第23話


――声が、聞こえる。

何かに身体を揺すられて唐木はゆっくりと目蓋を開けた。目を覚まし、一番蛍光灯の白い光が差し込んだ。それにたじろぎつつも、唐木は周囲を見回した。


「ここは……」


「おう、起きたか唐木」


 眼前に髭面の大男、現場監督がぬっと現れる。普段なら驚くところだが、夢のインパクトが強すぎた所為で薄れた。

 現場監督は俺に飲料水を差し出すと、飲むように促した。事実体中は汗でずぶ濡れだったし、喉がずきずきと痛んでいたからありがたかった。


「ったく、健康管理ぐらい手前でしっかりしろってんだ。お前の所為でまた工事延期やら給料を上げろだの言われたら溜まったもんじゃねぇ」


 現場監督は愚痴を漏らすように唐木に告げたが、唐木は殆ど話を聞いていなかった。先程見た夢の感触が手の中に残っていた。


「何があったんですか?」


「あ? お前が急にぶっ倒れたんだよ。たぶん熱中症か日射病のどっちかだろ。それにしてもお前ちゃんと寝てるのか? 四時間近く寝てたぞ。それに気絶してる間やめろとかすげぇ叫んでたし、なんか溜め込んでるのか?」


 唐木は自分が倒れた理由はそのどちらでもないと確信していた。意識を失っている間に見ていたものは、これまで感じていた「囁き」に近く、そしてそのデジャヴの全貌だろう。

 しかし、これまで薄っすらとしか感じなかったものが、何故急にここまで克明に見えるようになったのだろうか……?

 だが幾ら考えても夢の正体はわからなかった。


「とりあえず今日は帰れ。迎えにお前の家族にも来てもらってるところだ」


「家族……晴子さんですか?」


 思考を切り替え、現場監督に尋ねる。パートの最中に呼び出したことに罪悪感を覚えていたが、現場監督は首を横に振った。


「いや違う。名前はなんてったかな……」


「すいません。啓太、唐木啓太っていますか?」


「おお、こっこっち」


 現場監督が手招きすると、艶やかな黒髪の少女、蒼井凪が現れる。凪を見た瞬間、唐木の視界に悪夢が甦ったが、唐木は再び頭を振ってそれを追いやった。

 唐木はゆっくりと起き上がると、一度倒れかけた。現場監督に支えられ、礼を言うと唐木は凪の肩を借りつつ、工事現場から出て行った。



 段々と意識や身体が平常時に戻っていき、凪の肩から手を離した。少し呼吸を整え、またゆっくり歩き出す。心労、精神的疲労を始めて味わったような気がした。

 ふと凪の方を向くと、顔を俯かせていた。


「どうかしたか」


「あ、ううん、なんでもない……」


 凪にしては気弱な声色に唐木は不思議がった。自分に思い当たる節は浮かばなかった。一つしこりを感じるのは先程の悪夢だったが、あれは凪には関係が無い。


「その、啓太。ごめんね」


「何がだ?」


 しおらしい凪の発言に唐木は首を傾げた。謝罪されるような事などされていなければ、むしろこちらのほうが迷惑をかけたことを謝罪するくらいだ。


「今日、練習につき合わせちゃってさ。思いっきり面も入ったし……」


「倒れた理由はそれじゃない」


「でも、久しぶりにあんたと剣道できて楽しかった。あんたはどうだった?」


「そうだな……一回くらい勝たせてくれれば楽しかっただろうな」


 何か気の聞いたことを言おうと必死に頭を巡らせたが、これが精一杯だった。嫌味っぽいかと後悔したが、そんな不安を他所に凪は笑みを浮かべた。


「あんたってたまーに冗談言うわね、面白いかは置いといてだけど」


「すまん……」


 申し訳ないという気持よりも羞恥心の方が強かった。思わず顔を伏せたが、凪は少なくともさっきよりは笑顔になっていた。


「そういうの、なんとなく伝わってくるよ」


 凪がぽつりと呟いた言葉の意味を問おうとした時、ポケットの中のアスクシステムが警笛を鳴らした。二人の間に緊張が走り、空気が一変する。凪への問いは消え失せ、唐木は素早くアスクシステムを取り出し、キャパシィーターが現れる座標を見る。座標には自分を示す白い点があり、赤い点のキャパシィーターがどこにいるかが映し出されていた。

