第28話 変えたくない空気感

「とにかく陽子さんは変わっていましたから」


又吉の一言で陽子の奇行を二人が言い始めた。

面白可笑しく。


 陽子は確かに変わっていた。

人の心理を知りたくなる性癖は、もともとおか

しな人しか思わないから、心理学者はとにかく

変人なんだと陽子自身がいっていたのだから。


こうだったわよ姉は・・

そう言えば陽子さん編集社で・・


決して悪口ではない。

陽子の、普通では考えられない行動を面白おか

しく話していくうち、二人の距離はどんどん縮

まっていった。


ワインはとうに空っぽだ。

買いに行く、フロントに頼むと提案する又吉を止

め、紗季はお茶でも良いと言い張った。

 空気感が好きだった。

今この空気感が、どんな行動をするにせよ壊れる

事が嫌だったのだ。


「姉今頃笑ってるんじゃないかしら」


陽子を酒ならぬ、お茶の酒にし、話が大いに盛り

上がった後、紗季がぽつんと言ったその一言で、

大きな冗談の風船が弾け、現実がポロリと顔を出

した。


「三ヶ月も連絡が無かったんですよね姉から」


「ええ、長い旅行になると言ってましたから」


「何故姉はシンリさんにそんな嘘をついたんでし

 ょうね」


「紗季ちゃんに黙って家を空けたのも」


結局話はここに戻ってくる。

しかし、前よりさほど深刻感はない。

心配は心配なんだが、どこかおぼろげではあるが

安心感もある。


「なぜシンリさんが姉の担当に選ばれたかご存

 知ですか」


紗季は笑っている。

編集者でも謎だ。

頑なに断っていたエッセイの掲載を承諾し、その

担当者を又吉にしてほしいと、唐突に言ってきた

陽子の行動は誰もが不思議がっていた。


どうやら紗季は知っているようだ。

ならぜひ聞きたい。


「ある日姉が突然恋人が欲しくなったと言いだし

 てね」


思い出したのか、又紗季が含み笑いをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る