第2話 衝撃

「ぎゃあ〜」

 男性の露天風呂で、悲鳴が響いた。

「ひ、人が死んでいる!」


 その悲鳴と叫び声に人垣ができていた。露天風呂に入ろうとしていた男性が、裸で頭から血を流して明らかに亡くなっている恰幅のいい男がお湯に浸かっているのを発見したのだ。


 ヒロミたちも駆け付けたが、皆動くことができないくらい、驚いていた。

「た、田中先生。ど、どうしてこんなことに!」

 死んでいるのは、担任の田中先生だった。同窓会のメンバーは、状況が飲み込めず、戸惑いの色を隠せない。


 その後、同窓会のメンバーは根元刑事と、警察から絶大な信頼を浴びている大川ひかりという女性の私立探偵に呼び出されて、一室に集められた。


***



「田中さんの死亡時刻は、19時15分でした。まあ、疑うようで申し訳ないが、皆さんのその時間の行動を聞いていいかな」

 40代くらいの体つきのいい、根元刑事がひとり、ひとりを見渡し、鋭い眼光を放っていた。


「あ、僕は、ロビーのカフェで珈琲を飲みながら、仕事の資料を作っていました今は仕事も忙しい時期でして」

 カフェのレシートを提出しながら、セイタは説明をした。


「私は、電話で演出家と監督と打ち合わせをしていました。次にやる舞台の打ち合わせです」

 レイカはスマホを提示している。


「僕たちは、ホテルのテニスコートでラリーをしていました。テニスコートの受付のかたに聞いてください」

 ジュンイチは、アキトの方を見た。

「ホストもテニスができたほうがいいでしょ?それでセイタに頼んで教えてもらっていたんですよ」


「私はホテルでやっている、写真展を観ていました。オリンピックの写真展で、スポーツが好きなので」

 ヒロミは写真展のチケットを取り出した。


 レシートを見せながら、説明しているのは、ノリコである。

「私はお土産屋さんで、銀行の人たちに配るお菓子を選んで購入していました」


 残るミソノはしなを作りながら語りだした。

「私は廊下で、ナンパされていました。601号室の男性二人組です。その人たちに聞いてください」


探偵のひかりが深いため息をついた。

「つまり、全員にアリバイがあるということですね。外部のひとの犯行でしょうか?」

 ひかりの言葉に根元刑事も首を縦にふった。

「そうかもしれないな」


***


 そのあとすっかり容疑者と化してしまった7人は、一室に残され、根元刑事とひかり探偵は、聴き込みのためにどこかに行ってしまった。部屋には石のように重い沈黙が広がっていた。


「まさか、田中先生があんなことになるなんて。僕はT大を目指していたとき、よく 先生に数3を見てもらっていたんだよ。僕にとっては恩師だった」

 口火を切ったのは、セイタだった。


 ノリコもそれを肯定する。

「先生の数学の授業が面白くて、数字の世界に魅入られたわ。それで銀行員になったの」


 レイカは涙を浮かべていた。

「ミキが自殺したときも、先生は泣いていらしたわ。担任として、もっとできることはなかったのかと。情の深い良い先生だったわ」


「閉じ込められているのは、この中に犯人がいるって思われていることなのかな」

 ホストのアキトの言葉にヒロミは身震いする。


「なんだか怖いわ」

 いつもは、ヘラヘラしているミソノの顔は固まっていた。


「それにしても、いつまで拘束されるんだろうか」

 ジュンイチが深いため息をついた。


***


 夜中の3時になり、根元刑事とひかり探偵が現れた。部屋にいる一同は疲れきっていた。


「目撃証言が取れたよ。田中さんが廊下でヤクザにぶつかって小競り合いになったようだ。かなりしつこく絡まれていたところを見ていた人がいるんだよ。田中さんが露天風呂に入ったときに、そのヤクザの石黒も入り、隠し持っていたハンマーで頭を殴ったらしい。石黒は否定して、自分が露天風呂に入ったときには田中さんが亡くなっていたと言っているが、19時15分に確かに石黒は風呂にいたのだから、犯人というほかはないな」

 根元刑事の低い深く響く声には妙な説得力があり、一同の顔には安堵の色が広がっていた。


「ただ、ハンマーには石黒の指紋はありませんでしたし、あくまでも本人は否定しています。誰の指紋もなかった凶器にはちょっと気になるところではありますが」

 ひかり探偵は、顔をしかめている。


「でもまあ、犯人も目星がついたことだし、皆さんには帰っていただきましょう」

 やっと解放された7人はほっとした表情になった。


女性の大部屋では、お喋りが繰り広げられていた。

「ちょっとぶつかったからって、いくらヤクザでも人を殺すかしら?たったそれだけの理由で。なんだか腑に落ちないのよね」


 レイカの言葉にノリコも首を縦にふる。

「あまりにも安直すぎるし、それが真相なのかしら」


 ミソノは身震いしている。

「そんなヤクザもいるんじゃない?こんなご時世だから」


ヒロミもなんとなく納得できない気持ちでいた。


***


 その後、仕事から帰って家でテレビのニュースを見ていたヒロミは、石黒が田中先生を殺した罪で警察に捕まったことを知った。あくまでも本人の自供は得られないままだったが。


 ヒロミはほっとした半面、釈然としないものを抱えていた。それはレイカもノリコも同じ気持ちだったようだ。


 そんなある日、ヒロミはソウタに呼び出された。






















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