 しかし、なぜか違い白い点は存在せず、赤い点だけが映し出されていた。怪訝な表情を浮かべた途端、画面が一瞬暗くなる。その時、僅かにだが赤い点の位置がずれ、その下に隠れていた白点を覗かせた。


 くそっ、やられた。


そう思った途端、唐木達はその場から姿を消した。

次に目を開いた時、そこは見知った道ではなかった。鼻孔を擽る草原の匂い、静かに揺れる水のせせらぎ。風景画のような広大で美しい湖畔がそこにあった。

目蓋を開いた瞬間にその全て理解、把握できたのは既に研ぎ澄まされた感覚を使用していたからこそ、アスクへと変身を遂げていたからこそだった。

凪は隣に立ち、困惑したように周囲を見渡して状況を確認しようとしていた。震えてはいたものの、怯えてはいなかった。凪に言葉をかけようとした時、


「気丈な娘だ」


 別の方向から聞こえた声に、凪と同時に振り返る。重く、威厳を含んだその声に聞き覚えがあった。二度目の戦いでレイブンに退却するよう命令した声だ。

 声の主はアスクの真正面に聳えていた。鉛色の甲冑を身に纏う、いや、そのもので、一目でキャパシィーターであると理解した。


だがその身から発する威圧感は他を凌駕していた。堂々と佇む姿は山のような雄大さに満ちていた。背中には身の丈ほどもある巨大な剣を担ぎ、鎧兜の隙間から覗く二つの紅い光が見つめている。


目が合った途端、俺の脳裏にこのキャパシィーター、「ガイン」が甦った。悪夢で幾つも激闘を繰り広げてきた、キャパシィーターである。アスクと互角の身体能力を持ち、戦闘経験はアスク以上。工事現場で倒れた際に見た悪夢でも、アスクはこのキャパシィーターによって屠られている。


 だが、所詮は悪夢だ……ただの夢なんだ……ならなぜ俺は名前を知っている?


 唐木は疑問を振り払うと、凪を守るよう鎧のキャパシィーター、ガインの前に立ちはだかった。


「久方ぶりだな。アスク、いや唐木啓太」


 俺を知っている……当然か、向こうから襲ってきたのだから。しかし今まで正体を隠し、目の前で変身したキャパシィーターは全て倒してきたはずだ。


「いや、貴様は奴とは違うのか……」


「奴?」


 キャパシィーターの発言には僅かにだが、自らへの諭しと、落胆が感じられる。だがそれ以上に「奴」というその言葉が気になった。


「まあいい。貴様もアスクであり、これまで数々の同胞を屠ったのだ。好敵手であることには変わりあるまい」


 キャパシィーターは背中の鞘から剣を抜き、構える。ただそれだけの動作だったが、その大気を引き裂く轟音、剣の重量感、それを軽々扱える程の肉体。唐木は思わず仮面の下で唾を飲んだ。


「我が名はジェネラルナンバー、ガイン。研鑽を積み、力を求める者。この立ち合い、全身全霊全力を持って応じろ。さもなくば貴様の全てを奪う」


 キャパシィーター、ガインは静かだが威厳が溢れる声で告げる。唐木はジェネラルナンバーという知らない単語に疑問を持つことすら出来なかった。そしてガインの視線が一瞬、凪へと向いたことに激しい怒りを覚えた。負ければ、逃げれば凪を殺すつもりだと理解できた。


「――応じるか、否か。答えろ」


「俺は戦うまでだ。凪、離れていてくれ」


 アスクの拳は意識せず震えていた。唐木がそれに気づくことは無かったが、身体はその震えを握り潰そうと、拳を硬く、強く固めた。


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