第37話 じゃあ私は何だったんだ
「お顔拝見して良いですか」
又吉は紗季に尋ねた。
紗季が頷くのを確認すると、又吉はゆっくり布
を持ち上げた。
陽子の顔は安らかだった。
三ヶ月前のふくよかな顔ではないが、安心しき
った顔である。
ひょっとしたら少し得意げなのかもしれない。
又吉は医者を見た。
彼も何かを言いたげだ。
「陽子さんの癌は・・・」
「膵臓がんです。発見された時はもうすでに手
遅れでした。彼女に一応は治療の勧めもして
みましたが、彼女賢い子でしたからね、全て
を見透かされ、何もかも正直に話しちゃいま
した」
医師は又何かを思い出したのかギュッと拳を握
りしめた。
「先生は妹さんにも連絡されようとしたのです
が、陽子が、あ、、陽子さんが絶対だめだと
頑なに許否されたものですから」
看護師の女性が横から話に割り込んできた。
彼女の話によれば、二人は陽子の友人で、医師
は陽子の先輩にあたるそうだ。
陽子はこの医師と付き合っていた。
将来の話も決めていた矢先、癌の発覚となった
そうだ。
医師が務める病院に入院することを勧めたのだが
陽子は死ぬ前にしたいことがあるから入院はでき
ない、反対に陽子の係りつけの医師になって最後
を看取って欲しいと頼まれたそうだ。
「拒むことができませんでした。医師の前に私も
一人の男です。恋人の最後の頼みを断ることな
んか・・・」
医師が背を向けると、看護師がその背をそっと撫
でた。
結局、陽子がこのマンションを買い、ここを簡易
病室にし、ここに彼らが専属で看護することにな
ったと言う。
「どうして紗季さんに知らせるなと陽子さんは言
ったのでしょうか」
又吉は陽子の友人の看護師に尋ねた。
「紗季ちゃんに陽子が苦しむ姿を見せたくないと
、その一点張でした」
看護師と沙希とは面識があるようだ。
紗季は看護師から目を背けると
「ひどい話でしょ」
又吉に同意を求めた。
ひどい話、なのだろうか。
又吉にはわからない。
確かに、紗季にすれば陽子に見放されたようで
酷い話と思えるかもしれないが、反面陽子が、
姉に頼り切っていた紗季に自分の余命がもうな
いと告げることを躊躇うことがわからないでは
ない。
それにしても・・・
陽子らしいと言えば陽子らしい。
その陽子に恋人がいたとは、しかも将来の約束
までした相手が。
じゃあ、自分は何だったんだ。
又吉は沙希を見た。
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