10;教授と選挙

 警察に連れて行かれてしまった先生を見送った後、私は教授とホテルで二人きりになりました。だだっぴろい、スイートルームのダブルベッドの上。汚れやシミ・シワ一つない、ていねいに敷かれたシーツを、ちょんちょんと、触ります。ううん、残念ながら、私にはあまり手触りというものを感じることはできません。人間の先生達が触れば、なにか、このシーツの…ツルツルだとか、サラサラだとか、よく人間たちがいうのを感じたのでしょうか。

 そうやって手持ち無沙汰にベッドの上でぼうっとしていたところ、隣にぽすっと教授も座ってきました。殺し、殺されそうになった間柄です。もちろん距離を取ろうかと思ったところ、教授にひょいっと背中を摘まれ、抱きかかえられて、私はぎょっとしました。教授は話私をぬいぐるみのように…ああもとより私はぬいぐるみでした、抱きかかえました。

「心配せんでも、もう私は君を処分したりしない」

 あら、なんと殊勝なこと。どうしたんですか。急な路線変更は読者の混乱をいたずらに招くことになりますよ。数年前の3月に更新された初回を覚えていないんですか? リンクを貼っておきましょうか? どうでしょうか。

「じゃあなぜ、教授は、私を最初殺そうと、いえ、処分しようとしたんですか」

 訂正します。そういえば私は人間ではなかったので、殺す、という言い方はふさわしくないでしょうね。

「水色に見つかる前にお前のことは処分しようと思ってたんだが……」

 ふうん。

「水色に見つかった以上、お前を処分すれば本当に奴の逆鱗に触れかねんからな、肉親の遺品を勝手にバラバラにしたとなれば、あいつは、今度こそ私を刺す以上のことはする」

 そう話す教授の服を見やると、あら、ジャケットとベストに穴が。さっき、先生に刺されたところの繊維がボロボロになってしまってます。私はぬいぐるみですが、腕には自信があるので、簡単に縫い合わせしようとしました。ぽっけにしまい込んでいたソーイングセットを腕に装着します。私、ソーイングセット常備しているんですよ。「ぬいぬい」って名前ですしね。


「いや、いい、この服は捨てる」

「捨てる?」

 私が2針ほど塗ったとき、教授が私の行為に気が付いたようで、教授の腕が私を制止します。あれ、褒めてくださると思ってたのに。気の利くいい子だって。


「縫わなくていい、と言ったんだ。明らかに補修された跡など見るに耐えん」

「はあ」

「腕のいい仕立て屋に修理を依頼してもいいがな。そんな時間があるなら、自宅にジャケットを取りに行かせた方がまだマシだ」

 先生は私をベッドに一回置きました。


「教授にとって、美しさとはなんなのですか」


 私は思わず聞いてしまいました。


「それは、完璧であることだ」


 教授は間髪いれずに答えました。

 完璧だ、完璧こそが真の美だと。

「傷一つなく、病気もなく、豊かで、幸せで、誰の哀しみも無く、全てが上手くいっている、そんなものが、美だという」

 烏羽玉教授は迷いない瞳で告げます。

 全部が綺麗、全部がうまくいく。少々現実味のない話です。

「そんなに全てがうまくいくとは思えないのですが」

「ああ、だから

「?」

「近いうちに選挙だ。私はそこで、ある政策を打ち出す」

「??」

「都市民一掃美化計画だ。IDを使った市民の管理と統制により、安定を図る」

 それは、もしかして。 


「水色をこの"学研都市"の王にする」

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