゃって……」


 そんな私が……みんなの役に立てればそれでいいだなんて、自分にもウソを言っている私が、ホントは嫌いだった。

 ウソにまみれたイヤな女。それがホントの私なんだ……。


「ナミちゃんの望みどおりって、ナミちゃんが押し付けたみたいじゃない! 散々傷付けといて、ナミちゃんを悪者にするつもり!」

「違うよ……違う……そういうつもりはないよ……悪いのは私なんだ。いっつも思ってることを言わない私が悪いんだよ。でも……でもね……」


 今回だけはウソをつき通したくなかった。

 私の……最上君を好きって気持ちだけは本物だから。

 そのことを、やっぱり最上君をホンキで好きな鷹波さんにはちゃんと伝えたかった。伝えないとダメだと思った。


「でも、都合が悪くなったら全部ウソでした、とか言っちゃうんだよね! 酷いウソついたくせに、しれっとした顔してさ。いい人ぶってるけど、すごい悪い人だ、杉田さんは!」

「そう……そうだよ、いい人ぶってるけど、私は悪い奴なんだ。鷹波さんを傷付けちゃって……」

「もうやめて!」


 大きい声を出して私を遮ったのは鷹波さんだ。

 いつも優しげな彼女が声を荒げるなんて、やっぱり私のことを怒ってる……。


「ほら! ナミちゃんも怒ってる!」

「違うよ、違う。スズちゃん、もうやめて。杉田さんを責めないで」


 鷹波さんがゆっくりと顔を巡らせ、私の方を向く。

 やっぱり泣いていたんだ。こんなにかわいらしい顔をしているのに、涙で酷いことになってしまっている。


「ゴメンなさい、鷹波さん……。酷いウソを言ってしまって……」

「杉田さんは、最上君と付き合ってるの?」

「ううん、付き合うなんてとんでもない。ホントだよ、信じて?」

「そんなの信じられないよ!」

「ううん、違うよ、スズちゃん。杉田さんはウソを言ってない。ホントに付き合ってはいないんだよ」


 鷹波さんはじっと私の目を見ている。私も視線を外さないように頑張る。


「そんなの信じられないよ! ウソついたって、自分で言ってたじゃない!」

「好きじゃないっていうのがウソなんだよ。でも、そのウソは私がつかせてしまった。杉田さんがいい人なのを知ってて、強引に迫った私が悪いの」

「ううん、私が臆病者だから、ウソついちゃったんだ。ゴメンなさい、鷹波さん……」

「でも今、ホントのことを教えてくれた。ありがとう、杉田さん」


 鷹波さんがかわいらしい微笑みを向けてきた。

 泣いて無茶苦茶になった顔でも、彼女はかわいらしいままだ。


「で、これから杉田さんはどうするの?」


 相変わらずきつい態度で鈴原さんが言ってくる。


「どうする?」

「好きなんでしょ、最上のこと。ナミちゃんが告白するってなったら、うじうじした挙げ句、最後には戻ってきたんだ。結果を知ったらそれで満足なの?」

「ううん、鷹波さんの告白がうまくいってもうまくいかなくても、私にはしたいことがあったの」

「告白? いい人ぶってるくせに、最後は自分のやりたいようにやるんだ?」


 いい人ぶってる。

 確かに今の私は誰から見てもそう見えるだろう。

 でも、私は自分に正直にならないといけなかった。


「うんそうだよ。私は告白をしに戻ってきたの。私は、最上君が好きだから。好きって気持ちを止められないから」

「ホント、勝手な人だ!」


 鈴原さんが吐き捨てるように言う。


「そう、私は勝手な人だよ。いい人ってだけじゃ、恋はできないんだ」


 私はずっと鷹波さんを見つめ続けていた。

 彼女にだけは、自分の想いをちゃんと伝えたい。


「そうだね、恋をするなら全部をかなぐり捨てなくっちゃ。私は最後までかわい子ぶってたから、彼のハートを掴めなかった。頑張ってね、杉田さん。今のあなたは無敵だよ」

「うん、ありがとう鷹波さん。私、行ってくる」


 二人で微笑みを交わし合ってから、私は自分の教室に向かって駆け出した。そこに、彼がいる。






 どうにか立ち止まらずに教室まで走っていけた。

 息を整えてから、私は扉を開ける。

 最上君がいた。他には誰もいない。


「杉田……杉田か……」


 最上君は短い髪に片手をやって、何度も何度もかき乱した。


「どう……したの? 最上君」


 彼の様子がおかしいので、まずはそう聞く。


「ちょっとなぁ……いろいろあってなぁ……」

「鷹波さんのこと?」


 それしか考えられないけど。


「うん、そう……知ってたんだ?」

「うん知ってた。結果も知ってる。でも、結果に関係なく、私は最上君に言わないといけないことがあるの」

「そうなんだ……俺も、杉田に言いたいことがあるんだ。大事な話なんだ」


 視線をさまよわせながら、最上君が言ってくる。

 でも私は待てない。


