第38話 何よその迷惑って

「陽子さんは沙希さんが必ず怒るとそう言って

 いました」


医師は紗季を見た。

また目が潤んでいる。


「当たり前でしょ、私に内緒で勝手に死んじゃ

 って、死んだ後からゴメンと言われたって」


後は言葉にならなかった。

紗季の無念さはよくわかった。

たった一人の身内だ。

その姉が死期に紗季を立ち会わせなかったのだ。

怒りたくも、情けなくなるのもわかる気がする。

わかる気もするが・・・


「陽子は毎日ここからあなたを見て微笑んでいま

 した」


看護師が陽子の友として発言してきた。


「私や彼が会わなきゃいけないって勧めても頑な

 に拒むんです。沙希さんには迷惑をかけたくな

 いって」


「何よその迷惑って」


紗季は二人を睨みつけた。


「姉さんが嫌だって言っても、あなた達が教えて

 くれればよかったじゃないの」


「紗季ちゃん!」


又吉の制止も聞かず紗季はまくしたてた。


「姉さんだってきっと、最後は私と会いたかった

 はずよ、最初に会いたくないと言った手前、会

 いたいと言いにくかっただけなのよ。お医者さ

 んなのにそんな事もわからないの」


二人は黙ったまま目を合わせると看護師の女性が

紗季に小さな箱を渡した。


いぶかしむ紗季に


「そのカメラでズート撮影された画像です。陽子

 がここに来てからの映像が全て収められていま

 す。臨終の場面まで全て」


部屋の片隅にはカメラが備え付けられていた。


「陽子がつけたの。あなたが陽子の最後を知りた

 がったら、この映像を見せてほしいと」


小箱を受け取ると、紗季は小箱と又吉を見比べた。

どうしたらいいのか、まったくわからないのだろう。


「こんな映像なんて」


小箱を投げ捨てようとした沙希だったが、小箱を上

に上げただけで床に投げつけることはできなかった。


「陽子さんの我儘を許してあげてください」


医師が頭を下げると


「陽子もこれは自分のわがままだとはっきり

 言ってました」


看護師も頭を下げた。


「我がままだなんて、わがままの一言で済ま

 されるの、これって・・」


紗季は又吉に抱き付いた。

怒りの矛先をどこにぶつけていいのかわからないの

だろう。


「紗季ちゃん・・・」


又吉にも紗季にどう言葉をかけたらいいのか思い

つかなかった。

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