第19話
空から零れる黒い雨が地表の灰と混じり、混沌を彩る。瓦礫の王座から廃墟の街を見下ろしながら鉛色の甲冑の怪物は自らの大剣を眺めていた。武骨な鉄隗には無数に闘争の歴史が刻まれている。
怪物は勝利に酔っているのでもなく、過去を振り返っているわけでもなく、ただ無感情に己の大剣を眺めているだけだった。
ふっと、白銀に煌く刃の部分にザリガニを模した様な怪物、キャパシィーターが反射した。鉛色の甲冑はそれに動ずることなく、大剣を眺め続ける。
「ガイン将軍、レイブンが敗れました」
報告を受けるも、ガインと呼ばれる甲冑の怪物は何も答えず、無感情のままだった。まるで何も見ていないかのように……。
「それにレイブンは人間共に見つかりつつありました。奴を発端に我々の存在が認知される前に、手を打つべきかと……」
「そう指示した」
「は?」
ガインは大剣を流れる水滴が汚れを含み、黒くなって滴る様子を見つつ、言葉を続けた。
「奴には姿を、我々の存在を人間へと見せるようにと指示した」
「何故、そのような命令を……?」
「あの裏切り者へ見せ付ける為にだ。我々は貴様の世界に居るとな」
「裏切り者……?」
キャパシィーターは疑問の声を上げたが、ガインがそれに答えることは無かった。
「……奴はどうやってレイブンを屠った?」
ガインは大剣を地面に突き立てると手を組み、キャパシィーターへと尋ねた。献上するようにキャパシィーターは極黒の眼球を差し出す。ガインはそれを手の中に収め、握り潰す。その瞬間にレイブンとアスクとの戦闘が一部始終脳裏に映った。
それまでレイブンから聞いていたものとは対照的な、アスクの圧倒的で無慈悲な動きにガインの胸が高鳴った。それでいてまだ若さを端々に感じた。
「貴様は他の者と組んで奴を迎え撃て。失敗すれば我が赴く」
「わかりました。ですが将軍の手を煩わせる真似は致しません。必ずやこの……」
「期待している。往け」
ガインは言葉を遮り、握り固めた自身の拳を見つめながら呟いた。その声色は淡々としていたがキャパシィーターは跪き、深く頭を下げると勇み足で去っていった。ガインがその後ろ姿を見送ることは無かった。
二日後。
眩しい日差しに汗を滴らせる中、唐木は無心で肉体労働に勤しんでいた。あの殺人事件以降、封鎖されていた工事現場が解放され、再び仕事が始まっていた。
しかし再開したのは事件が解決したからではない。事件に進展が全く見られないからと、現場での検証は完了した。との判断からである。
遺族は警察の見解に反発したが、家族を失ったばかりの遺族たちに、抗議するほどの力はまだ無かった。
そんな事情もあってか、現場には身体に纏わりつく湿度のような、重苦しい空気が漂いつつあった。何割かの人間は封鎖される事による「休暇」を喜び、それが終わったときは惜しんでいた。だが誰一人として、それを口に出そうとはしなかった。
一度、口に出してしまえば、それは仲間に対して、遺族に対して、死者に対しての侮辱も同然だからだ。
その空気から離れようと、周囲では別の事件の話題が交わされていた。警察署襲撃事件だ。公式には怪物、キャパシィーターの情報は伏せられており、謎の襲撃事件として扱われていた。それが一層、話題性を煽っているのだろう。
「おう、唐木。ちょっといいか?」
唐木は土台作りの為の鉄骨を運んでいる最中、現場監督に声を掛けられ振り返る。現場監督の隣には木田刑事が立っていた。唐木は鉄骨を置いてから二人の元へと向かう。現場監督は木田を訝しむ目線を向けてから去っていった。
「久しぶりだな。唐木啓太」
「お久しぶりです……それで、何の用ですか?」
「まあ、ここで話すのもなんだ、ちょっと外に出ようぜ」
木田についていき、唐木はひとまず工事現場から出る。
木田刑事はアスクの正体、俺だと声で見抜いていた。それがバレてしまったのなら忘れてもらうわけにもいかないだろう。もう、仕方の無い事だ。俺に出来る事は精々、人に言わないでくださいと頼むのみだ。
「……単刀直入に言う。お前があの白いのだな?」
「はい」
心構えができていた唐木は即座に肯定する。その返答に木田は僅かに驚いていたが、すぐに話を続けた。
「じゃあ聞くが、ここの工事現場や北海道での事件は、お前も関わってるのか?」
「はい」
「そうか……これは俺個人の意見だが、俺はお前が悪人とは思えん。ここでの事件もお前じゃなく、怪物の仕業だと思ってる。だが、怪物について、白いのに……なあ、あの姿なんて名前だ?」
「アスクです」
「そうか。ならそのアスクについても、全部話してもらうぞ」
「……」
「正直な奴だ」
口を噤んだ唐木に、木田はふっと笑うと少し間を取ってから話を続けた。
「そうだ、それとは別にお前に聞いておきたいことがある」
「何ですか?」
「勝手に調べさせてもらったが、お前は両親を早く失っている事以外、普通の人間だ。人一倍正義感に燃えているわけでもなければ、悪を憎んでいるわけでもない」
木田は一度言葉を切り、唐木を見つめて続けた。
「そんなお前がなんで、あんな怪物と戦ってるんだ?」
木田の問いに唐木は、ふと笑みがこぼれそうになる。
……さあ、聞かれたぞ。凪から、自分から、何度も問われたものだ。既に答えは出ている。胸を張って、相手の目を見て、はっきりと、決意を言葉に載せろ。
「人を守りたいからです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます