第24話
その震えを握り潰そうと、拳を硬く、強く固めた。
「虚勢ではあるが、それでいい」
ガインはそう呟き、一瞬にしてアスクの間合いへと踏み込んだ。横薙ぎに振るわれる大剣。アスクの鋭敏化した感覚がそれを捉えた。これまでとは違い、思考する時など無かった。
アスク、唐木は反射的にその場から後方へと跳ね、それを避ける。直撃すれば胴の半分が千切られていた一撃だ。それに加えあの剣捌き、踏み込み、ただ力任せに大剣を振るっているのではない。見惚れるほどの剣術だ。
事実、初手を避けられる事はガインにとって想定内だった。後方に跳ねたアスクの足が地から離れ、再び足を着けるまでの一瞬、その無防備になる滞空時間を狙った、再び踏み込んでの突き。鋭く巨大な剣先がアスクの腹部を貫かんと迫る。
――脳裏に咄嗟に浮かび上がったのは防御。アスクの武器システムから何種類もの盾が呼び出され、アスクの前へと展開された。だが――。
「藁に過ぎんっ!」
その剣によって盾は全て貫かれ、砕けていく。強固に作られていると聞いていたが、こうも呆気無く砕けていくのには驚きを禁じえない。
そのまま剣は盾を貫き、アスクの腕を切り裂いた。肩口から血が溢れ出すが、アスクシステムが懸命に傷を塞ごうと再結合を始める。敗北を先伸ばしただけだった。そして大剣がアスクの首を刎ね……。
大剣が迫る最中、悪夢が浮上する。まるで実体験のようなそれに冷や汗が噴出し止らない。咄嗟の判断で防御を止め、剣の縁を全力で蹴り上げた。剣は軌道が逸れ、同時に蹴りの反動でアスクは無事着地した。
「ほう。今度はやるではないか」
ガインは悦びが篭った感嘆の声を上げ、アスクの判断を称賛する。アスクは地面に足をつけると、右足を軸に身体を動かし、再び剣が振るわれるよりも早く、ガインの懐へと踏み込んだ。
渾身の力を両拳に集め、幾度か腹部へ拳を打ち込む。しかしガインは大剣から手を離し、その拳を受け止める。アスクの拳は鋼に覆われたガインの手を震わせ、僅かに皹を入れたが、それまでだった。
拳を押さえ込まれる前に、アスクは素早くを引いて、今度は出来うる限り低く背後へと跳び、間合いを取る。
強い……!
今までとは、格が違う……!
唐木は僅か十秒にも満たない濃密な立ち合いを経て、眼前のキャパシィーター、ガインの強さを実感した。自らが名乗っていたジェネラルナンバー、将軍という称号。研鑽を積んだという言葉に偽りは無い。
勝てるのだろうか……。
一瞬、脳裏に浮かび上がった震えを押し殺した。アスクの五感でなくとも背後に凪を感じる。凪が居る以上、負けるわけにも逃げるわけにもいかない。例え命が枯れ果て力尽きても、絶対に凪には手出しさせない。
それにアスクの性能ならば、相手と同じ速度で動く事も、同じ力を出す事も出来る。事実、先程相手の反応を上回って懐へと潜り込むことができ、力は拮抗していた。
だが、圧倒的に経験が違う。ある程度は武術を学んだ唐木ではあったが、相手はその何倍も研鑽を積んできている。
仮面の下で脂汗が滲む。
アスクはブラスターを展開すると、ガインへと発砲する。ガインはそれを剣で弾くと、間合いを詰める為、再び踏み込もうとする。アスクはその瞬間、足を引きつつ、ガインの足元にブラスターを撃ち込み、踏み込みを阻止する。そして再びガインへ向けて発砲した。その光線を剣で弾きながらガインは告げた。
「……銃に慣れていないな」
ガインはその剣をアスクへと向かって投げる。放たれた巨大な剣の質量、威力は光線を遥かに上回っており、光線は呆気なく霧散した。
アスクは跳び上がり、串刺しにならぬようそれを避けるも、いつの間にか眼前へと詰め寄っていたガインの蹴りを腹部に浴び、頭を掴まれ地面に叩きつけられた。
「ぐぁ……っ」
アスクが苦痛に声を上げたのも束の間、ガインが倒れるアスクを踏みつける。アスクの滑らかな特殊複合装甲が汚れ、初めて聞く異音を立てた。
「言ったはずだ。全身、全霊、全力で応じろと! 闘争においてありとあらゆるものを使うことは間違っていない。だが、これは決闘だ!」
ガインはアスクを立ち上がらせる、アスクは拳を放ったが、それよりも早くガインの蹴りがアスクの脚を挫いた。
「銃を使ったことに不満は無い……だが、それでは意味が無い!」
ガインは怒りを露にしながら再びアスクを掴み上げ、腹部へと拳を叩き込んだ。嗚咽を上げアスクが草原を転がり、湖畔に叩きつけられた。
「啓太っ!」
『啓太っ!』
凪の叫びが鮮明に聞こえる。だがそれとは別に他の誰かの声が重なっていた。唐木は呼吸を整えつつ、立ち上がった。ダメージはあるものの、まだまだ身体は言う事を聞き、闘志は怯んではいない。
「前のアスクは、全てを投げ打ち戦っていた。自らの命ですらも! だが貴様は同じだが、違う。認めん。我に敗北を告げたあの男が、こんなものだと!」
ガインは感情を爆発させていた。それは唐木に対しても、自分自身に対してもであった。
だが唐木はガインの発言を無視するようにしていた。度々現れる「前」と言う存在が気になってはいるが、余計な雑念を頭に入れていてはガインには勝てない。
唐木は呼吸を整え、回復を図った。ガインに言葉を投げかけて時間を稼げば、より回復できただろうが、相手が熱を持っているとき、口下手は黙っていた方がいいと知っていた。
「……剣を取れ」
ガインは落ち着きを取り戻し、剣を出すように促した。アスクは武器選択を始め、剣を思い浮かべ、掌に展開させる。白い結晶体が形作り、木刀に似たシンプルな白銀の剣を握ると、力を籠め、切っ先をガインに向けた。
自然に出た構えは、剣道のものだった。自身の剣道の腕が錆びていることは今日実感したばかりだが、自然に出た構えだった。
出来る限り、キャパシィーターと戦う時は剣道を使いたくなかった。剣道を学んだ理由は自身を鍛え、守る為であり、傷つける為ではない。だが、今は違う。背後には凪が居る。凪を守る為ならそんな気持ちは微塵も感じなかった。
「前よりは少しマシと言ったところか」
ガインはそう呟くと、怒声を上げ大剣を振るった。爆発音にも似たそれは相手を怯ませ、畏怖させるものだ。
だが恐れることは無かった。
身体能力と知覚を鋭敏にさせて大剣を打ち上げる。大地を蹴って懐へと踏み込み、胴を狙った一撃を放つ。
だがガインも同時に踏み込んで身体を密着させた。一瞬で互いに剣を振るえない状況に持ち込むと、その鉛の頭突きを浴びせ、肘で頬を殴りつけた。
ガインの闘法は凪とは別の意味で洗練されていた。豪放だが決して荒削りではなく、あらゆる状況に対応している。野武士のような、戦場で鍛え抜かれた動きだった。
だが同様に振舞うつもりは無い。生兵法で挑めば返り討ちに合うだけだ。ならば圧されていようが、これまで培った自分の戦い方で挑むほか無い。
肘打ちを食らいつつも、無理矢理剣を動かし頭上目掛け二段打ちを当てる。ガインは一撃目を瞬時に対応し、防ぐも、片手を攻撃に使っていた所為で、僅かに防御が緩んだ。続いて浴びせた二撃目はその緩んだ防御の隙に付け込んだ。勢いが足りず、頭を割る事は叶わなかったが、ダメージを与え、間合いを取る事はできた。
「……それでこそだ」
自分の頭を撫で、感触を確かめつつもガインは呟く。その声色は好敵手に巡り合えた純粋な喜びを表現していた。
「実に名残惜しい……」
静かに告げるとガインは大剣を構えた。唐木も同じく剣を構える。湖畔に輝く光の結晶が場違いなほど煌びやかで、まるでこの戦いに興奮しているようだった。
「往くぞ」
短い言葉だったが、何を意味するかは伝わった。アスクも呼吸を落ち着かせて剣に力籠める。一陣の風が吹き抜け、駆けた。
両者が駆け出し、剣を振るう。唐木は全神経をその一刀に集中させる。確実に屠れるよう、同時に隙を見せぬよう、振るった一撃だった。
「避けて啓太っ!」
凪の叫びが研ぎ澄まされた神経に割り込んだ。その瞬間に一撃の勢いが僅かにだが削がれた。
ガインはアスクのように一撃で屠る事に全てを賭けなかった。唐木が振るう一撃は当たればガインを二等分する協力無比な一撃だっただろう。ガインにはそれがわかっていた。
ガインの剣は胴を狙っているように見せかけていたが、其の実、剣を握るアスクの手を狙っていた。
凪の一言によって勢いが削がれ、同時にガインの魂胆に気付くとアスクは瞬時に剣を手から消し、腕を引っ込めた。
ガインの一撃は空振りに終わり、アスクは再び距離を取って剣を展開した。再び緊迫した状態へと逆戻りしたが、唐木もガインの意識は凪へ向いていた。
アスクの戦闘、特に五感を超鋭敏化させた状態では時間の流れが停滞するように感じる。だが外側から見れば、高速で動いているようにしか見えないはずだ。だからこそ常人である凪が捕らえることなど出来るはずも無く……。
「構えを見ていたのか?」
ガインは感心しつつ凪に問いかける。凪は一瞬その問いに身体を震わせたが、はっきりと頷いた。
ガインの言うように、構えている状態なら静止していると同じだ。その段階で凪は俺が一撃一刀に賭けている事も、ガインがそれを見抜き、手を狙うことも理解したのだろう。
唐木は次元の違い、格の違いを見せられ、この場において自分が不釣合いな存在に思えた。
「凄まじい観察眼だ。前のアスクには貴女のようなパートナーは居なかった」
ガインは心の底から凪に称賛の言葉を捧げた。とは言えそれに凪が喜ぶことなどなかったが。
しかし唐木はそれよりもガインの放った言葉を思わず復唱してしまった。
「前のアスク……?」
「知らないのか。ふん、あの女らしい事だ」
ガインは鼻で笑うと悪態を吐いた。
「まあ、どうでもいい。戦いの最中にこれ以上言葉を交わすつもりは無い!」
ガインは強く言い切ると大剣を構えて迫る。アスクが対応しようと剣を構えたとき、アスクの身体が徐々に光り出した。そしてガインが剣を振るった瞬間、そこにアスクは存在しなかった。
ガインは不動のまま周囲を警戒した。だが暫くして警戒を解くと、ガインは大剣を地面に突き刺して拳を固めながら獣のような咆哮を湖畔一帯に轟かせた。ただ一人残された凪は現状を理解できず、瞬きを繰り返し、唐木を探していた。
「……無駄だ。奴は既にここにはいない」
「啓太はあんたなんかから逃げたりしない」
凪はガインを睨みつけてはっきりと告げた。
「同感だ。少なくとも知る限りの『唐木啓太』は人間を置いて逃げる真似はしない。だが、あの女は、ラン・スケイルとやらは違う」
「ラン……?」
ガインは淡白に告げる。その声色からは既に戦意も敵意も削がれ、凪に手を出すことなど眼中に無かった。そしてランの困惑を他所に言葉を続けた。
「あの女こそが唐木啓太を殺してきたのだからな」
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