第31話 夜明け

結局二人は寝なかった。

いや、寝られなかったといった方がいいかもし

れない。


又吉が想う小説論。

紗季が描く芸術論。


二人はそんな話を飽きることなく話し続けた。

勿論話の中には陽子も登場するのだが、常に脇

役、あるいはヒール役。

又吉と紗季が抱く価値観はあちこちで重なり合い

その都度、微笑み、時は駆け足で過ぎ去って行っ

た。


夜が白々と明け一筋の太陽光線が部屋に差し込

めた時、二人は初めて朝になったことに気付い

た。


「大変だ、もう朝ですよ、眠くないですか」


「ちっとも」


紗季の表情は、晴れ晴れとしている。


「私、帰る時、もう一度滴橋に寄りたいんで

 すが」


不思議そうな又吉は、ふと、気付いたのか


「あの橋から眺めた景色を描くつもりなんで

 すね」


「少し写真を撮っておこうと」


携帯を振って見せた。


「じゃあ、完成したらその絵、ぜひ見せてくださ

 いね」


「勿論」


紗季は嬉しそうに髪を掻き揚げた。







結局陽子は帰って来なかった。

エッセイ用の原稿は、紗季の携帯に送られ、その

データーを紗季が又吉に送ると、それだけが、陽

子が生きている証だった。


 紗季は何度も陽子にメールを送ったが返事はほ

とんどなかった。

あったとしても「楽しんでいるから心配するな」と

素っ気ない返事しか返って来ない。


 エッセイの内容が陽子の感性がちりばめられて

いるから本人が書いていることは間違いなかった。

だから陽子失踪について事件性は考えられなかっ

たがそれでも無愛想がすぎる。


人見知りな紗季にとって、その愚痴の聞き役は

今はもう、又吉しかいない。

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