第36話 陽子の覚悟

又吉は、かぶせられた布を上げて顔を見ようと

したが手が震え中々できない。

目の前に晒された現実が、今一つ現実味が無い

のだ。


夢なのか、これは。


一度深呼吸をしあたりを見渡した。

ベットはベランダから外が見えるよう少し高く

してある。

隣のマンションのベランダと道路が一望できる。

白地のカーテンは透けていて、閉めていても外

が見える生地だ。


ハッと思い振り返った。

いつの間にか紗季が真後ろに立っていた。


「あのベランダは姉と私のお家のベランダ、マ

 ンションの玄関も見えるでしょ、姉はここか

 ら毎日あのマンションを見て過ごしていた見

 たい」


「このマンションは?」


「姉が無理を言って前の所有者から譲ってもら

 ったみたい」


「譲ってもらうと言っても・・」


立地条件と言い、建物の大きさと言い、直ぐに

手に入る代物じゃない。


「相手先の言値で購入し多みたいよ」


「そんな」


又吉は絶句した。

陽子は旅行に行くと言いながら実はこのマンシ

ョンから紗季を見ていたのだ。

それにしても、急に思いつく話ではない。


「一年前癌が発見され余命半年、もって一年と

 言われてから計画したそうよ」


「ガン?」


又吉は目の前でじっと立っている医者と看護師

を見た。

二人ともまだ若い。

陽子と同じぐらいの年だ。


「姉さんのお友達だそうよ」


二人は又吉に又、深くお辞儀した。

二人の目も真っ赤だ。


「姉さんの最後を看取ってくれたそうよ」


「紗季さんは御存じだったのですか、陽子さん

 が癌だったてこと」


紗季は寂し気に首を振った。


何てことだ。

最初から陽子が計画し、実行していたのだ。


又吉は絶句した。

何を、誰に、どう聞いたらいいのか、まったく

わからない。

何が起きたかは想像できる。

陽子の企みも想像できる。

しかし、それを口に出していいものかどうか

又吉にはためらわれた。


目の前には、陽子の覚悟の現実が晒されている

のだ。

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