第32話 新たなる日常

週に一度陽子からエッセイの原稿が紗季の携帯

に送られてくる。

 それを沙希がパソコンに取り込み、USBメ

モリーに移し又吉に渡す。

面倒だが、直接又吉の会社に送ればいいのにと

は二人の口からは出てこない。


最初は週一で来ていた又吉だったが、紗季が作

る夕食を一度御馳走になったのを機に、どちら

が言いだしたともわからぬまま、週二が、週三、

週三が周四とどんどん多くなって行った。


 正直又吉は心配だった。

陽子との三人デートの時、陽子がしきりに口に

出していた「紗季の心は折れやすい、紗季の心

臓はガラスで出来ている」と脅されていたため、

陽子の(失踪)は紗季に大きな心の傷になって

いることは間違いない。

 又吉の前では気丈にふるまっているが、一人

になったら・・・

心配し出したら切がないが、やはり頭の片隅に

はいつも引っかかっている。

だからつい、用もないのに、紗季の安否を機に

かけてしまう。


 紗季の作る料理は絶品だ。

ひょっとしたら、この料理に釣られて紗季

の家に来るのが楽しいかもと、又吉はニンマリ

するのだが、紗季には勿論、陽子の安否確認の

為と伝えている。


 ある時紗季が


「シンリさん、姉さんの安否気にしてるんじ

 ゃなしに、私が姉の事を心配するあまり、

 自殺でもするんじゃないかと、そんな風に

 思ってるんじゃないの」


と核心を突く質問をしてきた。

侮るなかれ、紗季の心理分析。

流石心理学者陽子の妹だ。


しかし、又吉は考える。

確かに最初はそうだった。

しかし最近は間違いなく違う。

紗季は陽子が言うようなガラスの心臓ではない。

むしろ現実を又吉より正確に見極めているし、

行動も現実的だ。

思ったことは、相手にもよるがズバリ言う。


 陽子がたとえ旅先で亡くなったとしても紗

季は決して、自殺するような(やわ)な心の

持ち主ではない。


気が付けば又吉が紗季の夕食を食べることが

(日常)となっていた。

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