「その話は後にして。私のほんのちょっぴりの勇気がなくなってしまわないうちに、あなたに言いたいことがあるの」

「そう、か……。なんか、いつもと違うな、杉田」

「うん、いつもはいい人ぶってるだけなんだよ」

「え? いや、ぶってるってことはないだろ?」


 今までの私は他に取り得のない、ただのいい人だった。

 そのポジションに安住していたと思う。

 面倒なことを押し付けられても、作った笑顔で引き受けたり。

 同じクラスの最上君はそんな私のことをちゃんと見ているはずだ。

 ウソっぽい、自己主張しない駄目な奴。

 だからこの告白はきっとうまくいかない。

 それでもよかった。

 今、ほんのわずかな間だけ、私はいい人をやめる。

 ささやかな恋心をぶつけたい相手が、目の前にいるから――


「好きです、最上君。ずっと前から、好きです」


 スカートを握りしめ、震える足でどうにか私は立ち続ける。

 ホントは私の想いを受け止めてくれるか聞きたかったけど、その勇気はついに沸いてこなかった。

 だって、彼にはもう好きな人がいるって知ってしまったから。


「なんだよ、それ……」

「ゴメンなさい、迷惑だとは分かってるんだけど……」

「いや、そうじゃなくて。女子から先に言われちまうとか、カッコ付かないだろ? はぁ……」

「え?」


 最上君はなんだかふて腐れている。

 かわいいだなんて、こんな時なのに思ってしまう。


「俺も好きなんだよ、杉田のこと。……って、やっぱカッコ付かねぇ~」


 頭を抱えてうずくまる最上君。

 ええ? 今、ヘンなことを言われた?


「え? 好き? 杉田? 私?」

「そう、杉田。その様子じゃ、全然気付いてもらえてなかったみたいだけど」


 口を尖らせて私を見上げる最上君はやっぱりかわいい。


「でも、なんで私? あり得ないよ、そんなの」

「なんでって、杉田はいい奴じゃん。みんなが嫌がるようなことでも進んでやってさ。そういうの、すごくいいって前から思ってたんだよ。で、好きになった」

「でも私、いい人ぶってるだけだよ? ホントはイヤなのに言えなくて、自分にウソついていい人ぶってるんだけなんだよ?」


 こんなこと、好きな人には言いたくない。でも、ヘンに誤解されたままなのはもっとイヤだった。


「そうなのかな? 杉田はホントにいい奴だと思うぞ。だからみんなに好かれてるんだろ?」

「好かれてる? 都合がいい奴だからって、利用されてるだけだよ」

「そんなわけないだろ?」


 最上君が立ち上がり、私の頭をぽんぽんと軽く叩いてくる。


「あ、あの……」

「人のよさってのはにじみ出てくるもんなんだ。みんなそれを感じてるから杉田が好きなんだよ。そりゃあ、ついつい無理なお願いをしてしまうことはあるだろうけど……」

「でもそんなこと……」

「あーもー! じゃあ、俺の目が節穴だっていうのかよ? 好きな人のこと、ちゃんと見れてない間抜けだってっていうのか?」


 怒らせてしまった。私はもう、いっぱいいっぱいだ。


「ち、違うよ。節穴とか間抜けとか、そんなことはないと思うよ? でも……なんていうか……」

「なんていうか?」

「す、すごく、恥ずかしい……」


 最上君の顔を見ていられなくなって、うつむいてしまう。

 きっと、今の私は顔が真っ赤。


「ちくしょう!」

「ゴ、ゴメンなさい!」

「かわいいなぁ! 抱き締めていい?」

「ええっ! ダ、ダメダメダメ! 恥ずかしいよ!」


 でも、抱き締められてしまった。

 今まで遠くから見ているだけだった最上君とくっついている。

 とんでもない事態に脳みそが茹で上がってしまう。


「付き合ってくれ、杉田」

「は、はい、喜んで……」


 すっかり混乱している私が正気を取り戻したのは、最上君と手を繋ぎながら校門を出た時だった。

 目の前にニヤニヤ笑ってるカナカ。


「おめでとう、お二人さん」

「おう、サンキュー」


 最上君が私と繋いでいる方の手を上げる。

 繋がった手を目の前で見て、私は初めて彼と付き合い始めたのだと実感した。


「泣かせたら承知しないよ? その子、いい子なんだから」

「分かってるって。こんないい子、泣かすわけないだろ?」


 そう、私はいい子。

 みんなそう言う。

 単に都合のいい人? そう思っている人もいるだろう。

 いい人ぶってるだけだって、私も自分を疑った。

 でも、見てくれている人は、ちゃんと見てくれていたのだ。

 私は、これからもいい人で居続けようと思う。

 親切にして喜んでもらえたら、とてもうれしくなるって思い出したから。




(「いい人ってだけじゃ、恋はできない」 おしまい)

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